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XIV 趣味

III

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「――撞球室ビリヤード・ルームは男性だけの空間。ご婦人方の就寝後、男性方が集い、球を突きながら煙草や雑談を楽しむのです」

 アイリーンの言葉に、ふと意識が引き戻される。
 確かに彼女の言う通り、本の中の世界でも撞球ビリヤードは男性の嗜みとされていた。余程の事が無い限り――それこそ興味を持った女性たちが深夜に寝室を抜け出し、撞球室ビリヤード・ルームに忍び込むなど――女性がそれに触れる事は無い。

「――ですが、ご婦人方の立ち入りを禁止している場では御座いません。勿論、ご婦人方が球を突くとなると話が変わってはきますが、此処に飾られている肖像画を鑑賞する、程度であればわざわざ許可を得なくとも可能でしょう」

 レイがぱっと顔を上げ、アイリーンを見遣る。その言葉に対して何かを返す事は無かったが、レイは暫くアイリーンの顔を見つめたのち、再び肖像画に視線を移した。
 レイの気持ちを、慮ってくれたのだろうか。そんな事を思うも、アイリーンは相変わらずの冷え冷えとした声で「次は書斎ライブラリーとなります」と言って、私たちに一瞥もくれず扉の方へ向かった。

 私が最も期待していた書斎ライブラリーは、音楽室の隣に存在した。
 書斎ライブラリーとは、書物を保管する為だけでなく、読書や書き物をする為にも使われる部屋だ。音楽室の隣に選ぶべき部屋ではない。
 随分と、不思議な間取りをしている。幾ら壁が分厚いとはいえ、完全なる防音では無いのは確かだ。読書をしている最中に楽器の音が聴こえてきたら煩わしいだろう。
 そんな疑問を思わず零すと、アイリーンが透かさずその理由を教えてくれた。
 曰く、元々2階の最奥部にある撞球室ビリヤード・ルーム書斎ライブラリーだったそうだ。だが殊の外書物が増えてしまい、現撞球室ビリヤード・ルームよりも広い音楽室の隣を書斎ライブラリーとしたのだとか。
 幾ら同じフロアだろうと、部屋を丸ごと入れ替えるのは骨が折れる作業であろう。人員の確保にも、相当苦労したに違いない。
 部屋を入れ替える為にわざわざ人を雇ったのか、それともこの屋敷の使用人が総出でおこなったのかは分からないが、考えるだけでなんだか胃が痛くなってくる。

「――書斎ライブラリーに置かれている書物は、持ち出しに至っては特別禁止されておりませんので、お部屋で読まれることも可能です」

 アイリーンが書斎ライブラリーの扉を大きく開き、私たちに中へ入る様にと促した。
 その瞬間見えた、壁一面に並ぶハードカバーの背表紙。書物は貸本屋を遥かに上回る量で、よく見てみれば部屋を一周ぐるりと囲む様に中二階メザニンが存在し、そこにも書架が隙間なく並べられていた。

「わ、すごい……」

 アイリーンの横をすり抜け、並ぶ書架に駆け寄る。部屋にはソファやテーブルも置かれており、非常に居心地の良さそうな空間となっていた。こんな場所が家にあるだなんて、悔しいがとても羨ましく思ってしまう。
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