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XLIV 未来予測の当惑《アポリア》-II
しおりを挟む歩き進める事約5分。
草木を掻き分けた拍子に、灰色の煉瓦の壁が視界に入った。その壁に伝う無数の蔦が風景と同化して見える事からか、突如そこに現れた様にも見え少々圧倒される。
以前と比べても外装に変化は見られず、そこに人が住んでいるとは到底思えない。しかし、扉に埋め込まれた小さなステンドグラスは遠目で見ても分かる程に美しく磨かれていた。
もしや本当に、噂通り此処に人が住んでいるのだろうか。恐る恐る教会に近付き、その扉をゆっくりと開いた。
心地良く耳に届くのは、錆びを感じさせないクリアな開閉音。内陣のステンドグラスと、その前に聳え立つ十字架が一際目を惹く。
廃教会だったこの場所に、人の手が入った事は一目で分かった。酷く汚れ廃れていた筈の身廊は、今や足跡1つ見当たらず、蜘蛛の巣が張っていた長椅子は一つ一つ綺麗に磨かれている。まるで建物その物が変わってしまったかの様だ。
だがどれだけ掃除が行き届いていても、此処には一切の人の気配が感じられなかった。幾ら噂であっても、此処に人が住んでいるのは事実だと思ったが、やはりそれも架空の話だった様だ。
辺りを見渡しながら身廊を進み、内陣の十字架の前で足を止める。
高い天井に、眩暈を覚える程大きなステンドグラス。取り込まれた外光は、青や紫、白などと色を変え此処まで届く。何度見ても目を奪われる美しさに、思わず溜息を漏らした。
しかしその感情も束の間、直ぐに現実に引き戻され自責の念に変わる。娘2人が、このステンドグラスを見たらどんな顔をしただろう。一度でいいから、彼女達にも見せてやりたかった。
今の自分に、こんな物を見る資格は無い。視線を下に落とし、来た道を引き返そうとステンドグラスに背を向けた。
「――おや、礼拝者かな?」
突如背後から聞こえた声に、びくりと肩が揺れる。周囲には誰も居なかった筈だ。慌てて振り向き、その声の主に目を向ける。
「こんな森奥の教会を選ぶなんて、随分と物好きだな」
コツコツとヒールの音を響かせ、自身と距離を縮める様に此方に近付いて来た人物は修道着を纏った赤毛の女性。そしてその容姿に、息を呑む。
「――ウィルソン、さん」
“驚いた”なんて言葉では、今のこの感情は表せない。
彼女は確かに自身が取引した相手であり、スタインフェルド家の養女の母親だ。しかし決して、そんな事に驚いた訳では無い。
「……生きて、たのか」
一歩、また一歩と距離を詰め、彼女の肩を強く掴む。
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