DachuRa 2nd story -呪われた身体は、許されぬ永遠の夢を見る-

白城 由紀菜

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XXXV 人助けの意味-I

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 週初めの昼下がり。
 悪天候の所為か、薄暗い職場のホールにて大きな溜息を吐く。

 子供が生まれて早くも1週間。妻も娘2人も体調に問題は無く、至って健康だ。
 物置になっていた2階も片付け、自宅のレイアウトは大幅に変わった。以前より大分暮らしやすくなったのでは無いだろうか。
 子供を産んで更に美しくなった、聖母と見間違う程優しく愛らしい妻と、天使の様に可憐な娘達。充分すぎる程に幸せな生活だ。
 だというのに、日に日に溜息は増えていく。
 手に持っているのは、依頼者の書類。それを苛立ちに任せ、ホールのテーブルに叩き付けた。

「……うわ、機嫌わる。今のセディ目で人殺せそう」

 1人用のソファで足を組み、紅茶を片手に寛いでいたマーシャが此方を見てぽつりと呟く。
 彼女の言葉通り、今の俺は非常に機嫌が悪い。先程面談をしていた依頼者にも、柄にもなくきつい言葉を使ってしまった。
 仕事と私生活は、これでも分けているつもりだ。
 仕事に私情は挟まない。どれだけ依頼者が不真面目な態度でも、暴言を吐かれても、それに反論はしないようにしている。
 しかしここ数日、それも子供が産まれてから、そのポリシーが崩れて来ていた。
 子供を金儲けの道具の様に扱ったり、暴力を振るったり。浮気相手との子供だから処分したい、など、そんな事をなんの悪びれも無く告げる依頼者を見ていると、ついうっかり手が出てしまいそうになる。
 ブローカーは特に、私情を挟んではいけない。それは自分が一番分かっている筈なのに、感情を抑える事が出来ない。
 そんな自分にさえも、酷く苛立っていた。

「今度は何、どんな親だったの」

 ふらりと、マーシャが紅茶を片手に此方に近づいてくる。
 自身の目の前のカウチに腰掛けたマーシャの顔には、誰が見ても分かる程の好奇心が滲んでいた。

「……可愛いから子供が欲しかったが、思っていた以上に子育てが大変で、尚且つ金も掛かるから要らなくなった、だと」

 自身の苛立ちが少しでも収まるのなら、この際マーシャの好奇心などどうでもいい。テーブルに散らばった書類を眺めながら、吐き出す様に依頼者の情報を話す。
 所謂、“愚痴”と言うやつだ。自分は人に愚痴を話す様な人間では無かったが、今だけはもう自力で苛立ちを抑える事が出来そうに無い。

「うぅん、私としては、今迄の依頼者と何ら変わりないと思うんだけど」

「そんな事言われなくても分かってる。そもそも、金が必要なら兎も角自分の都合で子供を捨てようとする親がこんなにも多い事が問題なんだ」

 テーブルに足を掛け、勢い良くマーシャの方へ蹴り飛ばす。カップとソーサーを手に持った彼女が身軽な動きでテーブルをかわし、何か言いたげな表情を浮べた。

「……なんだよ」

「いや、あんたも変わったなぁと思って」

 身の危険を感じたのか、彼女が俺から距離を取りへらりと笑った。
 普段はこんな事で苛立ったりなどしないのに、今日は虫の居所が悪い所為か彼女のその態度に迄苛立ってしまう。鋭い視線を向けると、流石のマーシャも口を噤んだ。

 テーブルを蹴った拍子に床に散らばった、今回の依頼者の書類に視線を落とす。
 “可愛いから子供が欲しい”という気持ち迄もを否定するつもりは無いが、人の親になる事が簡単な訳が無い。自分より歳が上だというのに、そんな馬鹿げた思想を持っている事に絶望感を抱く。

 深く溜息を吐き、ソファからゆっくりと重い腰を上げた。
 曲がったテーブルを一瞥するも直す気になれず、スラックスのポケットに手を入れたまま黙って玄関へと向かう。

「どこ行くの?」

 背後から飛んできたマーシャの問いに「直ぐ戻る」とだけ返答してコートを掴んだ。


 ◇ ◇ ◇

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