DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XXVII 護るべき者と、壊すべき者-IV

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「……悪いが」

 ゆっくりと、ナイフの刃を彼の体内へ沈めていく。

「俺にそういった趣味は無いんだ」

 手を伝う鮮紅色の血液が、ぽたりと1滴カーペットに落ちた。

 職人が丹精込めて作り上げた美しい物を、穢れた血で汚してしまうのは少々躊躇われる。しかし幸いにも、カーペットの色は血が目立たないボルドーだ。興覚めせずに、心置きなく計画を楽しむことが出来るだろう。

「……お前、なんで……」

 彼の身体が床に落ちる。
 重い麻袋を高い位置から落とした時の様な、重量感のある音が静かな部屋に響いた。想像していた以上の音量だったが、誰も“刺された人間が倒れた音”だなんて思わないだろう。

「俺を、誰だと、思って……」

 彼が言葉を発する度に、ナイフが付き立てられた腹から血液が零れ出す。
 声も掠れ、今にも意識を途絶えさせてしまいそうだ。

「あんま喋るなよ。早く死なれたらつまんねぇだろ」

 刺さったナイフの柄を靴先で蹴ると、彼が苦し気な声を漏らした。

 自分には、目の前の彼の様に加虐趣味は無い。他人がどんな目に遭おうが、知った事では無い。
 しかし彼に対しては別だ。

 何よりも大切なエルに、卑しく下劣な感情を向けた男。
 そんな彼は、死よりもつらい苦しみを味わって当然だろう。

「お前さっき俺に、過去に散々遊んできてる、とか言ってたよな」

 ローブのポケットに手を差し込み、床に転がる彼の周りをゆっくり回る様に歩く。

「俺が愛した女はエルだけなんだ。お前とは違う」

 暖炉の中の炎が揺れる度に、床に伸びる影もゆらゆらと揺れる。
 彼の呼吸だけが響く、静かな部屋。窓の外は暗く、此処からでは何も見えない。現実味の無い空間だ。
 現在の時間等、全てが分からなくなる感覚は非常に不安感を煽る。

「お前にとってはただの女でも、俺にとっては替えのきかない大切な妻でね」

 身を屈め、壁に埋め込まれた大きな暖炉を覗き込んだ。強い炎光えんこうに目を細める。
 自宅の暖炉より遥かに大きく、部屋全体を温められるのは非常に羨ましい。これ程大きければ、エルに寒い思いをさせずに済むのだろうか。
 ぼんやりと考えながら、暖炉前に置かれたソファに腰を下ろした。

「妻を守るのは、夫である俺の役目だろ?」

 彼を見下ろしながら、呟く様に言葉を発する。
 まだ息はある筈なのに、彼の眼は虚ろで、何処か遠くを見つめたまま一向に此方を見ようとしない。どれだけ話をしても、彼の耳には入っていない様だ。

 その姿を見ていると、無性に腹が立つ。

「……でも、」

 足りない。まだ、足りない。

「お前が無様に命乞いして見せるなら、誰か人を呼んできてやる」

 エルを汚い欲の対象にした罰は、こんな物では済まされない。

「早く、“死にたくない” “殺さないでくれ”って、啼いてみせろ」

 このまま絶望という地獄に、深く堕ちていけばいい。

 彼の肩が、僅かに震える。
 人形の様に歪な動きをした彼が、此方に顔を向けた。

 魚の様にパクパクと動く口からは、鮮紅色の血液が溢れ出す。

「死に、たく、な――」

 彼の手が、弱々しくローブの裾を掴んだ。 
 先程の威勢の良い声からは想像の出来ない蚊の鳴く様な声。込み上げる笑いを必死に堪え、彼の腹に刺さったナイフに手を掛けた。

「聞こえねぇよ」
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