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VIII 暖かなベッド
II
無駄に柔らかなマットレスに手を突いて、レイの方に身体を向ける。彼女はアイリーンが去った今も、アームソファに身を沈めたまま窓の外を見つめていた。
――今レイは、何を思っているのだろう。
世間では、双子は意思疎通が出来るだとか、考えている事が分かるだとか、あたかもそれが真実かの様に、身勝手にも語られる。勿論姉妹である為、他人よりかは分かるつもりではいるが、実際は意思疎通など出来る筈が無く、考えている事も分からない。表情の変化に気付きやすいというのも、双子だからでは無く、共に生まれ育った姉妹だから、というだけの話である。
レイが今、何を思って空を見上げているかだなんて、私には到底分からない。人間は、同じ血が流れていようと、同じ胎内で育とうと、言葉にしなければ気持ちは伝わらないのだ。
「――レイ、此方へいらっしゃい」
なるべく優しく、静かに。
語り掛ける様に、彼女の名を呼ぶ。すると、レイが僅かに身じろぎをし、此方に顔を向けた。
淡い月影に動く彼女の姿に、痛みや切なさにも似た、妙な感情を抱く。
それはまるで水影の様に儚く、少しでも刺激したら波紋によって歪んでしまいそうな。
今の彼女が纏う空気は、14年間も共に生きてきたという事を忘れてしまう程の――これ以上声を掛ける事を躊躇う幻想的なものであった。
逆光で表情の見えない彼女と、静かに見つめ合う。それは永遠にも感じられたが、しかし時間にすると、ほんの数秒だったと思う。
アームソファから腰を上げた彼女が、ゆったりとした足取りで此方に近付いてくる。私の言葉に従っただけか、それとも窓の外を眺めるのに飽きたのか。音もなくベッドに上がり、私の隣に座る。そして先程と同じ様に、此方をじっと無言で見つめた。
「……アイリーンが、レイに、先生を付けるって」
あの、テーブルマナーの、レッスンを――と、たどたどしく言葉を続ける。踏み込んだら壊れてしまいそうで、それと同時に、無言で見つめられるのが何処となく落ち着かなくて。悩んだ末に紡いだのは、当たり障りのない言葉だ。
すると、彼女がくすくすと笑って「さっきの話、聞いてたよ」と軽やかな口調で告げた。
想像していたよりも明るい受け答えに、ほっと安堵する反面、僅かにたじろいだ。もっと深刻かと思い、知らずの内にだいぶ身構えてしまっていた様だ。
「……聞いていたのなら、どうして此方に来なかったの?」
随分とぶっきらぼうな物言いになってしまったが、レイは嫣然とした笑みを崩さない。そして事も無げに、素直に従うの、ちょっと嫌だなって、と呟く様に言った。
「純粋に、私はこの状況を受け入れてないだけだよ」
「……この家の人たちに、刃向かうつもり?」
「別に、刃向かうつもりはない。ただ、従順になるつもりもないの。テーブルマナーのレッスンも受けるし、求められた事もするけど、この家の娘になるなんて死んでも御免。
私のパパとママは世界であの二人だけなの。あんな男、父親でもなんでもない。そうでしょう? ルイ」
凛然とした彼女の姿に、素直に感服する。
レイは自由で、喜怒哀楽が激しく、小さな子供の様だとずっと思っていた。もう少し大人になって欲しい、と思った瞬間は十指に余る。
だが私が思っていた以上に、彼女はしっかりとした意思を持っている様だった。相手の警戒を解く為に、と計画的に従順なふりをしている自身よりも、遥かに強い人間である。こういう場面では、賢さが全てでは無いのだ。
しかしそれでも、私に同意を求めた彼女の声は、微かに震えていた。――震えていた事に、気付いてしまった。
彼女も、不安なのだ。無理矢理こんな場所に連れて来られ、何故自分たちが選ばれたのかすらも分からぬまま、亡くなった子供の代わりを強いられるという事実が。
――今レイは、何を思っているのだろう。
世間では、双子は意思疎通が出来るだとか、考えている事が分かるだとか、あたかもそれが真実かの様に、身勝手にも語られる。勿論姉妹である為、他人よりかは分かるつもりではいるが、実際は意思疎通など出来る筈が無く、考えている事も分からない。表情の変化に気付きやすいというのも、双子だからでは無く、共に生まれ育った姉妹だから、というだけの話である。
レイが今、何を思って空を見上げているかだなんて、私には到底分からない。人間は、同じ血が流れていようと、同じ胎内で育とうと、言葉にしなければ気持ちは伝わらないのだ。
「――レイ、此方へいらっしゃい」
なるべく優しく、静かに。
語り掛ける様に、彼女の名を呼ぶ。すると、レイが僅かに身じろぎをし、此方に顔を向けた。
淡い月影に動く彼女の姿に、痛みや切なさにも似た、妙な感情を抱く。
それはまるで水影の様に儚く、少しでも刺激したら波紋によって歪んでしまいそうな。
今の彼女が纏う空気は、14年間も共に生きてきたという事を忘れてしまう程の――これ以上声を掛ける事を躊躇う幻想的なものであった。
逆光で表情の見えない彼女と、静かに見つめ合う。それは永遠にも感じられたが、しかし時間にすると、ほんの数秒だったと思う。
アームソファから腰を上げた彼女が、ゆったりとした足取りで此方に近付いてくる。私の言葉に従っただけか、それとも窓の外を眺めるのに飽きたのか。音もなくベッドに上がり、私の隣に座る。そして先程と同じ様に、此方をじっと無言で見つめた。
「……アイリーンが、レイに、先生を付けるって」
あの、テーブルマナーの、レッスンを――と、たどたどしく言葉を続ける。踏み込んだら壊れてしまいそうで、それと同時に、無言で見つめられるのが何処となく落ち着かなくて。悩んだ末に紡いだのは、当たり障りのない言葉だ。
すると、彼女がくすくすと笑って「さっきの話、聞いてたよ」と軽やかな口調で告げた。
想像していたよりも明るい受け答えに、ほっと安堵する反面、僅かにたじろいだ。もっと深刻かと思い、知らずの内にだいぶ身構えてしまっていた様だ。
「……聞いていたのなら、どうして此方に来なかったの?」
随分とぶっきらぼうな物言いになってしまったが、レイは嫣然とした笑みを崩さない。そして事も無げに、素直に従うの、ちょっと嫌だなって、と呟く様に言った。
「純粋に、私はこの状況を受け入れてないだけだよ」
「……この家の人たちに、刃向かうつもり?」
「別に、刃向かうつもりはない。ただ、従順になるつもりもないの。テーブルマナーのレッスンも受けるし、求められた事もするけど、この家の娘になるなんて死んでも御免。
私のパパとママは世界であの二人だけなの。あんな男、父親でもなんでもない。そうでしょう? ルイ」
凛然とした彼女の姿に、素直に感服する。
レイは自由で、喜怒哀楽が激しく、小さな子供の様だとずっと思っていた。もう少し大人になって欲しい、と思った瞬間は十指に余る。
だが私が思っていた以上に、彼女はしっかりとした意思を持っている様だった。相手の警戒を解く為に、と計画的に従順なふりをしている自身よりも、遥かに強い人間である。こういう場面では、賢さが全てでは無いのだ。
しかしそれでも、私に同意を求めた彼女の声は、微かに震えていた。――震えていた事に、気付いてしまった。
彼女も、不安なのだ。無理矢理こんな場所に連れて来られ、何故自分たちが選ばれたのかすらも分からぬまま、亡くなった子供の代わりを強いられるという事実が。
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