DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
149 / 222

XLIII 悪いのは-VII

しおりを挟む
 先程迄は気にならなかった秒針の音がやけに耳に付き、沈黙が長く感じられる。
 自分の両親の事を尋ねられて、直ぐにどの様な人だったかを口にできる者は、幸せな家庭で育った人間、もしくは劣悪な環境で育った人間の二択に別れる。
 ――優しい人だった、良く笑う人だった、お喋りな人だった。
 ――暴力を振るう奴だった、酒癖、女癖が悪かった、夫婦喧嘩ばかりしていた、など。
 それ等の言葉は、実際に過去に人から聞いてきた言葉だ。私は幼少期、仕事柄――と言って良いものか、自身が助けた人間に家族の事を尋ねる事が多かった。
 それは子供ながらに家族が恋しかったからか、それとも好奇心からかは分からない。それでも、家族――主に両親の話をよく尋ねていた事を覚えている。

「――僕の父は、優秀な医者でした」

 彼がぽつりと、零す様に言葉を紡ぐ。
 
「母は病弱で、常にベッドの上で生活している様な人でした。そんな母を、献身的に支え続けていたのが父でした。母の治療も、父が1人で行っていたのだと記憶しています。そして僕が17の時、母が他界しました。年齢の事を考えると、寿命だったのでしょう。しかし、父は持病で母は亡くなったのだと言い張った。母の死がきっかけで、名医だった父は医者を辞めてしまった」

「――……」

「父は医者を辞めてから、酒に溺れ自堕落な生活を送る様になりました。僕は、そんな父を見ているのが嫌だった。しかし、幼少期から見ていた父が、名医だった父の姿が忘れられなくて、僕は医学を学ぶ為に全寮制の大学へ進みました。ですが父は、医者を目指す僕に無関心だった。父にとっては、母が全てだったのでしょう。そして僕が無事医師免許を取得し聖バーソロミュー病院に勤務する様になって半年、父は他界しました」

「そう、なんだ」

 普通だとも、悲しいとも、残酷だとも言えない、ただ虚しさだけが残る家庭。
 彼は最後まで淡々としていたが、その心には一体何を映していたのだろうか。彼の心が読めたらと思う事は過去に何度もあったが、今この瞬間程、彼の心が読めない事実を呪った事は無かった。

「つまらない話でしょう? 僕は父が他界しても、不思議と寂しくなかったんです。だからもしかすると、僕はあくまで父を“名医”としてしか見ていなくて、父親としては見ていなかったのかもしれません。ただ喪うには惜しい人間だったと思うだけでした」

「……先生は、名医になりたいの?」

「どうでしょうか。一応、これでもバーソロミューに居た頃はそれなりに優秀だと言われていたんですよ。腕も、知識も、経験も、そこらの医者よりかはあったと思います」

「……でも、満足してなさそうだね」

 彼の顔を見て、思わず口を衝いた言葉。しかし、すぐさまその言葉を口にした事を後悔した。
 私から顔を背け、俯いた彼が自嘲気味に笑う。そんな彼の表情を見るのは初めてだった。

「先程も言った通り、僕は貴女のカルテに恋をした。この診療所に来て、考え方を改めてからはそれなりに満足した人生を送っています。しかし、貴女の言う通り、優秀な医者になっても僕は満足しなかった。エリオット先生は、僕の上席に当たる医師でして、所謂先輩だったんですが、僕は彼の性格に苛立つ事が多かった。何故こんな人が、僕よりも優秀なのだと妬んだ事もありました。でも、此処に来て、貴女に出会って、エリオット先生が何故優秀だったのかが分かりました」

 彼が私と視線を合わせ、悲しげに笑った。

「エリオット先生だったら、貴女をこんな目に遭わせなかったでしょう。彼だったら、貴女をこんな目に遭わせた人間が直ぐに誰か分かるでしょう。彼は貴女に天使だという呪いの言葉を与え、更には患者扱いしていましたが、それと同じ位貴女を熟知していた」

「それ……は……」

「僕は、分からないんです。貴女をこんな目に遭わせた人間が誰か、何故貴女が隠そうとするのか、貴女が本当は僕をどう思っているのか。何故、僕は貴女を守れなかったのか」

 彼が再び俯き「分からないんです」と譫言の様に繰り返す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...