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VII 亡くなった子供
I
「この家には元々、次期当主だったご子息のキース様と、旦那様が昔に引き取った養女が居たのよ」
逆さにした木桶――湯汲みに使っていたものとは違う、一回りも二回りもサイズが大きい、ハンドルロープが付いたものだ――に腰を掛け、ネルが話し始める。
「養女の名前はノエル。すごーく大人しくて寡黙な子で、我儘も言わないし、存在感も薄いから私たちは彼女のお相手をするのは楽だったんだけど」
自身の目の前で石鹸を泡立て、わしゃわしゃと髪を洗っているレイはネルの話を聞いているのか否か。難しい顔をして、そっぽを向いてしまっている。
完全にネルを敵視してしまっている様だ。もしかすると、私に対しても腹を立てているのかもしれない。
「顔は凄く整っていて、色素が薄かったから綺麗だったけれど、でもそれと同じくらい地味な子でね。なのに、キース様からは何故か気に入られていたのよね。あの二人は常に、一緒に居たんじゃないかしら」
「……そのお二人が、亡くなられたんですか?」
「ええ、そうよ。――あ、いや、亡くなったのはキース様だけ」
ネルの煮え切らない言葉に、首を傾げる。
「うぅん……、本当に誰にも言っちゃ駄目よ? 勿論、スチュアートさんにも、旦那様にも奥様にも」
「誰にも言いません」
彼女が私の顔を、じっと見つめる。そしてぼそりと、困ったわね、と呟いた。
しかしその呟きは、レイが勢いよく湯を被った音で掻き消された。
あまりに唐突であり、やや乱暴にも思えたその行動にネルと顔を見合わせ、二人してレイに目を向ける。すると、レイはむっと顔のまま「何? 話聞いてるから、続けて」と凛然と言い放った。
そのレイの態度で、話す決心がついたのだろうか。ネルが深い溜息をついて、此処だけの話よ、と前置きをし言葉を続けた。
「キース様の死因は他殺。つまり、殺されたのよ。新聞の記事にもなったらしいけれど、あんたたち知らない?」
「え、あ、あの、最近、両親は少し忙しそうで、新聞をよく見ていなかったみたいで……、そういった話は聞いていないです。
私たちはその、読み書きは問題なく出来ますが、新聞や、掲載されている事件にあまり興味が無かったのもあって、自分達で確認する事も殆ど無くて……」
そういった話は、街の噂話だけで充分でしたし――と、曖昧に言葉を濁す。
貴族の子息が殺された、という大きなニュースを、今の今まで知らなかっただなんて。
街の子供から無知だ、頭が悪いと揶揄われた時に似た羞恥がこみ上げ、居た堪れなくなりその場に俯いた。
殺人事件は、決して珍しい事ではない。それはこの国に限る事ではないだろう。人間同士が争えば、いずれ死人が出る。子供でも分かる事だ。
しかしそんな中でも、貴族殺しは取り分け大事件として扱われた。
貴族という言葉はよく耳にし、よく口にするが、英国王室を頂点として、公爵から男爵までの世襲貴族――その人数はこの国の人口僅か1%しか存在しない。故に、高貴な者の死――貴族殺しは、国家を揺るがしかねない大事件なのだ。
「まぁ、私もその新聞は読んでいないからどんな報道がされたかなんて分からないんだけどね。でも、そのキース様を殺したのは養女のノエル様だったのよ」
「えっ!?」
私が反応するよりも先に、レイが声を上げる。その声に驚きながらも、レイに続く様に「それは濡れ衣では無くて、真実なんですか?」と、ネルに問いを投げかけた。
レイはこの家の内情など全く興味がないのだとばかり思っていたが、実際はそうでは無かったらしい。先程の言葉通り、ちゃんと話を聞いていた様だ。
逆さにした木桶――湯汲みに使っていたものとは違う、一回りも二回りもサイズが大きい、ハンドルロープが付いたものだ――に腰を掛け、ネルが話し始める。
「養女の名前はノエル。すごーく大人しくて寡黙な子で、我儘も言わないし、存在感も薄いから私たちは彼女のお相手をするのは楽だったんだけど」
自身の目の前で石鹸を泡立て、わしゃわしゃと髪を洗っているレイはネルの話を聞いているのか否か。難しい顔をして、そっぽを向いてしまっている。
完全にネルを敵視してしまっている様だ。もしかすると、私に対しても腹を立てているのかもしれない。
「顔は凄く整っていて、色素が薄かったから綺麗だったけれど、でもそれと同じくらい地味な子でね。なのに、キース様からは何故か気に入られていたのよね。あの二人は常に、一緒に居たんじゃないかしら」
「……そのお二人が、亡くなられたんですか?」
「ええ、そうよ。――あ、いや、亡くなったのはキース様だけ」
ネルの煮え切らない言葉に、首を傾げる。
「うぅん……、本当に誰にも言っちゃ駄目よ? 勿論、スチュアートさんにも、旦那様にも奥様にも」
「誰にも言いません」
彼女が私の顔を、じっと見つめる。そしてぼそりと、困ったわね、と呟いた。
しかしその呟きは、レイが勢いよく湯を被った音で掻き消された。
あまりに唐突であり、やや乱暴にも思えたその行動にネルと顔を見合わせ、二人してレイに目を向ける。すると、レイはむっと顔のまま「何? 話聞いてるから、続けて」と凛然と言い放った。
そのレイの態度で、話す決心がついたのだろうか。ネルが深い溜息をついて、此処だけの話よ、と前置きをし言葉を続けた。
「キース様の死因は他殺。つまり、殺されたのよ。新聞の記事にもなったらしいけれど、あんたたち知らない?」
「え、あ、あの、最近、両親は少し忙しそうで、新聞をよく見ていなかったみたいで……、そういった話は聞いていないです。
私たちはその、読み書きは問題なく出来ますが、新聞や、掲載されている事件にあまり興味が無かったのもあって、自分達で確認する事も殆ど無くて……」
そういった話は、街の噂話だけで充分でしたし――と、曖昧に言葉を濁す。
貴族の子息が殺された、という大きなニュースを、今の今まで知らなかっただなんて。
街の子供から無知だ、頭が悪いと揶揄われた時に似た羞恥がこみ上げ、居た堪れなくなりその場に俯いた。
殺人事件は、決して珍しい事ではない。それはこの国に限る事ではないだろう。人間同士が争えば、いずれ死人が出る。子供でも分かる事だ。
しかしそんな中でも、貴族殺しは取り分け大事件として扱われた。
貴族という言葉はよく耳にし、よく口にするが、英国王室を頂点として、公爵から男爵までの世襲貴族――その人数はこの国の人口僅か1%しか存在しない。故に、高貴な者の死――貴族殺しは、国家を揺るがしかねない大事件なのだ。
「まぁ、私もその新聞は読んでいないからどんな報道がされたかなんて分からないんだけどね。でも、そのキース様を殺したのは養女のノエル様だったのよ」
「えっ!?」
私が反応するよりも先に、レイが声を上げる。その声に驚きながらも、レイに続く様に「それは濡れ衣では無くて、真実なんですか?」と、ネルに問いを投げかけた。
レイはこの家の内情など全く興味がないのだとばかり思っていたが、実際はそうでは無かったらしい。先程の言葉通り、ちゃんと話を聞いていた様だ。
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