子持ちオメガと諦めないベータの七夕~星今宵、黄紙に思いと愛繋ぐ~

カミヤルイ

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◆◆◆

「ままー!」
「……あっ」

 笹を見上げて立ち尽くしていると、奏が教室から手を振って呼んでいた。
 透生は顔を綻ばせ、可愛い息子に手を振る。

「ごめん! お迎えきたよ、帰ろう」

 担任に挨拶を終えると、奏の小さな手を取り繋ぎ、そのまま笹の下まで来た。
 奏が笹を指差しながら透生を見上げる。

「まま、ぼくのたんざく、わかった? おほしさまとおんなじ、きいろだよ」
「う、うん。上手に書けてたね」

 再び『ぱぱができますように』と書かれた短冊が目に入ると、胸がじくっと軋んだ。

 過去の透生と同じ理由で短冊を選んだ奏が愛おしい半面、その叶うことのない願いが悲しい。

「うん! いっしょうけんめいかいた! ねぇ、ぱぱできるかな?」

 奏のその元気いっぱいの返事に、また胸がじくりと軋んだ。

 奏に父親ができることはない。
 なぜなら奏多は今透生がどこに居るのかも、妊娠したことすらも知らないのだから。

 妊娠がわかった直後、ショックが重なった透生は貧血で倒れ、フェロモンバランスも大きく崩した。

 そのため妊娠中にもかかわらずヒートになってしまい、即入院となったのだ。

 入院の手続きの際には相手を呼ぶよう言われたが、透生は咄嗟に言ってしまった。

『ヒートのときに行きずりの人に縋って慰めてもらったから、相手が誰かわからないです』と。

 そのため親を呼び出されることとなってしまい、本当に実家に帰らざるを得ない状況に陥ったのだった。

 透生の実家は地方の田舎にある。
 父はアルファで市議会議員。母親はオメガだが、父が子供ができなかった前の妻と別れて新しく迎えた【アルファを孕むための道具】だった。 

 それなのに生まれたのはオメガの透生で、父は透生を母と共に冷遇した。

透生すい】とは、『三崎家で透明人間として生きろ』という意味合いで付けられた名前だ。

 それから、透生が五歳、六歳の頃だ。
 アルファ性の弟が立て続けに生まれたことで、透生だけが不要な家族になってしまった。

 母親は透生に愛情を持ってくれていたと思う。けれど父の目があり、充分な愛情を得ることはなかった。

 さらに父は体裁を気にする人で、『金を払ってやるから東京の大学に入ってひとりで暮らせ。もう家には戻るな』と、透生を切り捨てた。

 指定された大学は難しく、透生は寝る間を惜しんで勉強することになった。けれど、頑張れた。
 実家にいてもどのみち透生は独りぼっちだ。それなら一人暮らしの方がずっとマシだ、と思えたからだ。

 そして、大学に合格。
 透生は奏多に出会えた。

 幸せだった……すべて脆く崩れたけれど。

 透生は妊娠した体で実家に戻ると、父に罵倒され、全身を殴られた。幼い頃から暴力は当たり前のようにあったが、このとき、ようやく母親が身を挺して庇ってくれ、胎児は無事だった。

 あのとき、絶望のあまりに「いっそ流れてしまえばいいのに……!」と涙を流しながら思ったことを、今はひどく後悔している。

 結局、今度こそ父から勘当され、大学も辞めさせられたものの、母親が必死に頭を下げてくれたおかげで、母方の祖父の家に身を寄せられることになった。

 実家よりさらに田舎の小さな町は、過ごしやすかった。
 住民は皆、親切でおおらか。なにより、オメガの祖父が誰よりも温和な人だった。

 透生は落ち着いて産前を過ごせ、無事に奏が生まれたときは、感の涙を止めることができなかった。

『愛してる、生まれてきてくれてありがとう』

 生まれたての温かな命にそう話しかけると、奏は答えるように、小さな手足を一生懸命に動かしていた。
 
 あの日の感動を、透生は絶対に忘れない。

 その後、祖父に助けられながら奏の日々の成長に一喜一憂して暮らし、あっという間にあれから五年が経った。

 パートナーのいないヒートは辛いけれど、町工場の事務職にも就けたし、目元と柔らかい髪質が奏多にそっくりな奏はとても可愛い。

 奏多との愛は成就しなかったけれど、透生には奏がいる。

 透生はこの子を一生守ると誓っている。

 ただ、三歳を過ぎた頃から、奏も親とは二人いるものだと気付いたらしい。

 しきりに「ぱぱいないの?」「ぱぱほしい」と言うようになった。

◆◆◆

「ねぇ、ねぇ、ままってばぁ」
「──あっ、ごめん。なぁに」

 いけない、またぼんやりしていた、としゃがんで奏と目線を合わせる。

 奏は頬を少し赤くして、小さな手をギュッとグーの形にしながら、興奮気味に訊ねてきた。

「あのね、あのね。たなばたさまは、すきどうしのひとがあえるひでしょ。ぼくもままもぱぱがいたらぜったいにすきだから、おほしさまがきらきらしたら、ぱぱがきてくれる?」 

 これは困った質問だ。
 透生の眉尻は情けなく下がってしまう。

「……えっとね。先生からお話、聞いたでしょ? 七夕っていうのは、そういう好きな人じゃなくて恋人……えっと、なんて言ったらわかるかな」
「ひまわりぐみのおねえちゃんが、ぱぱとままみたいなひとのことっていってたもん! だからぱぱくるでしょ? ままはみんな、ぱぱがすきで、ぱぱもみんな、ままがすきなんでしょ?」

 奏の瞳が星を宿したようにキラキラしていて、透生の瞳も弱く光る。涙が滲んでしまったのだ。

 ──僕は今でも奏多を好きだけど、奏多は僕を好きじゃない。それにきっともう、忘れられている。

 妊娠時に病院から実家に戻された際、父にスマホを即解約されたから、奏多に結局なにも言えないままだった。

 当時、実家に戻ることはないと思っていた透生だから、奏多や大学の友人には天涯孤独だと話していた。

 だからもし探そうとしてくれても、彼らには当てがないだろう──きっと奏多は透生と別れたかっただろうから探さなかっただろうし、反対に、透生が消えて安心しただろうけれど。

「あのね、残念だけど、パパはママを好きじゃないんだ」

 透生は一方の手で奏の手を握り、もう一方の手で涙を拭いながら話す。

「それでね、パパはお星様になったけど、奏とママの見えるところではキラキラしないんだよ」 

 勝手に星にしてごめんね、奏多。

 内心でそう呟く。
 透生にとって、実際に奏多はそれに相当する存在だ。

 あんなことを言われても、奏多との思い出は今でもキラキラと輝いている。けれど、それはすべて過去の光で、今の透生には輝きをもたらさない。

 透生の瞳が潤むと、奏の目にも涙が浮かび、小さな唇から弱々しい声が漏れた。

「そうなの…? かなでにはぱぱ、こないの?」

 奏の顔がくしゃっと歪む。
 透生は焦って涙を拭い、奏をひし、と抱きしめて伝えた。

「泣かないで。その分、おじいちゃんとママが奏を大好きなんだ! パパがいなくても、ママだって男だからパパにもなるから!」

 そして、華奢な透生には、四歳になり大きくなってきた奏の抱っこはハードだが、抱き上げて歩いてやった。
 
 奏は途端に笑顔になる。

「わーい。だっこ。ままだいすき! ねえねぇ、じゃああしたは、ぱぱになってかたぐるましてね」
「か、肩車……」

 できるかな、と不安になりながらも、奏が泣きやんでくれたことにホッとして、透生は家路に着いたのだった。
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