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XII 悪夢と優しい笑顔-IV
しおりを挟む意識が覚醒し、ゆっくりと瞳を開く。
そこは嘗て両親と暮らしていた家でも無く、路地でも無く、職場でも無く、緑豊かな丘だった。
「――エル?」
頬を撫でるひんやりとした手と、俺の顔を覗き込む穏やかな表情。
先程まで木の幹を背凭れにして眠っていた筈なのに、今は何故かエルの膝を枕にして横たわっていた。
冷たい彼女の手の感触が心地良く、彼女の手に自らの手を重ね頬擦りをし、再び瞳を閉じる。
「――おはよう、セドリック」
耳に心地良く届く、美しい声。その声にゆっくりと、意識が覚醒していく。
「魘されていた様だけど、大丈夫? 起こした方が良かったかしら」
「……いや、大丈夫だ。……少し、嫌な夢を……」
悪夢を見た時特有の、独特な疲労感に身体の力が抜けていくのを感じる。
幼少期の夢は、何か気持ちに変化があった時に見る事が多い。まるで自分の気持ちを、過去が否定する様に。
だが、今回この夢を見て今迄に無い感情を抱いた。
それは、父の言葉の滑稽さだ。
俺は今迄、父のあんな言葉に囚われ続けていたのかと、自分自身が情けなく思える程だった。
しかし、やはりあの残虐な光景を見た後は少々堪える。
それが仮に夢だとしても、1度は実際に見た光景だ。エルの手を握り、「もう少しこのままで」と譫言の様に呟いた。
「――セドリック」
穏やかな声が、頭上から聞こえる。
「――夢はただの夢。私が居るから、大丈夫よ」
優しい言葉に、鼻腔を擽る甘い香り。
“繋ぎとめておけるのなら、どんな関係でも”
それは何度も思い出した、マーシャとの会話。
もう、それだけでは満足できない。
彼女に触れたい。彼女を自分だけの物にしたい。
いっそ、彼女を2度と出られぬ場所に閉じ込めてしまいたい。
知らず知らずのうちに溢れ出た欲は、もう自分では止められなくなっていた。
所詮、俺は父と同じ存在だったのだ。どれだけ抗おうと、盲目的になった感情は止まらない。
無理矢理エルを自分の物にして、挙句全てを壊してしまうのだろう。
しかし、俺は父の様に無様な死など遂げない。
俺は父の様にはならない。父の様に、エルを殺めたりなどしない。
父の姿を見てきたのだ。自分なら上手くやれる。
そっと手を伸ばし、エルの頬に指先を触れさせる。すると、彼女の頬がほんのりと赤くなった。
穏やかな表情とは少し違う、照れて嬉しそうに笑うその顔は他の何よりも愛おしい。
――母は、自由を望んだ。
――父は、永遠の愛を願った。
きっと自身も、両親と同じ程強欲なのだろう。
もし、彼女が母の様に自身から離れていってしまったら。その時は壊し、殺めるのではなく、ただ自分の傍を離れない様に鎖に繋いでおけば良い。
飼い猫を躾する様に、また1から教え込めば良いのだ。俺が、俺の傍が、彼女の世界の全てなのだと。
そうすれば、両親の様にはならない。幸せな未来を築ける。
今は、ただそんな思考が脳内を支配する様に回っていた。
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