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VIII 暖かなベッド
I
「今後のお嬢様方のご予定について、ご説明をさせて頂きます」
私とレイに与えられた、広すぎる部屋のベッドの上。疲労からくる強烈な眠気になんとか耐えながら、私はアイリーンと向かい合っていた。
入浴後に着せられたのは、フリルやレースをこれでもかと言わんばかりに縫い付けられた、ゆったりとしたシルエットのネグリジェだ。レースやフリルが邪魔で動きづらいことこの上ないのは言わずもがな。しかし使われている生地は柔らかく、悔しい事に着心地だけは良い。
「……出来れば、レイお嬢様にもご同席願いたいのですが」
アイリーンの視線が私の背後に向き、彼女が困った様に眉を下げた。釣られて自身も振り返り、アイリーンの視線の先に目を遣る。
ベッドからやや離れた場所の、窓際のアームソファ。そこに身を沈める様にして座り、窓から夜空を見上げるのは、自身と同じネグリジェに身を包んだ妹――レイだ。
先程、浴室でネルと話をしてから彼女の様子がおかしい。ホームシックの様なものであればまだ幾らかマシなのだが、ネルの言葉を歪曲して受け取り、無駄な心配や不安を一人で抱え込んでいたとしたら厄介だ。彼女は母に似てやや不安症の嫌いがあり、自身の悩みや心配事をあまり人に話そうとしない。故に、注意深く観察していなければ気付けないのである。
「レイには後で、私から話します。今は、そっとしておいてあげてください」
事実上これは誘拐だが、この家ではそう扱われていない。監禁されている訳でもないのだから、寝室まで見張る――なんて事はしない筈だ。ベッドに入り、二人きりになったらそれとなく聞いてみよう。
アイリーンは不承不承と言った様子だったが、承知致しました、と言って小さく頷いた。そしてエプロンのポケットから掌ほどのノートを取り出し、中身に目を走らせながら口を開く。
「レイお嬢様には、先程食堂で申し上げた通りテーブルマナーのレッスンを受けて頂きます。明日、家庭教師に確認を取りますので、レッスンは早くて三日から四日後になるかと。
レイお嬢様に家庭教師が付くまでの間で、お二方には屋敷に慣れて頂きたく存じます。ですので、明日の予定は主に屋敷の案内となります。この屋敷は広く、部屋数も多いので屋敷の案内は数日に分けて行いますが」
宜しいでしょうか、とアイリーンが事務的に問うてくる。
此処で私が、嫌です、屋敷案内など必要ありません、と逆らったところで、どうせ彼女はあの男――ラルフの存在を仄めかすに違いない。然すれば私は――私たちは、それに従う他ないのだ。それを分かっている筈なのに、何故こうしてわざわざ、意味も無く尋ねてくるのだろう。
そう思うも、私は無様な程に無力であり、同時に臆病である事から、構いませんと言って静かに頷いた。
アイリーンに強く出られないのは、私が人見知りだからなのか、将又彼女を恐れているからなのか。――それとも、言っても意味がないといった諦観なのか。
「屋敷に慣れて頂きましたら、規則内でとなりますが、屋敷内をご自由にお使い頂いて構いません。出入り禁止の部屋や、使用不可の場所などは、また明日ご説明させて頂きます」
「……はい」
彼女の言葉に頷きながら、私は再び振り返り、背後のレイに視線を向ける。アイリーンの声は良く通る為、窓際のレイにまで届いている筈だ。しかし彼女は微動だにせず、今もずっと夜空を見上げていた。
「では、本日は此処で失礼致します。おやすみなさいませ、良い夢を」
アイリーンが恭しく頭を下げ、踵を返し部屋から出ていった。ガタン、と重々しい音を立てて扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。漸く緊張感のある空気が緩和され、止めていた呼吸を再開する様に息衝いた。
私とレイに与えられた、広すぎる部屋のベッドの上。疲労からくる強烈な眠気になんとか耐えながら、私はアイリーンと向かい合っていた。
入浴後に着せられたのは、フリルやレースをこれでもかと言わんばかりに縫い付けられた、ゆったりとしたシルエットのネグリジェだ。レースやフリルが邪魔で動きづらいことこの上ないのは言わずもがな。しかし使われている生地は柔らかく、悔しい事に着心地だけは良い。
「……出来れば、レイお嬢様にもご同席願いたいのですが」
アイリーンの視線が私の背後に向き、彼女が困った様に眉を下げた。釣られて自身も振り返り、アイリーンの視線の先に目を遣る。
ベッドからやや離れた場所の、窓際のアームソファ。そこに身を沈める様にして座り、窓から夜空を見上げるのは、自身と同じネグリジェに身を包んだ妹――レイだ。
先程、浴室でネルと話をしてから彼女の様子がおかしい。ホームシックの様なものであればまだ幾らかマシなのだが、ネルの言葉を歪曲して受け取り、無駄な心配や不安を一人で抱え込んでいたとしたら厄介だ。彼女は母に似てやや不安症の嫌いがあり、自身の悩みや心配事をあまり人に話そうとしない。故に、注意深く観察していなければ気付けないのである。
「レイには後で、私から話します。今は、そっとしておいてあげてください」
事実上これは誘拐だが、この家ではそう扱われていない。監禁されている訳でもないのだから、寝室まで見張る――なんて事はしない筈だ。ベッドに入り、二人きりになったらそれとなく聞いてみよう。
アイリーンは不承不承と言った様子だったが、承知致しました、と言って小さく頷いた。そしてエプロンのポケットから掌ほどのノートを取り出し、中身に目を走らせながら口を開く。
「レイお嬢様には、先程食堂で申し上げた通りテーブルマナーのレッスンを受けて頂きます。明日、家庭教師に確認を取りますので、レッスンは早くて三日から四日後になるかと。
レイお嬢様に家庭教師が付くまでの間で、お二方には屋敷に慣れて頂きたく存じます。ですので、明日の予定は主に屋敷の案内となります。この屋敷は広く、部屋数も多いので屋敷の案内は数日に分けて行いますが」
宜しいでしょうか、とアイリーンが事務的に問うてくる。
此処で私が、嫌です、屋敷案内など必要ありません、と逆らったところで、どうせ彼女はあの男――ラルフの存在を仄めかすに違いない。然すれば私は――私たちは、それに従う他ないのだ。それを分かっている筈なのに、何故こうしてわざわざ、意味も無く尋ねてくるのだろう。
そう思うも、私は無様な程に無力であり、同時に臆病である事から、構いませんと言って静かに頷いた。
アイリーンに強く出られないのは、私が人見知りだからなのか、将又彼女を恐れているからなのか。――それとも、言っても意味がないといった諦観なのか。
「屋敷に慣れて頂きましたら、規則内でとなりますが、屋敷内をご自由にお使い頂いて構いません。出入り禁止の部屋や、使用不可の場所などは、また明日ご説明させて頂きます」
「……はい」
彼女の言葉に頷きながら、私は再び振り返り、背後のレイに視線を向ける。アイリーンの声は良く通る為、窓際のレイにまで届いている筈だ。しかし彼女は微動だにせず、今もずっと夜空を見上げていた。
「では、本日は此処で失礼致します。おやすみなさいませ、良い夢を」
アイリーンが恭しく頭を下げ、踵を返し部屋から出ていった。ガタン、と重々しい音を立てて扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。漸く緊張感のある空気が緩和され、止めていた呼吸を再開する様に息衝いた。
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