DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

文字の大きさ
81 / 162

XXI 帰り道-I

しおりを挟む
 夏の暖かさが恋しく感じる11月。時々吹く風は、身震いするほどに冷たい。
 仕事の都合で遠出をする事が多いが、ロンドンはその中でも特に冷え込む。1週間前に訪れたサウサンプトンの方が、まだ幾らか暖かかった様に思えた。
 あと1、2ヵ月もすればさらに気温は下がり、雨が降る度に路面が凍結する様になるのだろう。そんな街並みを想像するだけで気が滅入る。

 現時刻は20時半。普段ならもうとっくに仕事を終え、家に戻っている時間だ。
 なのに、俺とマーシャが今居る場所は、馬車が頻繁に通る大通り。

『今回の依頼者、すごいムカつくから一緒に来て』

 全ての元凶は、マーシャのその一言か、それとも一時間程度で終わるだろうと依頼内容も聞かずに承諾した俺の考えの浅はかさか。
 
 マーシャの依頼者は、名家に嫁いだばかりの若い令室だった。
 元々身分の低い女性だったらしく、贅沢をした事が無かったのだろう。ああでもない、こうでもないとマーシャの提案を全て否定しては、「労働者階級の分際で、この私に盾突くなんて」と口癖の様に言い放った。これ程までに見ていて疲れる取引は、他にあっただろうか。

 貴族の女を常に相手にしているマーシャは、普段からこの様な取引をする事が多いのだろう。特に彼女は相手の感情を読めることもあり、その精神に掛かる負担は計り知れない。
 しかし本来下層階級だった自分達が、労働者階級の人間より遥かに良い暮らしが出来ているのはこの仕事の御陰でもある。
 仕事に於ける精神的負担は、ブローカーという職業を選んでしまった定めだとでも思って諦めるしかない。
 深く息を吐き、外した革の手袋をジャケットの外ポケットに押し込んだ。

「――そういえば例の事件、まだ終わってないみたいだね」

 神妙な面持ちで口を開いたマーシャが投じたのは、今街を騒がせている例の話題だ。
 数日前の新聞にも取り上げられた、連続婦女暴行事件。街では、貴族絡みや自作自演、事件の発端は痴情の縺れなどと、様々な根拠のない噂が飛び交っている。

「終わるどころか、更に被害が増えてる」

 彼女の言葉に呟く様に返答し、シガレットケースから取り出した煙草を口に咥えた。マッチを擦り、煙草の先に火を移す。

 一昨日この街で、6人目の被害者が出たと今朝ライリーから聞いた。
 被害者はアリア・ベックフォード。俺もマーシャも良く知った酒場パブで、踊り子をしている若い女性だ。深夜遅くに酒場パブの裏のゴミ溜めで、着衣が乱れた姿で意識を失っていたアリアを巡回中の警察官が発見したらしい。
 “ロンドン市内”と曖昧に書かれていたあの事件は、どうやら自分達が想像している以上に身近な物だった様だ。

 しかし幸いにも、6人目の被害者は娼婦としても商売していた女性で、特別目立った精神の傷はないと聞いた。今も彼女は被害の事を然程気にせず、普段通り客を取って仕事に励んでいるのだとか。
 隣を歩くマーシャに全容を話すと、彼女が「警察は当てにならないなぁ」と嘆いた。

「エルちゃん、凄い美人だから狙われそうで怖いね。あの子警戒心無いし、知らない男でも優しい事言われたらすぐ信用しちゃいそう」

「……やめろ、お前が言うと洒落にならない」

「まぁ、犯行時刻は大体深夜だし、大丈夫だとは思うけど」

 彼女の言葉に、曖昧に頷く。
 本当に全ての犯行が深夜なのであれば、エルを自分の隣に繋いでおく事は出来る。だが、危険な連中がこの街に居る事は事実だ。あまり安心していられる事態でもないだろう。
 危機感を一切感じないマーシャの横顔を睨む様に見つめ、苦い煙を深く吐き出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...