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XLIII 悪いのは-V
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マクファーデンが一瞬、考える素振りを見せる。
まさか、あの女性は他の人物にも予言をしていた? しかし、彼は封書では無く口頭の様だ。では、別人だろうか。
しかし、この世の中にそれ程多くの予言者が居るとは思えない。
「――“The cat hides when it dies. Is your cat safe?《猫は死に際姿を隠す。貴方の猫は無事かしら?》”だった様な」
「――!」
猫は死に際になると、姿を消す。それは、先程路地裏でも考えていた事だ。
的確だと言えるその言葉に、彼が聞いたのは紛れもなく私が受けた予言と同じ物だと悟る。
「その言葉が妙に気になってしまって。貴女はよく街をふらついている印象があったので、探しに行こうと思って診療所を出たんです。そしたらまさか、路地裏で見つけるとは、驚きでした。それも、死にかけてるし」
「死にかけては、無いと思うんだけど」
「死にかけてますよ、何言ってるんですか。あのまま放っておいたら、夜には死んでいましたよ」
「医者なんだから、あんまり死ぬ死ぬ言わないの……」
彼がそっと、額の傷にガーゼを当てた。その瞬間、皮膚が裂ける様な痛みを感じ、声にならない声を上げ唇を噛む。
痛みには慣れている筈だった。しかし、これ程の大怪我をしたのは人生で初めての様に思える。痛みとはこんなにも苦しいものだったのかと実感しながらも、瞳に浮かぶ生理涙を乱暴に拭った。
「……痛みますか?」
彼が不安気な表情を浮べ、私の頬を撫でた。
「先生、医者でしょ。患者の痛みに歪む顔なんて見慣れてるんじゃないの? なんなら、痛みに苦しんでる顔見るのが楽しいとかあるでしょ」
「幾ら医者でも、痛みに苦しんでいる人を見るのはつらいですよ。なんですかその偏見。医者をサイコパス扱いしないで頂けますか」
彼の不安気な表情は消え去り、代わりに心底呆れた様な深い溜息が吐かれた。
「無駄口叩ける位には元気で安心しました。今の貴女を見ていると心配した事がなんだか馬鹿らしく思えてきます」
「褒めてる? 貶してる?」
「どう考えても貶しているでしょう。馬鹿なんですか?」
「今日の先生辛辣だなぁ」
ふふ、と笑みを零し、痛む腕を上げ彼に手を伸ばす。そして彼が私にした様に、そっとその頬を撫でると彼の表情が僅かに和らいだ。
「なんですか、貴女にしては珍しく、今日は随分と甘えてくれるんですね」
「甘えてる……訳じゃない。ただ、久しぶりに先生の顔見て――」
顔を見て、安心した? 嬉しかった? 愛おしく思った?
その先に続けようとした言葉が自分でも分からず、思わず言葉を詰まらせる。
「あぁ、いや……えっと」
「なんです、言ってください」
額に当てたガーゼを押さえたまま、彼がずいと私に顔を寄せた。
久しく見ていなかった、彼の顔。ずっと見たかった、触れたかった彼がすぐそばにいる。
だというのに、今こうして怪我を負っているからか夢を見ているかの様で、まるで現実味が無い。
「……せ、先生本物? もしかして私死んだ? 此処天国だったりする?」
「それギャグですか? 笑った方が良いですか? それとも頭打ちました?」
「やっぱり辛辣だ……」
此処は天国では無く診療所であり、そして自身の命はまだ続いている。それを実感させてくれているのはじくじくと痛む額の傷であるが、やはりどう考えてみても現実味が湧かない。
マクファーデンと会えば、私は間違いなく彼に泣き付いてしまうと思っていた。彼から離れられなくなると思っていた。しかし、実際は案外冷静だ。
「なんでだろ……、今こうして先生と話してる事に現実味が湧かない」
「それは、貴方が瀕死状態だからでは」
「こんなにベラベラ喋る瀕死の人間居る?」
「怪我だけで言えば重症ですよ」
彼が呆れ顔で、額を押さえていたガーゼをベリ、と剥がす。そのガーゼには赤い鮮血がべったりと付着していて、素人目で見ても重症だという事が分かった。
まさか、あの女性は他の人物にも予言をしていた? しかし、彼は封書では無く口頭の様だ。では、別人だろうか。
しかし、この世の中にそれ程多くの予言者が居るとは思えない。
「――“The cat hides when it dies. Is your cat safe?《猫は死に際姿を隠す。貴方の猫は無事かしら?》”だった様な」
「――!」
猫は死に際になると、姿を消す。それは、先程路地裏でも考えていた事だ。
的確だと言えるその言葉に、彼が聞いたのは紛れもなく私が受けた予言と同じ物だと悟る。
「その言葉が妙に気になってしまって。貴女はよく街をふらついている印象があったので、探しに行こうと思って診療所を出たんです。そしたらまさか、路地裏で見つけるとは、驚きでした。それも、死にかけてるし」
「死にかけては、無いと思うんだけど」
「死にかけてますよ、何言ってるんですか。あのまま放っておいたら、夜には死んでいましたよ」
「医者なんだから、あんまり死ぬ死ぬ言わないの……」
彼がそっと、額の傷にガーゼを当てた。その瞬間、皮膚が裂ける様な痛みを感じ、声にならない声を上げ唇を噛む。
痛みには慣れている筈だった。しかし、これ程の大怪我をしたのは人生で初めての様に思える。痛みとはこんなにも苦しいものだったのかと実感しながらも、瞳に浮かぶ生理涙を乱暴に拭った。
「……痛みますか?」
彼が不安気な表情を浮べ、私の頬を撫でた。
「先生、医者でしょ。患者の痛みに歪む顔なんて見慣れてるんじゃないの? なんなら、痛みに苦しんでる顔見るのが楽しいとかあるでしょ」
「幾ら医者でも、痛みに苦しんでいる人を見るのはつらいですよ。なんですかその偏見。医者をサイコパス扱いしないで頂けますか」
彼の不安気な表情は消え去り、代わりに心底呆れた様な深い溜息が吐かれた。
「無駄口叩ける位には元気で安心しました。今の貴女を見ていると心配した事がなんだか馬鹿らしく思えてきます」
「褒めてる? 貶してる?」
「どう考えても貶しているでしょう。馬鹿なんですか?」
「今日の先生辛辣だなぁ」
ふふ、と笑みを零し、痛む腕を上げ彼に手を伸ばす。そして彼が私にした様に、そっとその頬を撫でると彼の表情が僅かに和らいだ。
「なんですか、貴女にしては珍しく、今日は随分と甘えてくれるんですね」
「甘えてる……訳じゃない。ただ、久しぶりに先生の顔見て――」
顔を見て、安心した? 嬉しかった? 愛おしく思った?
その先に続けようとした言葉が自分でも分からず、思わず言葉を詰まらせる。
「あぁ、いや……えっと」
「なんです、言ってください」
額に当てたガーゼを押さえたまま、彼がずいと私に顔を寄せた。
久しく見ていなかった、彼の顔。ずっと見たかった、触れたかった彼がすぐそばにいる。
だというのに、今こうして怪我を負っているからか夢を見ているかの様で、まるで現実味が無い。
「……せ、先生本物? もしかして私死んだ? 此処天国だったりする?」
「それギャグですか? 笑った方が良いですか? それとも頭打ちました?」
「やっぱり辛辣だ……」
此処は天国では無く診療所であり、そして自身の命はまだ続いている。それを実感させてくれているのはじくじくと痛む額の傷であるが、やはりどう考えてみても現実味が湧かない。
マクファーデンと会えば、私は間違いなく彼に泣き付いてしまうと思っていた。彼から離れられなくなると思っていた。しかし、実際は案外冷静だ。
「なんでだろ……、今こうして先生と話してる事に現実味が湧かない」
「それは、貴方が瀕死状態だからでは」
「こんなにベラベラ喋る瀕死の人間居る?」
「怪我だけで言えば重症ですよ」
彼が呆れ顔で、額を押さえていたガーゼをベリ、と剥がす。そのガーゼには赤い鮮血がべったりと付着していて、素人目で見ても重症だという事が分かった。
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