DachuRa 4th story -冷刻という名の、稀有なる真実-

白城 由紀菜

文字の大きさ
11 / 52
III 新しい父親

I

 初めて乗る四輪馬車は、貴族の所有車故か特別乗り心地が良かった。
 屋根が作り付けになっている箱型の車体に、赤いベルベットが張られたベンチ式のシートが2つ。4人乗りであるが、スペースが余ってしまう位にはゆとりがある。多少詰めれば、6人は優に乗れるだろう。
 額の傷はそれほど深くはなかった様で、馬車に揺られているうちに出血は止まった。こめかみに伝っていた血液は乾き、粉になってぱらぱらと服に落ちる。それがなんとも汚らしく感じ手で払い落とそうとしたが、私が乗っているのは貴族の馬車なのだという事を思い出し、すんでの所で思いとどまった。汚したら、今度は殴られるだけでは済まないかもしれない。
 窓に掛けられた、シートと同じベルベットのカーテンを捲り外に目を遣る。馬車に乗ってそれ程時間は経っていないというのに、窓の外は見知らぬ街を映していた。此処は何処だろう。窓に額が付くすれすれまで顔を近づけ、辺りを見渡してみる。

「――っ!」

 突然脛に痛みと衝撃が走り、驚きから肩が小さく跳ねた。カーテンから手を離し、私と向かい合う様に座る男を見遣る。黒髪の方だ。

「人に見られたら困る。あまり顔を出すな」

 囁く様に静かに、しかし有無を言わせない声で男が言った。
 どうやら、固い革靴ですねを思い切り蹴られたらしい。踝丈のワンピースには、くっきりと靴裏の黒い痕が付いていた。

「どうして」男を見据え、口を開く。「どうして、私を殺さなかったの?」

 私は先程、彼の腕にペンを突き立てた。誰もが私の死を確信する行動であり、死に急ぎにも程があると自分でも思う。しかし何故だか、私は九死に一生を得た。
 ここは素直に奇跡を信じ、命拾いした事と自身の運の良さを神に感謝するところだ。それは十二分に分かっている。だが厄介な性格をしている所為で『何故彼は私を殺さなかったのか』という疑問に囚われてしまい、答えを持っている人物が目の前に居るのならそれを問うべきだ――と考えるより先に実行してしまったのだ。
 ぎょっとするレイに内心申し訳なく思いつつも、男を真っすぐに見つめる。男もまた、真っすぐに私を見つめていた。

「――ペン先が神経に触れた。この腕じゃ銃は撃てない。それだけだ」

 ややあって、男が答えた。そしてふいと私から顔を背け、窓枠に肘をつく。
 いつ抜いたのか男の腕に刺さっていたペンは消えており、代わりに傷口を塞ぐ様に白い布がきつく結ばれていた。布には鮮血が滲んでいて、ジャケットから覗く男の手は伝った血で汚れている。今は止まっている様だが、ペンを抜いた直後にはそれ相応の出血があった事が窺えた。

「殺せる方法は他にもあった筈。銃が撃てない、は理由にならないのではないかしら」

 男の回答に納得がいかず、危険だと分かっていながらも反駁する。すると、隣に座っていたレイが私の服の袖を引っ張った。不安げな表情を浮かべ、私の言動を制する様に首を横に振る。
 男が私を一瞥し、呆れた様に小さく溜息をついた。

「肝が据わったガキだな」

 面倒で厄介だ、と言葉を続け、男が興味を失った様に目を伏せる。先程の暴悪な振る舞いが思い出せなくなる程に静かだ。真意の分からない、不思議な男である。
 この状況はあまりに不明瞭で、雲を掴んでいる様だと言っても過言ではない。そもそも誘拐に特別な理由がある方が珍しいが――大体が金か個人的欲求を満たす為だろう――しかし何かが違う気がして引っ掛かるのだ。誰かの命令で私達を連れ去ろうとしている事は明瞭だが、それ程大掛かりな事をするほど我が家は目立つ家でも名が知れている訳でも無い。
 ――やはり、父の仕事が関わっているのだろうか。
 怒りや恐怖が無いとは勿論言わないが、今は漠然とした不安の方が大きい。
 悶々と思索に耽っているうちに目的地に到着した様で、金属が擦れる耳障りな音を立てて、馬車がゆっくりと停車した。
 茶髪の男が自らの手で扉を開き、馬車を降りてゆく。黒髪の男もそれに続き、私たちに一瞥もくれる事無く馬車を降りた。置き去りにされた私たちはどうするべきか分からず、どちらからともなく顔を見合わせる。

「何してんだ! お前らも来るんだよ! 早くしろ!」

 茶髪の男が少し離れた所から振り返り、怒声を上げた。最早当然ではあるのだが、馬車から降りるのに手を貸してくれる事は無い様だ。
 黒髪の男は私たちにまるで興味が無く、ポケットから出した懐中時計に視線を落としている。しかし、茶髪の男は苛立たしげにポケットに手を入れたり出したりと忙しなくしていた。あまりもたもたとしていたら、馬車から無理矢理引き摺り降ろされてしまいそうだ。
 決して落ちても大きな怪我をする高さでは無いが、ステップ台があっても降りるのに慎重になってしまう程である。此処から無理矢理引き摺り落されたら――なんて事を考えるだけで総毛立った。
 レイも同じことを考えているのか、躊躇ためらう様子は見せずいそいそと馬車を降りていった。自身も重い腰を上げてその後に続く。
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

(完)百合短編集 

南條 綾
ライト文芸
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。