生きる希望を失った青年は伯爵様の娼夫として寵愛されている

カミヤルイ

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逃げ出した先で②

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「──ユアル様、ユアル様!」

 執事さんの声と、肩を揺さぶられる刺激で瞼を開く。

「……あ……? わっ!」

 視界に飛び込んできたのは執事さんではなく、森で見たオオカミ二匹だ。

 森の地面の上で倒れていたらしいおれは、跳ね起きてお尻で後ずさった。

「ユアル様、ご安心ください。この子たちはウィンザー家で飼っている、ハリーとロッティでございます」

 執事さんがオオカミの頭を捕まえながらおれの顔を覗く。

「……ハリー、と、ロッティ?」
「はい、無きに等しいのですか、城壁を登って敷地内に入る不届き物を監視し、撃退する番犬として森の中で飼育しているのです。ユアル様はほぼ城内でお過ごしですのでまだご存知なかったですね。紹介が遅れて失礼いたしました」
「番犬? オオカミじゃないんですか?」
「似ておりますが、これはノーザンイヌイットドッグという種の、紛れもなく犬でございますよ」

 おれがハリーとロッティを見比べると、ハリーが頬を舐めてきた。

「わわ」
「知らない者には獰猛に立ち向かうのですが、ユアル様からはリューク様の香りがするのでしょうね。もう懐いております」
「香り? ですか? リューク様のケーキ性の匂いがこの子たちにはわかるんですか?」 
「いえいえ、純粋にリューク様の香りです。ユアル様はリューク様と寝所を共にされていますからね」

 そうか……ここに来た日にリューク様に言い付けられたとおり、リューク様が城にいるときは常に側にいさせてもらっているから。

「なにより、わかるのでしょう。ユアル様がリューク様のご寵愛を受けておられることが。賢い子たちですのでね」

 ハリーはまだおれの頬を舐め、ロッティはおれに身体を寄せて座っている。執事さんは二匹に慈愛の瞳を向けながら、それぞれの背を撫でた。

「寵愛……」

 けれどそれももう、今日で終わりだ。

「……っ、それはそうと、執事さんはどうしてここに」

 哀しさで詰まりそうになる喉から声を絞り出して尋ねる。

 暗くて寒い森の奥深くだ。どうしておれがここにいるとわかったんだろう。

「午前のお茶をお出ししようとお部屋を覗くと姿が見られず、お探ししているとこの子たちが知らせに来まして。おひとりで城外に出られるのは初めてですね。それもこんな奥まで進まれるとは、どうかなさいましたか? 皆、心配しておりますよ」
「それは……」

 リューク様の結婚相手を紹介されるのが嫌だったから出ていこうとした、なんて言えない。
 唇を結んで涙を溜めてしまう。

「ああ、恐ろしかったでしょうね。お怪我はございませんか? 昼食時間にはリューク様がフィンリー様……お客様とお戻りになりますから、それまでにお身体も診て、お召し物も変えましょう」

 フィンリー様……それが結婚相手の人の名前なのか。

 名前を知ったことで現実感が増し、頬に涙が伝った。

「クゥーン」

 ロッティが心配そうに涙を舐めてくれる。執事さんもおれに手を貸し、背を撫でてくれた。

 温かかった。
 その温かさに逃げる気持ちが萎えてしまったおれは、執事さんと共に城の中へ戻った。



 メイドさんが点検してくれて、怪我がないことがわかると、リューク様と外出するときのような仕立ての良い服を着せられた。

 もうこんな上等な服は必要ない。他の使用人の人たちと同じお仕着せにしてくれたらいいのに。

「あの、おれはお客様にご挨拶をするんですか? 自分のことをなんと言えばいいのでしょう」

 今まで誰かに紹介されるとき、リューク様は「私の大事な子だ」と言ってくれた。

 けれどそれはリューク様の糖化を抑える役割として、という意味だったと思う。フォークの結婚相手が来て、リューク様がそう言うとは思えないし、自分でも「おれはリューク様の今までのフォークです」なんて言えない。

「リューク様にすべてお任せしていれば大丈夫ですよ」 

 執事さんはニコリと微笑む。それから付け加えた。

「フィンリー様も間違いなくユアル様をお好きになられることでしょう。それはもう、リューク様が気が気ではないくらいに」
「え?」
「リューク様御一行の馬車が麓に到着されました」

 執事さんの声が独り言のようになり聞こえにくくなったから尋ね返そうとしたものの、伝令の人の声が重なった。

 キリが刺さったかのように胸が痛くなり、血が吹き出しているんじゃないかと錯覚を起こすほど鼓動が激しくなる。

 クラクラとめまいもするけれど、おれは夢遊病者のように、リューク様を迎えに外に出る執事さんたちの後に続いた。

 馬と馬車の屋根が見えてくる。
 居館に一番近い蔦模様の鉄門が開く。
 馬車が入ってきて、使用人さんたちが向かい合う形でふた手に並んだ先に、停車した。

 心臓が破裂しそうだった。痛む胸を押さえたまま、唇をすぼめて息を吸った。
 吸いすぎたのか、ますます頭がくらくらする。

 でもしっかりと立ってお出迎えをしなくては。
 でも幸せなふたりには会いたくない。
 でもお出迎えを。
 でも……!

 心が相反するふたつの思いに揺さぶられていると、執事さんが馬車の扉に手をかけた。

 ああ、もう、出迎える以外の選択肢はない────
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