DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

文字の大きさ
66 / 162

XVI 不機嫌なピアニスト-II

しおりを挟む
 部屋に入ってきた人物は、他でもない劇場のオーナーであるジャックだ。この部屋を訪ねてくる人物等彼くらいである。

「なんだ、いきなり! そんなに恨まれるようなことしたか!?」

「お前には恨みしかない」

 ジャックから顔を背け、髪をぐしゃりと乱す。

「今日は一段と機嫌が悪いなぁ、奥さんと喧嘩でもしたのか」

「うるせぇな」

 彼の言葉を否定出来ず、床に転がったチラシを拾い上げ再度彼に向かって投げ付ける。

「イラついた時、物を投げる癖は変わらないな。グラスを投げてこないあたりは、成長したんじゃないか?」

「なんなんだよ、茶化しに来たんだったら帰れ」

 自身が15の頃、ジャックと口論になった末手元にあったグラスを投げつけた事があった。彼はきっと、当時の事を言っているのだろう。
 その時は幸い、彼にグラスが当たることは無かったが、グラスが当たった壁には大きな凹みが出来てしまった。その凹みは、今も残っているのだろうか。

「お前の奥さんが、何か軽食でも差し入れに来てんじゃないかと思ってな。期待して来たんだが」

「仮にあったとしてもお前にだけはやらねぇよ」

  彼は尽く、心の傷を抉ってくる。
 エルが何か軽食を持って劇場まで来てくれるのではないか、そう誰よりも期待したのは俺自身だ。しかし、限られた時間を邪魔する訳にはいかないとでも思ったのか、エルが此処に来ることは無かった。
 それに、昨晩酷い言葉で彼女を傷つけてしまったのだ。彼女が今後此処に来る事も無いだろう。それどころか、コンサート当日だって来てくれる保証はない。
 再びピアノの前の椅子に腰を掛け、深く溜息を吐いた。

「だいぶ情緒が不安定だな」

「誰の所為だと思ってんだ」

 ジャックが壁に凭れ掛かり、ケラケラと笑う。その顔を見て苛立ちが沸き上がるのと同時に、ふととある事を思い出した。
 4日前街でジャックと偶会した時、ジャックはエルを見て「女の趣味変わったのか」と言っていた。今の今迄気にしていなかったが、彼は一体誰の事を指していたのか。そんな疑問が浮かび、口を開いた。

「この前言ってた、『ブロンド髪の嬢さん』って誰の事だ」

「……? 俺そんな事言ったか?」

「自分の言った事には責任持てよ! それも、妻の前で言いやがって。妻が変に誤解したらどうしてくれるんだ」

「あぁ! あの話か! いやぁすまんすまん。お前が女を連れて歩いてる姿をよく見てたもんでな」

「その“女”が誰なのかを聞いてるんだが」

 良く言えばフランク、悪く言えばいい加減。そんな彼の性格は昔から変わっていない。
 ジャックと話していると無駄に体力を消費する。早くこの部屋から出て行って貰いたいところだが、彼が言った女の存在も気になるところだ。

「誰かまでは知らんが……、こう、髪はふわふわしてて、見た目は派手な子だったな。お前と同じ、赤い目が印象的で」

「……マーシャの事か?」

「いや、だから名前までは知らんが。ただまぁ、お前の奥さんとは正反対な子だったな」

 ふわりとしたブロンド髪に、派手な見た目。そして、自身と同じ赤い瞳。考えられる人物はマーシャしか居ない。
 抑々、自身が連れて歩いた事のある女はエルとマーシャの2人位だ。依頼者を連れて歩く事も無い。彼の言っている“女”とは、マーシャの事で間違いないだろう。

「あいつはただの、仕事の同僚だ」

「仕事の同僚、ね。妻が居ながら、他の女に手を出すなんて良くある事だ。そう隠さんでも男なら誰だって経験あるだろ」

「だからお前はなんですぐそういう方向に話を持っていくんだ。俺が女に興味ない事、知らないとは言わせないぞ」

「女に興味が無いなんて言って、結局女を娶ってるじゃないか」

「妻を他の女と一緒にするな。俺が愛してるのは妻だけだ、他の女に興味はない」

「惚気か?」

 彼は本当に、人の神経を逆撫でする様な事しか言わない。
 苛立ちが頂点に達し、ピアノの譜面台に置かれていた数枚の楽譜をジャックに投げつけた。
 しかし、楽譜はひらひらと宙を舞うだけで一枚も彼に届く事は無かった。
 床に散らばった楽譜を見て、ジャックが逃げるが勝ちだとでも言う様にひらりと振り踵を返す。

「練習、頑張ってくれ。全てはお前の演奏に掛かってるんだ」

「……」

 その言葉だけを残し、とっとと部屋を出て行ってしまったジャックに溜息しか出ず、その場に項垂れる。
 彼がもう少し、劇場のオーナーとしてしっかりした人物だったらこれ程苛立つ事も無かっただろう。床に散らばった楽譜を一瞥し、再び深い溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...