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XII 追憶-泣き言- -II
しおりを挟む「――マーシャ、少し話があるの。外に出ない?」
「話?」
先生が居なくなってから、マリアは言葉少なになった。それが寡黙に変わったのは、心を病んでからだ。マリアが心を病んでから、彼女とはまともな話が出来ていなかった。
そんな彼女から会話を持ち掛けられ、更には外出に誘われるだなんて、流石の私でも驚く出来事だ。しかし、ずっとこのままという訳にはいかない。彼女とは、いずれちゃんと話をしなくてはならないのだ。今は驚いている場合では無い。
「いいよ、行こう」
デスクに向かうマクファーデンの背を一瞥し、彼には何も告げずマリアと共に診療所を後にした。
きっと、人には聞かれたくない話なのだろう。暫し頭を悩ませた結果、診療所から少し離れた先にある街の広場を選んだ。あの広場なら、人は疎らで会話を聞かれる心配も無い。
足を引き摺る様にして歩くマリアの双眸は、深海の様に光が無くくすんでしまっている。その瞳には何が写っているのか、今の私には想像する事も出来なかった。
マリアをベンチに座る様促し、彼女が座ったのを確認してから自身も隣に腰掛ける。彼女の方へ身体を向け、何から話すべきかと思考を巡らせていると、彼女が徐に口を開いた。
「私って、最低な母親ね」
突然の言葉に、思わず息を呑む。
彼女からは、悲しみや苦しみを超越した、絶望感のある感情が伝わってくる。その絶望がじわじわと彼女の心を侵食しており、酷い自己嫌悪や自殺願望を生み出していた。
「……どうしてそんな事を?」
悩んだ末にそう問うと、彼女が視線を真っ直ぐ前に向けたまま「だってそうでしょう」と呟く様に言った。
マリアの視線の先には、広場の中心に設けられた噴水がある。しかし、今の彼女は別の何かを見つめている様に思えた。
「私は我が子を不幸にしてばかり。“あの子”の時もそうだった」
「……でも、人に預けたって――」
「逃げただけよ。私があの子から。あの子を迎えに行く事で、エリオットの気持ちが他所へ行くのが怖かった。居場所を失うのが怖かった。だから、私はあの子から目を逸らした。いつか迎えに行くって、心の何処かで思いながらも迎えに行こうとはしなかったの」
「……そんな」
「でも、あの子の事を考えない日は無かった。それは本当よ。でもあの子は今、幸せな場所に居るの。沢山の愛情を注がれて、大人になっていく筈だわ。私はそこに、必要無いのよ」
彼女の言葉の意図が分からず、黙り込む。
マリアは変わらず、何処か遠くを見つめていた。
「……ノエルにも、私は必要ないと思うの」
独言の様な、小さな言葉。しかし、その言葉ははっきりと私の耳に届いた。
そしてそれと同時に、頭を強く殴られた様な強い衝撃を受けた。
「このまま借金の返済が出来ないのなら、ノエルを競売にかけると言われた。あの子はまだ小さいけれど、顔が整っているから“そういう場所”では高値が付くって」
「……競売って……」
「所謂闇オークションと呼ばれている場所ね。そんな物、本当に存在するのかって思っているでしょう?」
図星を突かれ、いやえっと、等と口籠る。
競売、闇オークション、そんな物本当に実在するのだろうか。ただの、脅し文句では無かろうか。そう思ったのは事実だ。子供が売られる事があるのは知っているが、子供を商品にして競るだなんて、現実では聞いた事が無い。一体、何処でそんな事が行われているのだろう。
「昨晩行ってきたの。深夜0時開催の、闇オークション。借金取りに連れられてね」
「えっ……?」
「どんなものよりも、残酷な光景だった。知りたくなかった世界だった。ノエルがあんな目に合うなんて考えただけで、気がおかしくなりそう」
彼女の瞳から、涙が一粒零れる。
「あんな場所にノエルを立たせるくらいなら、ノエルと共に死を選んだ方が余程マシよ」
「そんな……そんな事……」
――そんな事、言わないで。
告げようとした言葉は、まるで喉奥を塞がれてしまった様に止まる。
闇オークション。
それは本の中でなら、聞いた事のある話だ。本の中でなら、その光景を見た事がある。
服を剥かれた少年少女達が、鎖に繋がれて、もしくは檻の中に入れられて見世物にされるのだ。そして、落札を希望する観覧者は次々と金額を口にし入札する。それが闇オークション。
落札者の元へ送られた少年少女達は、自我を持つ事を許されず、殆どが性処理の道具にされる。扱われ方は様々ではあるが、理不尽に人権は奪われ、生き地獄を味わう事になるのは変わらない。
マリアは、そんな場所に我が子を送られると宣告されたのだ。そして、その闇オークションの実態もその目で見て来た。
“そんな事、言わないで”だなんて、言える訳が無い。
もし私がマリアの立場であったとしても、きっと同じ事を考える筈だ。娘との、無理心中を。
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