枕営業から逃げたら江戸にいました。陰間茶屋でナンバー1目指します。

カミヤルイ

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大華繚乱

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  夏も盛り。
  華屋の窓には朱く塗られたすだれが下がり、風鈴が飾られて、華やかな音色が響いていた。

  そして今日も華屋の陰間達は客を迎える。
  咲華になったなずな──今はひいらぎ──は若くして後家になった女性客を、菊華になったあざみ──今は椿──は牡丹から引き継いだ増大寺の僧侶を。
  小花や若草達もそれぞれに一切じかんせいの客を華やかな笑顔でお迎えして、部屋に上げて行く。

  ただ俺だけは。
  また仕事で忙しくなった宗光がいつ帰ってくるかはわからず、来ても遅い時間だったりして、毎夜暇を持て余していた。
  宗光は俺に他の客の話し相手さえさせないのは勿論、座敷に出ることも許していない。まさに囲われ状態の俺は部屋で一人、金魚を見たり世相の瓦版を読んだりして過ごしすのが常になっていた。馴染みの一人だけに尽くすのは、大華らしいと言えば大華らしいのだけど……。


「宗光、今日は帰ってくるかなぁ。話、したいな……」

 市山座への入りを決めてからもうすぐ一ヶ月。
  宗光と落ち着いて話す時間が無かった中でも、俺の気持ちはほぼ固まってきていた。
  師走12月末には華屋を上がることになるから、長月9月……あと二週間と少しには落籍みうけの儀を行う為の申し入れが必要になるのだから。

  「百合、ちょっといいか」
  襖の向こうから旦那の声がして、俺はどうぞ、と言いながらだらけた格好を急いで直し、きちんと正座をした。

  「関心関心。だらけ切ってるかと思いきや、一応ちゃんとしてんのか」

  「ははは……まあ。で、どうしたんですか」

  旦那が持ってきてくれた白玉水おやつにお茶を出したところで、旦那が切り出した。

  「蘭のことだがよぉ」

  蘭。
  蘭が保科様の邸へ預けられてから既に三ヶ月近くが経とうとしている。いくら仕入れの為とはいえ長すぎるとは感じていたけど、考えると胸が火傷を抱えたようにじりじりと痛むから敢えて触れてこなかった。

  保科様も……蘭を預かってからは一度楽屋に来たきり、顔を出して下さってはいない。噂では、また時々上方かんさいと江戸を行き来もしているらしく、仕事と蘭の指導で忙しいのかもしれない。

  でもそれで良かった。
  お顔を見ると気持ちが泉みたいに湧いてしまう。近くにいなければいないほど、俺はその気持ちに蓋をして宗光とやって行く気持ちを固めることができるのだから……もういっそ、会えない方がいいのかもしれない……。

  「聞いてるか、百合」

  「あ、ああ、うん。蘭はいつ戻るの?」

  「それがよぉ、身請けの話が出てんだよ」

  「えっ?」
  身請け? まだ水揚げも見世上がりもしていない陰子のうちに?

  「いったいどちらの方が……」

  「だから、保科の若様だよ」

  「……!!」


  驚いて声が出なかった。
  保科様が、蘭を、身請け……?

  旦那は俺の驚きは当然とばかりに相槌をうった。

  「驚くだろ? 今日お菊が保科家に挨拶と様子伺いに行ったンだよ。そしたら大旦那様と若様が揃った席でそう言われたんだとよ」

  「それって……どう言う意味で身請け……? 保科家には忠彬様がおられるから養子は必要ないよね……? 大旦那様は妾は作られない主義だし……」
  まさか、保科様の妾……? とは言葉に出なかった。

  「そうなんだよ。だからお菊もなぜ、とは聞けずに……実際、若様が随分と肩入れして可愛がってらっしゃるとは聞いていたんだがな。まぁ請け代もそれなりの提示があったから話は持ち帰ると帰ってきたわけよ。ただよぉ、やっと入った陰子で大華候補の蘭を水揚げ前に持ってかれるってのもなぁ。百合、どう思う」

  「どう思う、って……。水揚げ前にってことは、お手つきがない状態が欲しいって意味だよね? じゃあやっぱり忠彬様が望まれてってことじゃ……」

  「はぁん? そっちじゃねぇよ。俺が言ってんのは他に大華候補がいるかどうかだよ。蘭が駄目ならオメェが上がったあと、誰を引き上げるかって話だよ」

  あ、と俺は口を抑える。
  「いや……ちょっとすぐには……柊は良くやっているけど大口の#亭主__男客__が一人もついていないうちはまだ大華にはなれないし……椿はまだ早い……」

  言葉が続かなかった。
  頭と胸の中、両方が保科様と蘭の顔で埋め尽くされている。

  旦那は青くなっているであろう俺の顔を見てため息をついた。

  「百合が若様に懐いてンのはわかってるが、そんなつらを淀橋屋様に見せんじゃねェぞ。確かに、あの堅物の若様が奥方より先に陰間を身請けされるなんてこっちもたまげたし、広まれば湯島が大騒ぎだろうなァ。まぁ、まだ確かな話じゃねェンだし、落籍の儀が決まるまでは他に漏らすなよ」

  「……わかってる……」

  「あとはオメェ、今のうちから下の教育頼んだぞ。じゃあ、俺は戻るから」

  旦那は白玉水を平らげ、お茶で流すと一階へ降りて言った。

  俺はすっかりぬるくなった白玉水を手に取ったけど、手が震えて器をひっくり返してしまった。


  ──蘭が、保科様に望まれて身請けを……。

  そればかりが頭を巡る。胸には血液が瞬く間に流れ込み、息苦しいほどの拍動をもたらす。
  苦しい、痛い、熱い……! 体の中で火がめらめらと燃えている。

  ──これは嫉妬だ。

  今まで演技の中でたくさん嫉妬してきた。でも俺はまるっきりわかっていなかった。嫉妬がこんなに苦しいものだったなんて。
  息の仕方も忘れるほどに、手足をそこら中に激しく打ち付けたくなるほどに、己の意思を越えて感情が昂ぶる。わなわなと震える手足は氷のように冷たいのに、体の芯で燃え続ける炎は熱くて熱くて、本当に焼け死んでしまいそう。

  どうして? どうして保科様は蘭を? 奥方様を迎えるのならなんとか納得もできたかもしれないのに、まさか陰間を。それも、俺に似ていると言われた蘭を。

  ────どうして、俺じゃだめだったんだ。

  喉がヒュッと鳴り、叫び出したい衝動に駆られる。それを着物のたもとで覆い、必死で飲み込んだ。
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