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VII 亡くなった子供
II
「真実、だとは言い切れないわよ。だってこの屋敷の人間誰も、ノエル様がキース様を殺した瞬間なんて見ていないんだもの。でも、ノエル様はキース様が殺された晩から行方不明になっているの。きっと、キース様を殺して逃げたのよ」
「そ、それは……、何か、事情があったのではないでしょうか。例えば、第三者がご子息を殺して、養女を連れ去った――とか」
現に、私たちがこうして無理矢理連れ去られているのだ。連れ去られたという事も、この屋敷に居る事も、何一つ両親には伝えられていない。置手紙をベッドの上に残してきたが、それを両親が見た保証はないし、誘拐を仄めかす様な事だって書いていないのだ。
ネルの話を聞く限り、「養女が子息を殺した」という話は、私の両親が「娘が家出した」などと騒ぎ立てる事と同義だと感じる。故に私は、どうもその殺人には根拠がない様に思えて仕方が無かった。
「確かに、事情はあるでしょうよ。理由無く人を殺すなんて、余程の異常者でない限りあり得ないわ。でも、屋敷のどこにも、第三者の痕跡が無かったのよ。あるのは、ノエル様が同室に居た跡だけ。警察も、ノエル様を容疑者として追っているらしいわ」
「……本当に、その方が犯人なんでしょうか」
「さぁね。ただ言えるのは、見習い使用人如きの私には新たな発見があっても教えて貰えないって事と、あんたたちはスタインフェルド家の娘として生きていかざるを得ないって事よ。亡くなったキース様と、失踪したノエル様の代わりとして、ね」
同情はするけれど、私にはどうする事も出来ないわ。
そう言葉を付け加え、ネルが木桶から腰を上げた。
「あともう一つだけ、二人に教えておいてあげる。奥様――ローズ・スタインフェルド様には気を付けなさい。奥様はキース様とノエル様を同時に失って、更には家庭内で殺人事件なんて起こってご傷心なの。身体も壊しているって、この屋敷を出入りしている医者が言っていたわ。
これは他の使用人たちが話しているのを盗み聞きした事だから信憑性はあまりないけれど、ローズ様、あの事件の所為で精神病を患ってしまったんですって。なんでも、感情の起伏が激しくって、一度癇癪を起こしたら手が付けられないのだとか。だから、あの人の機嫌を損ねる様な事をしては駄目よ。いいわね?」
彼女の言葉に、そういえば、と夕食時の事を思い出す。
ネル程詳しくは教えてくれなかったが、ラルフも『二人のお母様は体調が優れないんだ。暫くの間、食事は三人でとろう』と言っていた。
精神病を患っているとは、聊か厄介だな――などと瞬時に思ってしまうが、しかし無理もない話だ。自身の実子が殺され、養女は行方不明。更にはこの国を揺るがしかねない貴族殺し。必然的に矢面に立たされ、心無い言葉を浴びた事だろう。精神を壊すのも当然だ。
「――分かりました。奥様とは、あまり接触しないよう心掛けます」
「それが良いわね。接触しないに越した事はないわ。それと――……」
ネルが呆れている様な、怒っている様な、なんだか難しい顔をして、ぴっと立てた人差し指を此方に向けた。
「その敬語、そろそろやめてくれるかしら。私はあんたたちに素直に仕える気はないけれど、事実上では貴女たちの方が私よりも格上の人間なんだから、敬語を使われると気持ちが悪いわ」
彼女の言葉一つで口調を決めてしまって良いのだろうかと疑問を抱くが、ネルは私の気持ちなど気にするつもりはないらしい。返事を待つことなく、「長風呂しすぎていると怪しまれちゃうわ」と言って私たちの身体を洗う為にせっせと石鹸を泡立て始めた。
「そ、それは……、何か、事情があったのではないでしょうか。例えば、第三者がご子息を殺して、養女を連れ去った――とか」
現に、私たちがこうして無理矢理連れ去られているのだ。連れ去られたという事も、この屋敷に居る事も、何一つ両親には伝えられていない。置手紙をベッドの上に残してきたが、それを両親が見た保証はないし、誘拐を仄めかす様な事だって書いていないのだ。
ネルの話を聞く限り、「養女が子息を殺した」という話は、私の両親が「娘が家出した」などと騒ぎ立てる事と同義だと感じる。故に私は、どうもその殺人には根拠がない様に思えて仕方が無かった。
「確かに、事情はあるでしょうよ。理由無く人を殺すなんて、余程の異常者でない限りあり得ないわ。でも、屋敷のどこにも、第三者の痕跡が無かったのよ。あるのは、ノエル様が同室に居た跡だけ。警察も、ノエル様を容疑者として追っているらしいわ」
「……本当に、その方が犯人なんでしょうか」
「さぁね。ただ言えるのは、見習い使用人如きの私には新たな発見があっても教えて貰えないって事と、あんたたちはスタインフェルド家の娘として生きていかざるを得ないって事よ。亡くなったキース様と、失踪したノエル様の代わりとして、ね」
同情はするけれど、私にはどうする事も出来ないわ。
そう言葉を付け加え、ネルが木桶から腰を上げた。
「あともう一つだけ、二人に教えておいてあげる。奥様――ローズ・スタインフェルド様には気を付けなさい。奥様はキース様とノエル様を同時に失って、更には家庭内で殺人事件なんて起こってご傷心なの。身体も壊しているって、この屋敷を出入りしている医者が言っていたわ。
これは他の使用人たちが話しているのを盗み聞きした事だから信憑性はあまりないけれど、ローズ様、あの事件の所為で精神病を患ってしまったんですって。なんでも、感情の起伏が激しくって、一度癇癪を起こしたら手が付けられないのだとか。だから、あの人の機嫌を損ねる様な事をしては駄目よ。いいわね?」
彼女の言葉に、そういえば、と夕食時の事を思い出す。
ネル程詳しくは教えてくれなかったが、ラルフも『二人のお母様は体調が優れないんだ。暫くの間、食事は三人でとろう』と言っていた。
精神病を患っているとは、聊か厄介だな――などと瞬時に思ってしまうが、しかし無理もない話だ。自身の実子が殺され、養女は行方不明。更にはこの国を揺るがしかねない貴族殺し。必然的に矢面に立たされ、心無い言葉を浴びた事だろう。精神を壊すのも当然だ。
「――分かりました。奥様とは、あまり接触しないよう心掛けます」
「それが良いわね。接触しないに越した事はないわ。それと――……」
ネルが呆れている様な、怒っている様な、なんだか難しい顔をして、ぴっと立てた人差し指を此方に向けた。
「その敬語、そろそろやめてくれるかしら。私はあんたたちに素直に仕える気はないけれど、事実上では貴女たちの方が私よりも格上の人間なんだから、敬語を使われると気持ちが悪いわ」
彼女の言葉一つで口調を決めてしまって良いのだろうかと疑問を抱くが、ネルは私の気持ちなど気にするつもりはないらしい。返事を待つことなく、「長風呂しすぎていると怪しまれちゃうわ」と言って私たちの身体を洗う為にせっせと石鹸を泡立て始めた。
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