事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ

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事故つがいの夫は僕を愛さない

シャツのほころびに決意をこめて ①

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 発情期に似た症状はやっぱり一過性だったようで、自慰で達した後は体が楽になっていた。頭の中もクリアになっていて、これからのことを考えようと思えた。

 ただ、両親にも、いつも気にかけてくれる理人のご両親にも心配をかけたくないから、今はまだなにも知らせないでおこうと思う。
 時がくれば理人が自分から言うだろうし。

「これのことだけは、調べておこう」

 スマートフォンのロックを開け、ブックマーク一覧をタップする。

 開いた画面には「つがい解消の投与薬完成」のニュース。
 新しい関連ニュースが紐づいていて、問い合わせは各自治体の保健所になり、書類申請が通れば補助金が出る可能性もあると掲載されている。

「これなら僕たちでも使えるかも……」

 使えれば、理人を罪悪感の日々から解放してあげられる。僕とつがったことで諦めた人生をやり直すことができる。
 僕も、つがいのいない発情期に怯えなくてよくなる。

 つがいがいるのに、つがいに抱いてもらえないオメガの苦しみは、想像を絶する。
 つがいができたことで、つがい以外にフェロモンが作用しなくなる代わりに、抑制剤の効きが鈍くなり、つがいに抱いてもらうことでしか発情期を収められなくなるからだ。

 もし、抱いてもらえなければ精神が少しずつ崩壊し、他のアルファと行為を交わそうものなら、激しい拒絶反応で身体が蝕まれてしまう。

 僕たちオメガは、愛されてつがいになることでしか安定した人生を送ることができない弱い生き物だ。
 だからこそこうしてつがい解消薬の開発が進められてきたのだ。

 ……だから理人も、運命の彼と出会ったのに僕を投げ出すことができず、抱いてくれようとしたんだろう。
 
 世の中には、ひとりのアルファが複数のオメガとつがいを結んでいる場合もある。悲しい体質のために甘んじてそれを受け入れているオメガもいるけれど、僕は絶対に嫌だ。

 愛されていないだけでなく、他に愛する人ができた理人から、憐れみで生かされたくない。
 
 少しでも早く薬が欲しい……。

 僕はしばらく画面とにらめっこをして「つがい解消」の文字を何度も心の中で読んだ。

「……よし」

 部屋を出て、リビングに出る。理人につがい解消に向けて話し合おうと伝えようと思ったからだ。

 でもリビングは真っ暗で、理人はいなかった。
 時間は二十三時前。昨日理人はこの時間帯にあのビルにいて、運命のつがいと過ごしていた。
 今日もあの場所へ出かけたんだろうか。

 そう……きっと、少し前から会っていたんだ。
 理人のスマートフォンへのメッセージが頻繁に入るようになったのも、家に帰るのが遅くなっていたのも、そういうことだったんだ。

 それなのに「別れてくれ」って僕に言えなかったんだね。ごめんね、理人。でももう大丈夫だから。僕たちきっと、つがいを解消することができるよ……。


 その夜も、疲れきっていた僕は理人の帰りを待たずに寝てしまったし、朝は、僕が起きる前に理人は出社した。

 理人はスマートフォンに「おはよう。おかゆを冷蔵庫に入れています。食べられそうだったら食べて。洗濯も済ませてあるから、ゆっくりしていてください。今日も遅くなります」とメッセージを送ってきていた。

 夜遅くて朝早いのに、また洗濯までして出て行ったんだ。服に彼の匂いが染みついているから僕に気を遣って?

 ベランダに出て洗濯物を見る。
 僕が干すよりも綺麗に干されている気がして、諦めに似たため息が漏れた。

 本当に、僕って理人にとってお荷物でしかなかったんだな、と実感する。

 運命の彼に会っていなくても、どうせいつかは別れを言われていたかもしれない。それが怖くてずっと頑張ってきたんだもの。

 運命とか関係ないのかもしれない。ただ僕が、理人に愛される存在じゃなかった。それだけのことだ。

「あれ……これ、なんの汚れ……?」

 理人のワイシャツの袖の左側に、それなりに大きな茶色の染みが取れずに付いているのが見えた。

「……? 穴も開いてる?」

 袖を手に取って見ると、小さいけれど、鋭いものが刺さって破れたような穴がふたつあった。
 昨日、仕事か、運命の彼に会ったときになにかあったのかな……。

 僕はそのシャツだけをハンガーから取りはずし、穴を広げないよう気を付けながら、シミ抜きを使って袖を洗い直した。

 乾いたら縫っておいてあげよう。完全には綺麗にならないかもしれないけれど、せめて少しでも綺麗にしてあげたい。

 僕という汚点をできるだけ落とし、僕とつがいとして過ごしたことでできてしまった理人の人生の穴を、少しでも補修するみたいに。
 
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