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運命と出逢った俺は、運命とつがえない
夜を超える⑨ Side真鍋
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時を経て、すばると出逢ってから六度目となる三月。
初旬の小春日和の日、目的の場所へ向かうのに早く家を出過ぎて、ゆっくりゆっくりと街路を歩く。
途中途中の川やそこに架かる橋、公園を通り過ぎながら、過去の出来事に思いを馳せた。
平日の仕事が休みの日は必ず、この道を通ってすばるを迎えに行った。
一度待ち合わせに遅れてしまった日、橋の反対側まで歩いてきていたすばるはひとりではなく、高校の同級生アルファと肩を寄せ合い、楽しそうに談笑していた。
(実際は他にオメガややベータの男女もいたのだが、そのときの俺にはすばるとアルファの男しか目に入っていなかった)
それを見た俺は大人気なく不機嫌になって、アルファを威嚇するわ、すばるといるのに早足になるわで、すばるに無駄な不安を感じさせた。
誰だよ。いろんな経験をして恋もしろ。他に好きな人ができたらそっちに行け、なんてぬかしたのは。
すばるが成長するに連れ、だんだん余裕が失われていったよなぁ、俺。
だってなぁ、すばるのやつ、美人に成長しすぎなんだよ。
蛹が蝶になる、という表現があるが、まさにそれだ。出会った頃からすでに可愛いのに、移ろう時の中で、すばるの可愛いは綺麗に、すばるのあどけなさは妖艶にと変化していった。
だがそれでいて隙だらけなんだ。心配にもなるだろう。
だが……あれは暑い夏の日のことだった。アイスを買って公園で休もうよと、すばるに誘われたことがある。
あのとき、すばるのさらさらした黒髪が好きな俺のために、長めにした横髪を耳にかけながらアイスキャンディーを頬張るすばるは艶かしくて、目のやり場に困った。
それが……わざとだったんだよなあ。
「ねえ、岳人さん、僕、上手だと思うの。えっちが駄目なら、口でするのは駄目?」なんて言うんだから、頭の血管が切れかけた。
学校には経験が早い友人がいて、素直すぎるすばるはすぐに感化されてしまう。
素直ゆえに隙があり、間違ったあざとさも身につけたすばるにはずいぶん狼狽させられた。
すばるが十八歳になるまで絶対にしないと誓ったのを逆手に取って、十八の誕生日を迎えた高三の十月には「もうできるよね? ね、しよ?」なんて迫ってきたし。
「十八歳というのは、高校を卒業したときのことだ」と言うと、俺を嘘つき呼ばわりして大変だったよな。あのときは侑子さんが宥めてくれて助かった。
運命の番といるがために、平均よりも早く初めてのヒートを迎えたすばるは、十四歳になると身体の成長も目覚ましく、伴って、本人の意思とは関係なく性への欲が強くなった。
侑子さんと俺との約束で、毎日欠かさず決まった時間に抑制剤を飲み、三か月に一度の発情期にはさらに強い抑制剤も重ねる。それでもヒートのときは抗いがたい性欲に襲われるすばるのため、俺は有休を月にニ日取って、ヒートの最盛期をすばるの部屋で過ごした。
だがそれは、すばるを抱くためじゃなかった。いや、抱くのは抱いていた。性的な意味ではなく、すばるが初めてヒートを起こした夜と同じように、すばるを毛布で包み、二日二晩抱きしめて、愛を囁き続けていたんだ。
俺にとっては荒行だったが、それしかしてやれることがなかったから。
ただ不思議なことに、そうしていると、ある日を境に一定の時間が過ぎると、すばるのヒートが落ち着くようになった。
俺たちが抑制剤の処方を受けている病院の医師の見解では、運命のつがいだからこそ、そうすることだけで俺のフェロモンがすばるの心身を満たすことができるのかもしれない、ということだった。
眉唾みたいな見解だし、なんせ前例が無いから信じがたいが、真相はどうあれ俺が愛情を伝えることで、すばるが楽になる実感があったから耐えられた。
それはそれは壮絶なキツさで、何度腹を空かせた熊のように吠えたかはわからないが。
だがふたりで決めたから。共に辛さを乗り越えようと。
離れる辛さよりも、そばにいる辛さを選択した俺たちには、それは未来の幸せへの糧だったから。
もちろん、侑子さんや高梨夫夫のサポートもあり、心から感謝している。
「六年か」
左腕の袖をめくる。
ここの傷痕も増えたが、これは勲章だ。
「本当に六年、やり遂げたなぁ」
長くて険しかった。でも、短くも楽しくもあった。
季節ごとに、年を重ねるごとに……夜を超えるごとに、多くの思い出を積み重ねた。
互いの誕生日、季節の花が咲くとき、花火大会にクリスマスに……すばるが中三のとき、理人と高梨君の結婚式にふたりで出席して、感動の涙が止まらなかったすばるはブーケをもらってはじけるような笑顔になったっけ。
それから高校生になって、同じ高校ですばるの先輩になった俺の一番下の弟から、すばるのアイドル的な人気を聞き、気が気じゃなかった。
そばにいられて良かった。理人命名の俺のアルファフェロモン、「グリズリーベアシールド」を会うたびに纏わせておいたから、すばるは他の野獣の毒牙にかかることはなかったものな。
まあ、すばるは俺以外眼中になかったし?
なによりすばるは驚くほど努力家だから、学生の本文に打ち込み、オメガの性を乗り越えて常に優秀な成績を収めていた。
それが俺を隣で支えるためだと可愛い笑顔で言うもんだから、「あー、絶対に幸せにする。人生の一分一秒をすばるに捧げる」って何度も誓った。
そして過去、無責任なアルファにより傷つけられた侑子さんを守る気持ちも強かったすばる。
俺も共に支えようと思っていたが、その必要は程なくしてなくなった。
驚くよな。いつの間にか、勤務先の店長と侑子さんがいい仲になってたんだからさ。
すばるが高二のときにつがい解消薬の給付を受けられた侑子さん。
店長はベータだからつがいにはなれないが、ふたりは籍を入れ、すばるにはいい父親ができた。
——本当に、いろんなことがあったな……。
この六年、俺とすばるは恋人らしい触れ合いはほとんどしてこなかったが、ふたりきりのときに繋ぐ手や、くっつけ合った肩、特別な日のハグ。
そこで感じる温かさには、いつも愛情が詰まっていた。
すばる、やっとここまで来たな。
俺たち、長い長い道を歩いてきた。
これからも、まだ続く長い一本道を、ふたりで寄り添って歩いていく。
「ああ、いい時間だ」
すばるの学校の門に到着した。校門には花が飾られ、卒業式の看板が立てられている。
その付近ですばるを待っていると、次々に保護者や生徒が出てきた。
そして俺は見つける。
微笑み合う侑子さんと店長。
そして、俺だけにわかる甘いフェロモンを香り立たせる愛しい存在を。
「岳人さん!」
すばるもすぐに俺を見つける。たくさんの光をまとった俺のむつらぼし。
穏やかでいて魅惑的な眩しさに、自然に目が細まった。
「卒業おめで……わっ」
言い終わってから抱きしめようと思ったのに、先に抱きつかれ……飛びつかれる。
だが華奢な身体だ。俺はすばるを軽々と抱き上げ、胸の中に閉じ込めた。
「ふふ。ねえ、岳人さん、早くお店に行こう!」
「いや、先に侑子さんたちと昼食だろ」
「いいの。お母さんもお父さんもいいっていってくれたもの」
視線を移すと、侑子さんと店長がにこやかに手を振っていた。
すばるを腕から下ろし、しっかりと手を繋いでから頭を下げる。
「連れていきます。必ず幸せにしますから、ご安心ください」
言うと、侑子さんとすばるが同時に口を開いた。
「不安だったことなんてありません。すばるは……すばるも私も、真鍋さんに出会ってからずっと幸せです」
「僕はずっと幸せだってば。それに、幸せはどっちかがあげる、もらう、じゃなくて、分け与えるんでしょ」
どっちに答えていいかわからない。それに、胸が熱くなって言葉にならない。
もう一度頭を下げた。
すばるの手を硬く握り直し、共に歩き出す。
もう、俺たちを阻むものはなにもない。
「今日からここが僕たちの暮らす場所だね。もう、朝も昼も夜も一緒にいられるね」
ふたりで到着したのは、郊外に俺が構えた住居スペース付きの洋食屋。
「ああ、"Kitchen・陽だまりと星あかり"だ」
店名をつけたのは店の経営担当のすばるだ。
────俺たちは今夜からここで夜を超え、共に朝を迎える。
【運命と出逢った俺は、運命と番えない】完
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