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XXXII 忠告と犯意-V
しおりを挟む「でもごめん……思い出せそうにない……」
記憶は、簡単に改竄出来る。自身の“見た事がある気がする”という意識ですら信憑性は何処にもなく、“知っている人物であって欲しい”という無意識的な願望が見せた記憶である可能性だってあるのだ。人間の記憶など、所詮その程度のものである。どれだけ頭が良くとも、どれだけ優れていたとしても、こればかりはどうする事も出来ない。
思い出す事を諦め、深く溜息を吐いた。
「気の所為なのかな……。でも、凄い引っ掛かる」
もやもやと、心の中に残る違和感。何か重要な事を、忘れている気がする。
ふと、視線を下げた先にあったのは紅茶の入った紙袋。それを見て、先程の黒の手紙を思い出した。
――もしや、あの手紙が指しているのはこの事件の事なのではないだろうか。
まさかあの女性が、予言でもしたというのか? そんな事、出来る筈が無い。しかし、自身のこの能力ですら本来は不可解なものだ。一概に否定する事は出来ない。
予言を否定するよりも、今はあのメッセージの意味を考える方が先だ。
手紙に書かれた“彼”とは一体誰の事なのか。これはあくまで憶測に過ぎないが、セドリックかあの犯人の何方かだろう。
では猶更、あの男の事を思い出さなくてはならない。男の顔を注視し、必死に記憶を巡らせる。
主犯格は、フレッドと呼ばれたあの男で間違いないだろう。主犯格以外の2人は、会話内容だけを聞くにこの事件を否定的に思っている様だ。
此処からだと限度があるが、あの2人の感情を少しでも探れないだろうか。そう思い、意識を集中させようとした瞬間、徐にセドリックが私に顔を寄せた。
「……あの男2人の事、詳しく分かるか」
耳打ちされた言葉に、瞬時に彼は私の能力を求めているのだと察する。
「その口振りだと、素性の事では無いみたいね」
「無駄口を叩くな。早くしろ」
私を急かすセドリックを一瞥し、再び主犯格を除いた男2人に視線を向けた。意識を集中させ、深く2人を見つめる。
――耳に届くのは、不可解な音。そして息の詰まる緊張感。
あの2人は、主犯格に恐怖心を抱いている。それは確かだ。しかし、その恐怖の正体を知るには、あまりに距離が離れすぎている。
「……遠くてはっきり見えない、けど」
疲れた目を癒す様に瞼を落とし、再び壁に凭れ掛かる。
「あの男2人は、主犯格の男に逆らえない状況にあるみたい。でも階級制度みたいな、そういう上下関係じゃない」
「……? 弱みを握られているとか、そういうやつか」
「うぅん、どうなんだろう。弱みを握られているのか、それとも事件に関してなのか分からないけど、2人は特定の“何か”に酷く怯えてるみたい。あの主犯格、私達が思ってるより力持ってんのかも」
此処で私が3人に近付いたとして。事件に加担するフリをしたとしたら、彼等はどう動くか。
――いや、駄目だ。女の私が近づいた所で、相手に不信感を持たせるだけ。最悪の場合、彼等の餌食になる可能性だって考えられる。護身術を身に着けている私なら逃げる事は容易いが、相手の能力が分からないだけに下手に行動には移せない。
「――あの子の事、探しといて」
「――名前も分かんねぇのに、探しとけって言われてもな……」
「――あぁ、名前かぁ……」
主犯格は、もう次の標的を決めている様だ。その相手が誰であろうと、これ以上罪の無い女性達が傷付けられるのを黙って見ている訳にはいかない。彼等を、どうにかして止めなければ。
「――確か……」
ふと脳裏を過った、あの手紙に書かれていた“殺人計画”の文字。彼等の犯行を止めるには、彼等を殺すしか無いという事だろうか。しかし自分自身が巻き込まれた訳でも無いのに、正義の為に人を殺める事は出来ない。
何かが不自然だ。私はまた何かに気付けていない。妙な感覚――いや、嫌な予感と言うべきか――が、自身を苛む。
「――街の奴らからは、エルって呼ばれてた」
耳にはっきりと届いたのは、妹の様に可愛がり、友人として慕っていた大切な“あの子”の名前。
思考が全て遮断され、弾かれた様に顔を上げる。視線の先の男は、悪びれも無くふざけた態度のままだ。
その瞬間、心臓を強く掴まれた様な、息苦しさにも似た激しい殺意を感じた。自身の能力で伝わってきた感情だ。これは、紛れもなく――
「……セディ、待って」
スラックスのポケットに差し込まれた、彼の腕を掴む。
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