DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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III 回り続ける問い-IV

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「――受け入れてくれて、嬉しいわ」

 俺の瞳を深く見つめ返した彼女が、ふにゃりと愛らしく笑った。頬に触れさせた手に自らの手を重ね、猫の様に掌へ頬を擦り寄せる。

 手に感じた彼女の体温と、徐々に上がっていく心音。
 この世の全てがどうだって良くなってしまう程、彼女は魅力的だ。だが自身の気持ちだけでは抗えない胸を締め付ける痛みは、彼女の頬に触れている時間が長ければ長い程増していく。

「――今日はもう、遅いから。早く中に入れ」

 耐え難い程に肥大したその痛みに、思わず彼女の頬から手を離した。

 環境や自分自身の変化は、誰もが不安に思い恐怖を感じるものだ。自分が自分で無くなってしまう感覚は、どれだけ彼女に魅力があろうと抵抗感を抱く。
 だがそれは、時が経てば自然に慣れ、受け入れていけるものだろう。

 では、自身の心を縛る彼の呪いはどうだろうか。
 それと同じ様に、時が経てば自然と忘れられるだろうか。いつか受け入れられる日が来るだろうか。

 ――そんな事、ある筈が無い。

 どれだけ忘れようとしても、どれだけ思い出さない様にしても、ふとした瞬間にあの残虐な光景が脳内に呼び起こされる。床一面に飛び散った赤も、その中に沈んでいく“あの女”も、大切だった筈のものが壊れたのだと悟る心情も。
 当時幼い自分が見た物は、心に深いトラウマを植え付けるには十分な物だった。
 彼女に触れた時とは違う、胸を抉られる様な動悸に息が詰まる。意識が朦朧とし、視界が歪む感覚にぐらりと眩暈がした。

「――セドリック?」

 自身を呼ぶ彼女の声に、はっと我に返る。

「顔色が良くないわ。気分でも悪いの?」

 怪訝な表情を浮かべた彼女が、徐に俺の顔を覗き込んだ。穢れの無い澄んだ瞳と、深く視線が交わり合う。
 
「――なんでも、ない」

 自身の全てを見透かしてしまいそうなその瞳に、思わず顔を背けた。曖昧な言葉で誤魔化しながら、彼女を家の中へと押し込む。

 歳を重ねる毎に、過去を思い出す頻度が減っているのは事実だ。
 あの出来事の直後は、定期的にその光景を思い出しては精神病の発作でも起こしたかの様にその場から動けなくなる事だって多かった。それに比べると今は、大分傷も癒えた方であろう。
 だがやはり、彼女の耳には自身の過去の話を触れさせたくはなかった。決して軽率に話せる内容でも無く、聞き流せる話でも無い過去は、人との関係を壊すのに十分なものだからだ。

 エルに続き家内へ足を踏み入れ、溜息を漏らしながら後ろ手で扉を閉める。
 生活する上で必要最低限の物しか置かれていない我が家は、他に無い程に殺風景だ。彼女が身に纏った高価なドレスと相反し、酷い違和感が生み出される。
 自身にとってこの暮らしが最も満足出来るものだった筈だが、恥を感じる程におもむきの無い地味な内装に、もう少し凝ったものにしておけば良かったと深く後悔した。
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