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XXVII 汚れたドレス-II
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向かうのは、煩いシーラの笑い声が聞こえる部屋。あまりシーラと顔を合わせたくは無いが、無言で出て行ってしまえばまた「品が無い」「常識が無い」などとぐちぐち言われるに決まっている。
「おはようございます……」
恐る恐る声を掛け、部屋を覗き込む。するとそこには、シーラの他に見知った顔が居た。
「え、え……!? エルちゃん!?」
シーラと談笑していたのは、他でも無いセドリックの妻、エルだった。彼女は私の顔を見るなり安堵した表情を浮べ、席を立つ。
「ごめんなさいね、押し掛けてしまって。貴女にドレスを返しに来たのだけれど……」
エルがそこまで言って、気まずそうにシーラの顔を一瞥する。
「あら、ごめんなさい。長々と引き止めてしまって」
上機嫌だったシーラが、私を見て一瞬顔を顰める。その瞬間、ビリビリと痺れる様な音が耳奥で響き、シーラが私を邪魔に思っている事が直ぐに分かった。
「エルちゃん、部屋で話そうか」
そう告げると、エルが助かったと言わんばかりに顔を綻ばせた。
エルを部屋に通し、前回と同じ様に私はベッドへ、エルはデスクの椅子へと腰を掛ける。
ベッドの上に脱ぎ散らかした寝間着は、部屋に入ってすぐ布団の中へ押し込んだ為エルには見られていない筈だ。
出来る事なら、散らかったドレッサーも片付けておきたかった。先程使った時に、せめて綺麗に道具を並べておけば良かったと後悔する。
しかし、現在のエルは何処か思いつめた顔をしていた。散らかったドレッサーを一瞥する事も無く、膝の上で握り締めた両手を見つめている。
「あ、あのね、ドレス、なんだけど……」
そういえば、彼女はドレスの入った布袋を持っていない。先程、ドレスを返しに来た、と言っていたが、持ってきていないのだろうか。
そう思うも、次の彼女の言葉でその疑問は呆気なく晴れた。
「私の不注意で、雨でドレスを汚してしまったの。その、本当にごめんなさい……、注意していたのだけど……少し、トラブル……が起こって」
「ドレスを?」
「……ええ、そう。本当に、ごめんなさい。どうにかシミ抜きが出来ないか、幾つかお店をあたってみようと思っているのだけれど……、汚れが残ってしまったら、買い取らせて貰うわ」
彼女は心底申し訳なく思っている様で、ちらりと上目遣いに此方に視線を向けるが、私と目が合うと直ぐにきゅっと瞳を瞑った。まるで自身の悪戯を大人に白状する子供の様だ。
「あは、そんな謝らなくていいよ」
「で、でも……」
「元々、あのドレスはエルちゃんにあげるつもりで貸してたから、本当にいいの。でも、そうだなぁ……、そこまで申し訳なく思ってくれているなら、代わりと言ってはなんだけど、コンサートの感想と、そのトラブルとやらを聞かせて貰おうかな?」
意地悪交じりにそう言うと、彼女がパッと顔を上げ、瞳を瞬かせた。
「そんな事でいいの?」と私に問うが、彼女の口からは中々続きの言葉が出て来ない。えっと、あの、等と言い淀みながら、視線を彷徨わせる。
彼女の心を視るに、どう説明したらいいか分からない様だ。ちゃんと説明しなければ、という使命感がその心にある所為か、余計に言葉が出て来ないらしい。
「コンサートはどうだった? 上手くいった?」
なるべく優しい声音で、そんな彼女に助け舟を出してやる。
しかし私の言葉を聞いて、彼女の表情が曇った。何か良くない事でも起こってしまったのだろうか。
セドリックからは、感想こそ聞いていないが、少なくても失敗する様な事はしていないと聞いている。コンサートの翌日に、「俺が失敗する訳無いだろ」などと言っていた記憶がある。
では、彼女がこれ程表情を曇らせる理由はなんだろうか。
先程彼女が言った、トラブル、というのも気になるところだ。
「アリスは……とても、綺麗で……素敵な歌姫だった」
「そうなんだ。私は見た事無い人だけど、やっぱ世界的歌姫ってだけあって美人なんだね」
「……そうね、美人だった。私と、違って」
「……?」
その歌姫、アリス・ブランシェットがどれ程美しい人物かは知らないが、エルだって稀に見る程の美人だ。白い肌に、化粧をしていないのにほんのりと色付いた頬と唇。肌にシミも無く、口元にあるホクロが強すぎない色気を出しており、欠点が見つからない。いつか野蛮な男共に襲われてしまうのではないかと心配してしまう位だ。
どうせ、その歌姫とやらは高価な装飾品で着飾って、“美しく見せている”だけだろう。私は今までに、エル程素材の良い女性は見た事が無い。
「アリスとセドリックは……とても、相性が良くって、素敵だった」
彼女が言葉を詰まらせながら、言葉を紡ぐ。
その言葉に、酷い嫉妬心が混じっている事が痛い程伝わってくる。幾ら仕事だと分かっていても、セドリックが他の女性と共に居た事を快く思っていないのだろう。
エルは、私にですら嫉妬していた位だ。相手が有名な歌姫となれば、その嫉妬は計り知れない。
やはり、私も同伴すれば良かったかもしれない。劇場のオーナーと私は面識が無いが、セドリックは古くからの知り合いらしい。それに、今回無茶ぶりをされて、かなりハードな6日間を過ごしたそうだった。多少無理を言って、私1人分のチケットを用意して貰う事も許されただろう。
「その、さっき言った、トラブルっていうのは?」
「……」
トラブル、と彼女が口の中で呟く。
そしてきゅっと瞳を強く瞑り、吐き出す様に、やや強めの口調で言った。
「おはようございます……」
恐る恐る声を掛け、部屋を覗き込む。するとそこには、シーラの他に見知った顔が居た。
「え、え……!? エルちゃん!?」
シーラと談笑していたのは、他でも無いセドリックの妻、エルだった。彼女は私の顔を見るなり安堵した表情を浮べ、席を立つ。
「ごめんなさいね、押し掛けてしまって。貴女にドレスを返しに来たのだけれど……」
エルがそこまで言って、気まずそうにシーラの顔を一瞥する。
「あら、ごめんなさい。長々と引き止めてしまって」
上機嫌だったシーラが、私を見て一瞬顔を顰める。その瞬間、ビリビリと痺れる様な音が耳奥で響き、シーラが私を邪魔に思っている事が直ぐに分かった。
「エルちゃん、部屋で話そうか」
そう告げると、エルが助かったと言わんばかりに顔を綻ばせた。
エルを部屋に通し、前回と同じ様に私はベッドへ、エルはデスクの椅子へと腰を掛ける。
ベッドの上に脱ぎ散らかした寝間着は、部屋に入ってすぐ布団の中へ押し込んだ為エルには見られていない筈だ。
出来る事なら、散らかったドレッサーも片付けておきたかった。先程使った時に、せめて綺麗に道具を並べておけば良かったと後悔する。
しかし、現在のエルは何処か思いつめた顔をしていた。散らかったドレッサーを一瞥する事も無く、膝の上で握り締めた両手を見つめている。
「あ、あのね、ドレス、なんだけど……」
そういえば、彼女はドレスの入った布袋を持っていない。先程、ドレスを返しに来た、と言っていたが、持ってきていないのだろうか。
そう思うも、次の彼女の言葉でその疑問は呆気なく晴れた。
「私の不注意で、雨でドレスを汚してしまったの。その、本当にごめんなさい……、注意していたのだけど……少し、トラブル……が起こって」
「ドレスを?」
「……ええ、そう。本当に、ごめんなさい。どうにかシミ抜きが出来ないか、幾つかお店をあたってみようと思っているのだけれど……、汚れが残ってしまったら、買い取らせて貰うわ」
彼女は心底申し訳なく思っている様で、ちらりと上目遣いに此方に視線を向けるが、私と目が合うと直ぐにきゅっと瞳を瞑った。まるで自身の悪戯を大人に白状する子供の様だ。
「あは、そんな謝らなくていいよ」
「で、でも……」
「元々、あのドレスはエルちゃんにあげるつもりで貸してたから、本当にいいの。でも、そうだなぁ……、そこまで申し訳なく思ってくれているなら、代わりと言ってはなんだけど、コンサートの感想と、そのトラブルとやらを聞かせて貰おうかな?」
意地悪交じりにそう言うと、彼女がパッと顔を上げ、瞳を瞬かせた。
「そんな事でいいの?」と私に問うが、彼女の口からは中々続きの言葉が出て来ない。えっと、あの、等と言い淀みながら、視線を彷徨わせる。
彼女の心を視るに、どう説明したらいいか分からない様だ。ちゃんと説明しなければ、という使命感がその心にある所為か、余計に言葉が出て来ないらしい。
「コンサートはどうだった? 上手くいった?」
なるべく優しい声音で、そんな彼女に助け舟を出してやる。
しかし私の言葉を聞いて、彼女の表情が曇った。何か良くない事でも起こってしまったのだろうか。
セドリックからは、感想こそ聞いていないが、少なくても失敗する様な事はしていないと聞いている。コンサートの翌日に、「俺が失敗する訳無いだろ」などと言っていた記憶がある。
では、彼女がこれ程表情を曇らせる理由はなんだろうか。
先程彼女が言った、トラブル、というのも気になるところだ。
「アリスは……とても、綺麗で……素敵な歌姫だった」
「そうなんだ。私は見た事無い人だけど、やっぱ世界的歌姫ってだけあって美人なんだね」
「……そうね、美人だった。私と、違って」
「……?」
その歌姫、アリス・ブランシェットがどれ程美しい人物かは知らないが、エルだって稀に見る程の美人だ。白い肌に、化粧をしていないのにほんのりと色付いた頬と唇。肌にシミも無く、口元にあるホクロが強すぎない色気を出しており、欠点が見つからない。いつか野蛮な男共に襲われてしまうのではないかと心配してしまう位だ。
どうせ、その歌姫とやらは高価な装飾品で着飾って、“美しく見せている”だけだろう。私は今までに、エル程素材の良い女性は見た事が無い。
「アリスとセドリックは……とても、相性が良くって、素敵だった」
彼女が言葉を詰まらせながら、言葉を紡ぐ。
その言葉に、酷い嫉妬心が混じっている事が痛い程伝わってくる。幾ら仕事だと分かっていても、セドリックが他の女性と共に居た事を快く思っていないのだろう。
エルは、私にですら嫉妬していた位だ。相手が有名な歌姫となれば、その嫉妬は計り知れない。
やはり、私も同伴すれば良かったかもしれない。劇場のオーナーと私は面識が無いが、セドリックは古くからの知り合いらしい。それに、今回無茶ぶりをされて、かなりハードな6日間を過ごしたそうだった。多少無理を言って、私1人分のチケットを用意して貰う事も許されただろう。
「その、さっき言った、トラブルっていうのは?」
「……」
トラブル、と彼女が口の中で呟く。
そしてきゅっと瞳を強く瞑り、吐き出す様に、やや強めの口調で言った。
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