139 / 162
XL 有益な情報-III
しおりを挟む「それで? 子供はいるのか?」
彼の問いに、1度間を置いた後「娘が2人」と答える。
ファイルの上に彼が足を乗せた所為で、書類に大きな皺が寄っていた。その所為で、閉じたファイルが少々浮いてしまっている。
「――では、君の娘は鏡に向かって話しかけたりするかい?」
もうこのファイルは、彼との会話中に使う事は無いだろう。隣のソファへ抛ろうと、ゆらりとファイルを持ち上げた。
しかしその手は、ファイルを抛る前に止まる。
「…………はい?」
ぱたりと、手から滑り落ちたファイルがソファの上に落ちた。
思わず聞き流しそうになってしまったその言葉は、随分と怪奇的な質問だ。
毒林檎で深い眠りに落ちた姫君の、かの有名なドイツの民話の話だろうか。確かあの民話も、鏡に向かって話し掛けていた筈だ。しかし話の流れからして、民話の話で無い事は明白である。
確かに娘2人は容姿が良く似ていて、時々鏡に映した様に見える事はある。しかしそれは、“映した様に見える”だけであって、実際鏡に向かって話し掛けている訳では決してない。
もしその様な行動を取る人物が居たとしたら、それは間違いなく精神異常、もしくは精神疾患の類だろう。
早急に医者を呼ぶ案件だと思うが、もしや先程彼が言った、養女の精神異常の嫌いとはその事を指しているのだろうか。
「――いや、聞いただけだ。無いなら、気にしなくていい」
俺が言葉を発する前に表情を見て察したのか、彼が肩を落とし言葉を漏らした。
「はっきりと見た訳では無いんだ。僕の、記憶違いかもしれない」
彼の言う養女の精神異常は、自身にとっても気掛かりな事ではある。もし万が一養女が問題を起こせば、自身に火の粉が飛ぶ事も考えられるからだ。
しかしこの取引は、もう10年以上も前に終了している。取引終了後はお互い干渉しないという掟があるにも関わらず、今更自身が首を突っ込むのは筋違いだ。
「――まぁいい。今日は此処で失礼するよ」
諦めた様に溜息を吐いた彼が、徐にソファから腰を上げた。
彼の顔には未だ不満が残っている。それも当然だろう。此処へ来て、何の収穫も無かったのだから。
自分の妹にあたる養女が、奇妙な行動を繰り返していたら誰だって不安に思う。出来る事なら、その子供を連れて来たブローカーに責任を押し付けてしまいたいだろう。
しかし、彼には同情するがそれは自身の仕事では無い。もし彼らが養子縁組を解消し、養女を捨ててしまおうが、その家の奴隷にしようが、仮に殺してしまったとしても、自身には全く関係のない話なのだ。
玄関へ向かった彼を追う様に、ソファから腰を上げた。
「――今日僕は、此処へは来ていないという事にしておいて欲しい」
玄関のコートラックに掛けたハットを手に、彼が此方に背を向けたまま呟いた。
「だが、口頭だけだと少々不安だね。口止め料を支払っても良いが、君は他の連中と違って金に執着していない様だ」
「そういう訳でも無いんですが」
ゆっくりと振り返った彼が、鋭い瞳を此方に投げる。
「代わりに、君が欲しい情報を与えよう。社交界の噂でも、子供を欲しがっている家でも。――勿論、エルの家の事でも、だ」
にこりと、彼が笑った。
それは此処へ来た当初と同じ、不気味で不自然な笑みだ。
その笑みから視線を外し、深く考え込む。
世の中に、知らなくて良い事はごまんとあるだろう。それを知ってしまったが故に、不用意に傷ついたり、日常が壊れてしまう事もあり得る。
「――では」
今から自分が問う事も、その知らなくて良い事なのかもしれない。聞いた事を後悔しないとは言い切れないだろう。
しかしエルの配偶者として、自身はそれを知るべきだと思った。
「――エルが消えた後の、エインズワース家の事を」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる