DachuRa 4th story -冷刻という名の、稀有なる真実-

白城 由紀菜

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VI 入浴

I

「あーあ、どうして私がこんな事しなくっちゃいけないのかしらね」

 私たちの前を歩きながら面倒臭そうにそう漏らすのは、先程食堂ダイニング・ルームでラルフに叱責されていた若い女性使用人、ネルだ。
 どうやらこれから入浴の様で、夕食が終わったばかりでお腹もまだ落ち着いていないというのに、無理矢理部屋から連れ出されてしまった。
 入浴の手伝いをしてくれるのは彼女――ネルらしいのだが、食堂ダイニング・ルームで『お二人は、ヒップバスで良いかと』なんて発言をされているからか、彼女にはあまりいい印象が無い。更にはこの悪態である。
 譲歩して、初対面なのは仕方が無いと受け入れるが、これ程あからさまな相手に手伝いをされる位ならば、まだ冷淡で何を考えているかが分からないアイリーンの方がいくらかマシだった。
 そもそも、悪態をつきたいのは彼女じゃない。私たちの方だ。何故こんな見知らぬ屋敷に誘拐されてきて、事情も分からぬまま娘をやらされなければならないのか。

「ほら、此処よ。早く入って頂戴」

 通されたのは、これまた広い浴室。私たちに与えられた部屋程の広さは無いが、家にあった浴室よりかは遥かに広い。優に生活が出来る広さだ。
 壁際にどんと置かれた、金のカラン付き猫足バスタブ。街路の石畳を思わせる、丸石を合わせて作られた床の上にはゴル・ファランギ文様の絨毯――センターラグ程の大きさだ――が敷かれている。

「あ、靴はそっちで脱いでね。この絨毯汚すと、旦那様怒るから」

 浴室を見渡していると、ネルが軽い口調で告げた。
 絨毯に乗るすんでの所でレイと共に立ち止まり、一度顔を見合わせたのち2人して腰を屈めた。絨毯など汚さずに使用できるのだろうか、なんて思いつつ、すごすごと靴を脱ぐ。
 浴室は広いだけで、あまり多くの物は置かれていない。壁は見ただけでは石材なのか壁紙なのか皆目見当がつかず、ホワイトの上に紅茶をぶちまけた様にも、大雑把に世界地図を描いた様にも見える不思議な模様だ。洗面台の前に置かれた鏡は今まで見たものの中で最も大きく、浴室全体を覗き込む事が出来た。

「これ、確かペルシア絨毯……とか言ったかしら。イラン? で作られている美術工芸品らしいの。高級なんですって。旦那様のお気に入りでね、ちょっとでも汚すとすぐ怒るんだから嫌になっちゃうわ。そんなに気に入っているのなら、浴室なんかに敷くんじゃないわよって感じよね」

 いつの間にネルは靴を脱いだのか、裸足のまま絨毯に乗りウィロー素材の大きな籠をどさりと置いた。
 靴を浴室の隅――絨毯の敷かれていない石の床の上に置き、そっと絨毯に乗るとふわふわとした感触が足に伝わった。なんだかよく分からないけれど、確かに高級そうだ。
 バスタブの中には湯がたっぷりと張られていて、白い湯気が立ち上っている。その湯気のお陰か、浴室の中はほんのりと温かかった。

「脱いだ服はこの籠の中に入れて頂戴」

 ネルが籠をトントンと、指先で叩く。

「その服、旦那様が処分するとか言っていた気がするけれど、よく見たら結構いい素材じゃないの。処分してしまう位なら、私が貰いたい位だわ。……流石に、サイズが合わないでしょうけど」

 私が纏っている服にずいと顔を寄せたネルが、服の裾を掴み、生地をまじまじと見つめる。こうしていると、悪い人では無い様に見える。――いい人、という訳でもないだろうが。
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