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XLIII 最後の予言-II
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飛び込んできたのは、血相を変えた幼馴染。
「い、今迄、こんなの感じた事無いし、当たるかも分からなくて、凄い曖昧なんだけど……」
息も絶え絶えになりながらも、彼女が必死に言葉を紡ぐ。
胸の中を埋め尽くすのは、焦燥感にも似た奇妙な感覚。
「なんか、なんか凄く嫌な予感がするの……! あの男、何か悪い事を考えていそうな……」
「……お前、いつから未来が予知出来る様になったんだ」
「違うの……! 予知じゃなくて……いや、予知なのかな……。自分でも、良く分からないんだけど……」
身振り手振りで言葉を伝えようとするマーシャに、胸の中の妙な感覚は次第に大きくなっていく。
耳を塞ぎたくなる程の激しい鼓動と、震える呼吸。まるで彼女の言う“予知”が伝わってくる様だ。
「とにかく、今すぐエルちゃん達を此処に連れてきて!」
相変わらずカビ臭く薄暗い書類室に、彼女のその声が僅かに反響する。
あれ程煩かった心音も、自身の震えた呼吸も、ぴたりと止まった様に自身の耳に届かなくなった。
それだけじゃない。目の前の彼女の声もだ。
「此処なら常に誰か居るし、それに空き部屋だって――」
気が付いたら身体が勝手に動いていた、なんて言葉が一番似合うだろうか。レザーファイルをその場に落とし、扉を塞ぐ様に立っていたマーシャを強く押し退け書類室を飛び出す。
幾らマーシャでも、未来を予言出来たり等しない。きっと、“予感”がするだけだ。嫌な予感位誰にだってあるだろう。
どれだけそう思い込もうとしても、足は止まる事無く階段を駆け下りる。
夢はいずれ覚める様に、この幸せな日常にもいつか終わりが来る事は分かっていた。
況しては自身は罪を背負った人間だ。そんな自身が、“永遠”を手に入れられる訳が無い。寧ろこれでも、長く続いた方であろう。
しかしそれが運命だとしても、1%でも望みがあるのなら、終わりを伸ばせるのなら、まだその可能性に懸けていたい。
頭に浮かぶ最悪の事態を掻き消す様に、感情のままに玄関扉を押し開いた。
鉛色が広がる曇天。雨が降り出す直前だという様な、纏わり付く湿度を孕んだ風が吹く。
揺れて宙を舞うのは、自身の髪と薄紅が混じった白髪。
丁度、お互いの顔が認識出来る程の距離感だ。
まるで自分が来るのを待っていたかの様に、静かにそこに存在していたのは身に覚えの無い女性。
何処か修道着を連想させるドレスに、強く目を引かれる。
「――メイベル・バルフォア」
その女性の姿に、咄嗟に口を衝いて出たのはとある人物の名前。
それは、エルが身籠った事を擦れ違いざまに伝え、更にはライリーに黒の手紙を預けた人物だ。自身はその人物の顔を覚えておらず、当時の記憶もかなり曖昧である。それでも、その人物と目の前の女性が同一人物であると本能的に確信を持っていた。
「――名前、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
彼女の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「随分お急ぎの様ね」
「……お前なら、その理由が分かるんじゃないのか」
「ええ、勿論。分かっているわよ」
ヒールの音を響かせ、ゆったりとした足取りで彼女が自身との距離を詰めた。
思わず一歩後退ると、彼女も一歩此方に近付く。
「名前だけじゃなく、私が貴方にしてきた事もしっかりと覚えているかしら?」
徐に、彼女がゆらりと手を胸の高さまで上げた。その細い指に摘まむ様にして持たれているのは、オフホワイトの四つ折りの紙。
「予言、だろ」
そう一言呟く様に言うと、彼女が満足気な表情を浮べた。
「い、今迄、こんなの感じた事無いし、当たるかも分からなくて、凄い曖昧なんだけど……」
息も絶え絶えになりながらも、彼女が必死に言葉を紡ぐ。
胸の中を埋め尽くすのは、焦燥感にも似た奇妙な感覚。
「なんか、なんか凄く嫌な予感がするの……! あの男、何か悪い事を考えていそうな……」
「……お前、いつから未来が予知出来る様になったんだ」
「違うの……! 予知じゃなくて……いや、予知なのかな……。自分でも、良く分からないんだけど……」
身振り手振りで言葉を伝えようとするマーシャに、胸の中の妙な感覚は次第に大きくなっていく。
耳を塞ぎたくなる程の激しい鼓動と、震える呼吸。まるで彼女の言う“予知”が伝わってくる様だ。
「とにかく、今すぐエルちゃん達を此処に連れてきて!」
相変わらずカビ臭く薄暗い書類室に、彼女のその声が僅かに反響する。
あれ程煩かった心音も、自身の震えた呼吸も、ぴたりと止まった様に自身の耳に届かなくなった。
それだけじゃない。目の前の彼女の声もだ。
「此処なら常に誰か居るし、それに空き部屋だって――」
気が付いたら身体が勝手に動いていた、なんて言葉が一番似合うだろうか。レザーファイルをその場に落とし、扉を塞ぐ様に立っていたマーシャを強く押し退け書類室を飛び出す。
幾らマーシャでも、未来を予言出来たり等しない。きっと、“予感”がするだけだ。嫌な予感位誰にだってあるだろう。
どれだけそう思い込もうとしても、足は止まる事無く階段を駆け下りる。
夢はいずれ覚める様に、この幸せな日常にもいつか終わりが来る事は分かっていた。
況しては自身は罪を背負った人間だ。そんな自身が、“永遠”を手に入れられる訳が無い。寧ろこれでも、長く続いた方であろう。
しかしそれが運命だとしても、1%でも望みがあるのなら、終わりを伸ばせるのなら、まだその可能性に懸けていたい。
頭に浮かぶ最悪の事態を掻き消す様に、感情のままに玄関扉を押し開いた。
鉛色が広がる曇天。雨が降り出す直前だという様な、纏わり付く湿度を孕んだ風が吹く。
揺れて宙を舞うのは、自身の髪と薄紅が混じった白髪。
丁度、お互いの顔が認識出来る程の距離感だ。
まるで自分が来るのを待っていたかの様に、静かにそこに存在していたのは身に覚えの無い女性。
何処か修道着を連想させるドレスに、強く目を引かれる。
「――メイベル・バルフォア」
その女性の姿に、咄嗟に口を衝いて出たのはとある人物の名前。
それは、エルが身籠った事を擦れ違いざまに伝え、更にはライリーに黒の手紙を預けた人物だ。自身はその人物の顔を覚えておらず、当時の記憶もかなり曖昧である。それでも、その人物と目の前の女性が同一人物であると本能的に確信を持っていた。
「――名前、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
彼女の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「随分お急ぎの様ね」
「……お前なら、その理由が分かるんじゃないのか」
「ええ、勿論。分かっているわよ」
ヒールの音を響かせ、ゆったりとした足取りで彼女が自身との距離を詰めた。
思わず一歩後退ると、彼女も一歩此方に近付く。
「名前だけじゃなく、私が貴方にしてきた事もしっかりと覚えているかしら?」
徐に、彼女がゆらりと手を胸の高さまで上げた。その細い指に摘まむ様にして持たれているのは、オフホワイトの四つ折りの紙。
「予言、だろ」
そう一言呟く様に言うと、彼女が満足気な表情を浮べた。
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