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VI 入浴
II
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「あの、ネルさんはお幾つ……なんですか?」
恐る恐る尋ねると、ネルがパッと顔を上げ私に胡乱な目を向けた。「年齢なんて聞いて何になるっていうのよ」と文句を言いながらも、「16よ」と答えてくれる。
私たちと、二つしか年齢が変わらない。その事実に驚いていると、ネルが眉を顰め、
「何? 若いからって馬鹿にしてる?」
と噛み付く様に言った。
「いえ、別にそういう訳では」
「確かに私は見習い使用人で、此処に来てまだ日は浅いけれど、ミスをして怒られる事は殆ど無いんだから!」
「……」
先程の食堂での出来事は、彼女の中でもう無かった事となっているのだろうか。憎まれ口の一つでもたたきたくなるが、此処で喧嘩をしても何もメリットはない。慌てて口をきゅっと引き結ぶ。
「もう! 無駄話ばかりしてるとスチュアートさんに怒られちゃうわ! とっととして頂戴な」
ネルが大きな溜息をつき、服を入れる為の籠を再び指先で叩いた。彼女の言葉にいそいそと服を脱ぎ、籠の中に投げ込んでいく。
「んん……? 下民の娘の癖に、あんたたち結構いい身体してるわね……」
「……?」
レイとお互いの身体を見合わせ、首を傾げる。
「どうせ貧相な身体をしているんだろうと思ったけど、骨も浮いていないし、肉付きも良いし……。なんなら私よりもいい身体しているじゃないの!」
自身の身体を見下ろし、ぷにぷにとお腹を摘まむ。決して太ってはいないが、あばらが浮き出る事は無い。しかしそれが〝いい身体〟になるのかはよく分からなかった。
自身の隣で、両腕を寒そうに摩っているレイを見遣る。自身の身体の事はよく分からないが、彼女を見ていると発育もスタイルも良く、誰に見せても恥ずかしくない身体をしている様に思えた。彼女がそんな身体をしているのなら、恐らくは私もそうなのだろう。
レイの裸体を見た後にネルを見遣ると、その身体はやけに薄っぺらく思えた。厚手の黒地ワンピースにエプロンまで纏っているというのに薄く見えるという事は、脱いだらもっと細いのだろう。
「まぁいいわ。さっさと済ませてしまいましょう。ほら、こっちに来なさい。私だって暇じゃないのよ」
服の袖を限界まで捲ったネルが、木桶を脇に抱えバスタブの横で仁王立ちしていた。身体は薄いが、その姿はとても逞しく見える。
自身の身体を抱く様にして、居心地の悪そうにしているレイの手を引きバスタブに近付く。すると、意外にもネルが手を貸してくれた。
バスタブの中は、湯を張る前に毎度綺麗に磨いているのだろう。思わず足を滑らせてしまいそうになるほどつるつるとしていて、内側の触り心地も良かった。家のバスタブも比較的綺麗であったが、やはり此処のものと比べてしまうと劣る。
身体を包む湯は温かく、立ち上る湯気を吸い込むと肺の中まで温まる様な気がした。自身の目の前に座ったレイも、同じ様に湯に身体を浸し、温かさに目を細めている。
今日は色々な事があった為、疲れているのだろう。このまま眠ってしまいそうだ。バスタブの縁に頭を凭れさせ、息を吐きながら目を閉じる。湯の温かさのお陰か、此処に来て初めて緊張が解れた様な気がした。
――しかし、そんな心地よさも束の間。
ざぶんと乱暴に湯を汲む音がしたと思ったら、間髪入れずに頭のてっぺんから湯を勢いよく注ぎ掛けられた。
「……っ、」
濡れた髪の毛がぺたりと顔に張り付き、目を瞑ったまま手で前髪を払う。そしてゆっくり瞳を開くと、目の前のレイが複雑な顔をして此方を見つめていた。
「まずはあんたからね。あんたどっちだっけ? ルイ? レイ?」
「ルイ、です」
「そう、ルイね。双子を見るのは初めてだけど、本当にそっくりなのね。見分けがつかないわ」
ネルが乱暴に私の髪を纏め、わしゃわしゃと掻き乱す。頭皮に爪を立てられている様で酷い痛みを感じるが、それを指摘してもネルは「我慢なさい」とでも言って続行するだろう。
暫くすると、石鹸が泡立ったのかシャボン玉に似た虹色の球体が浴室を舞い始めた。石鹸には薔薇でも練り込まれているのか、薔薇の強い香りが鼻腔を抜ける。家で使っていた石鹸にも花が練り込まれていたが、ここまで香りは強くなかった。
恐る恐る尋ねると、ネルがパッと顔を上げ私に胡乱な目を向けた。「年齢なんて聞いて何になるっていうのよ」と文句を言いながらも、「16よ」と答えてくれる。
私たちと、二つしか年齢が変わらない。その事実に驚いていると、ネルが眉を顰め、
「何? 若いからって馬鹿にしてる?」
と噛み付く様に言った。
「いえ、別にそういう訳では」
「確かに私は見習い使用人で、此処に来てまだ日は浅いけれど、ミスをして怒られる事は殆ど無いんだから!」
「……」
先程の食堂での出来事は、彼女の中でもう無かった事となっているのだろうか。憎まれ口の一つでもたたきたくなるが、此処で喧嘩をしても何もメリットはない。慌てて口をきゅっと引き結ぶ。
「もう! 無駄話ばかりしてるとスチュアートさんに怒られちゃうわ! とっととして頂戴な」
ネルが大きな溜息をつき、服を入れる為の籠を再び指先で叩いた。彼女の言葉にいそいそと服を脱ぎ、籠の中に投げ込んでいく。
「んん……? 下民の娘の癖に、あんたたち結構いい身体してるわね……」
「……?」
レイとお互いの身体を見合わせ、首を傾げる。
「どうせ貧相な身体をしているんだろうと思ったけど、骨も浮いていないし、肉付きも良いし……。なんなら私よりもいい身体しているじゃないの!」
自身の身体を見下ろし、ぷにぷにとお腹を摘まむ。決して太ってはいないが、あばらが浮き出る事は無い。しかしそれが〝いい身体〟になるのかはよく分からなかった。
自身の隣で、両腕を寒そうに摩っているレイを見遣る。自身の身体の事はよく分からないが、彼女を見ていると発育もスタイルも良く、誰に見せても恥ずかしくない身体をしている様に思えた。彼女がそんな身体をしているのなら、恐らくは私もそうなのだろう。
レイの裸体を見た後にネルを見遣ると、その身体はやけに薄っぺらく思えた。厚手の黒地ワンピースにエプロンまで纏っているというのに薄く見えるという事は、脱いだらもっと細いのだろう。
「まぁいいわ。さっさと済ませてしまいましょう。ほら、こっちに来なさい。私だって暇じゃないのよ」
服の袖を限界まで捲ったネルが、木桶を脇に抱えバスタブの横で仁王立ちしていた。身体は薄いが、その姿はとても逞しく見える。
自身の身体を抱く様にして、居心地の悪そうにしているレイの手を引きバスタブに近付く。すると、意外にもネルが手を貸してくれた。
バスタブの中は、湯を張る前に毎度綺麗に磨いているのだろう。思わず足を滑らせてしまいそうになるほどつるつるとしていて、内側の触り心地も良かった。家のバスタブも比較的綺麗であったが、やはり此処のものと比べてしまうと劣る。
身体を包む湯は温かく、立ち上る湯気を吸い込むと肺の中まで温まる様な気がした。自身の目の前に座ったレイも、同じ様に湯に身体を浸し、温かさに目を細めている。
今日は色々な事があった為、疲れているのだろう。このまま眠ってしまいそうだ。バスタブの縁に頭を凭れさせ、息を吐きながら目を閉じる。湯の温かさのお陰か、此処に来て初めて緊張が解れた様な気がした。
――しかし、そんな心地よさも束の間。
ざぶんと乱暴に湯を汲む音がしたと思ったら、間髪入れずに頭のてっぺんから湯を勢いよく注ぎ掛けられた。
「……っ、」
濡れた髪の毛がぺたりと顔に張り付き、目を瞑ったまま手で前髪を払う。そしてゆっくり瞳を開くと、目の前のレイが複雑な顔をして此方を見つめていた。
「まずはあんたからね。あんたどっちだっけ? ルイ? レイ?」
「ルイ、です」
「そう、ルイね。双子を見るのは初めてだけど、本当にそっくりなのね。見分けがつかないわ」
ネルが乱暴に私の髪を纏め、わしゃわしゃと掻き乱す。頭皮に爪を立てられている様で酷い痛みを感じるが、それを指摘してもネルは「我慢なさい」とでも言って続行するだろう。
暫くすると、石鹸が泡立ったのかシャボン玉に似た虹色の球体が浴室を舞い始めた。石鹸には薔薇でも練り込まれているのか、薔薇の強い香りが鼻腔を抜ける。家で使っていた石鹸にも花が練り込まれていたが、ここまで香りは強くなかった。
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