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「……さん、兄さんたら!」
「んっ! な、なんだ」
「もう、ちゃんと見てよ。ねえ、似合ってる?」
「ああ……綺麗すぎて見惚れていたんだ。とても似合ってる。おめでとう。本当に……おめでとう」
明日は妹の結婚式で、俺は殿下と過ごした夜の翌々日から休暇を貰って帰省していた。
あの夜ことで混乱していたから冷静になるのに丁度いいと思ったが、妹が花嫁衣裳を着て見せてくれているのに、頭の中は殿下のことばかりだ。
それでも、妹にこうして顔を覗いて言われれば、不遇の目に遭ったこの子が幸せを掴んだことが嬉しく、胸が熱くなる。
妹も殿下と同じように暴行に遭い、家族以外に心を開かなくなっていたのに、いつの間にか恋をして結婚をする。
……いや、殿下は俺に心を開いてくださるようになったが、恋をしているわけじゃない!
脳裏に「愛している」と殿下に言われながら口淫される図が浮かび、ぶるっと頭を振ってその図を飛ばした。
あれは、あの「愛している」は、鳥類の雛が初めて見た者を親と思う、刷り込みのようなものだ。
殿下は同年代に信頼できる者がいなかったから、そばで使えている俺に心を寄せ、恋愛的な愛情とはき違えているだけだろう。
「兄さん? やっぱり変。大丈夫? 顔も赤いし胸も押さえて……具合でも悪いの?」
気づけば妹が訝しげに眉根を寄せていた。
「いや、大丈夫! 至って元気だ。……なあ、お前はどうして彼を愛していると思ったんだ?」
「急にどうしたの? あっ、もしかして兄さんも恋をしてるの?」
「っそうじゃない。俺じゃなくて、俺のことを、いや、そうでもなくてっ」
焦ってしまう。妹はそんな俺の様子にすっかり興味を抱いてしまったようだ。
「かっこよくてもてるのに、恋愛なんて任務の邪魔だって言っていた兄さんがそんな話をするなんて怪しい。聞かせて!」
そうして、俺は妹と二人で長椅子に座り、「騎士団の後輩の話だ」と言って話す羽目になった。しどろもどろになっていたが、妹は嬉しそうに聞いていた。
「――あのね、兄さん。私も最初は他人と関わるのが怖かった。彼のことも全然信じられなかった。でも彼は私にいつも寄り添ってくれて、私は穢れた人間だって言うと、綺麗だよって言い続けてくれたの。近所の人に朝夕声をかける優しさが綺麗だ。毎日忘れずに教会に祈りを捧げる敬虔さが綺麗だ、辛いことがあったのに、懸命に生きる姿が綺麗だって。そうしたら本当に自分の穢れが落ちた気がしてね。だからきっとその人も、兄さんに綺麗だ、尊いって言ってもらえて、心まで浄化されて、気がついたら愛になっていたんだと思うわ」
「や、だから俺の話じゃなくてだな」
否定するものの、妹は唇に笑みを滲ませる。
「そう? じゃあ後輩さんのことでもいいわ。でも本当に。その人の愛の言葉に嘘はないと思う。伝えたくて伝えたくて、機会を待っていた気がするわ」
「そう……なのかな」
「ええ。それに、兄さ……後輩さんも、他のことが手に付かないくらいその人のことばかり考えてしまうんでしょう? その人から離れたいとは思わないんでしょう?」
「ああ。離れるなんて、考えられない。たとえあのお言葉が間違いでも、一時のものだとしても、俺はあの繊細な方のそばにいて、守り続けたい」
声に力が入っているのが自分でもわかる。俺は手も自然と握り締め、力を込めていた。
「素敵ね、恋は人を変えるわ。これから兄さんも変わっていくのね」
妹は俺の肩に頭を置き、独り言のようにそうつぶやいた。
「そうだろうか……って、えっ? 俺? だから俺じゃなくて」
「兄さん、もう遅いわ。今、ばっちり「俺は」って言ったわ。次に帰ったときにも、またお話を聞かせてね」
「う……」
なんたる失態だ。恥ずかしい。だが、殿下への思いを自覚することができた。
そうだ。俺は殿下をお慕いしている。
同性と言うだけでなく、俺は家来だ。身分違いも甚だしいが、どうあっても殿下のおそばにいたい。一般の男女のように結ばれることはないが、第一近衛でいる限り、誰よりも信頼を勝ち得ることはできるのだから。
――気持ちを恥じることはない。忠誠心とともに抱き続け、殿下のおそばにいよう。
妹の結婚式後、気持ちを新たにした俺は、勇んで王宮へと戻った。早く殿下の顔が見たかった。
だが、戻って怒りに震えた。
俺が休暇の間に現王妃・第二王子派が動き、殿下を襲っていたからだ。国王は現王妃に逆らえず、奥に引っ込んでいるらしい。なんと嘆かわしいことか。
俺は外出着のまま、同じ隊の騎士団仲間から借りた剣で敵を倒し王宮奥へと進む。
「殿下! 殿下!」
どこだ。どこにおられれる。ようやく周囲から王太子として認められた矢先に父である王からも裏切られ、殿下はどんなにか心を痛めておられるか。また人を信じられなくなってしまう。
俺が早く向かわなければ……あの方をお守りするのは俺だ。
「殿下!」
最上階の現王妃の部屋に、その尊い姿を見つけた。
切り刻まれた殿下の純白のマントが目に入ったときには一瞬血の気が引いたが、殿下は、腰までのプラチナブロンドの髪を窓から入る風に揺らしながら、座り込んだ現王妃と第二王子に剣を向けていた。
陽光もガラス細工の照明の光も殿下に降り注ぎ、神々しい姿をさらに神々しく照らしている。
周囲には俺の属する隊の団員もいたが、俺にはその眩しい人しか見えていなかった。
「ヴィクター。遅いぞ」
俺の声に振り返った殿下の尊顔には、過去の臆病な様子はひとかけらも残っていない。
「はっ! 遅れまして申し訳ございません!」
俺は殿下の後ろに付き、片膝をついて頭を下げた。
殿下は軽く頷くと、確かな威厳を帯びた声で言葉を紡いでいく。
「この者たちは前王妃と私を陥れ、侮辱の限りを尽くした。さらに王を欺き、国を混乱に陥れんとした。決して許してはならない。王太子第一近衛騎士とその騎士団に命じる。王国に仇なす謀反人たちを捕らえ、刑に処せ」
「御意」
俺は立ち上がり、団員に目線で指示をする。
騎士団は空気を切りながら。謀反人ふたりにいっせいに剣を向けた。
「助けてぇ! いやぁ!」
「やめろお! 私を誰だと思っているんだ!」
哀れでいて往生際の悪い悲鳴が室内に響く。
俺と団員は泰然と処理し、その数日後には、新国王誕生の報せに祝杯を上げた。
「……さん、兄さんたら!」
「んっ! な、なんだ」
「もう、ちゃんと見てよ。ねえ、似合ってる?」
「ああ……綺麗すぎて見惚れていたんだ。とても似合ってる。おめでとう。本当に……おめでとう」
明日は妹の結婚式で、俺は殿下と過ごした夜の翌々日から休暇を貰って帰省していた。
あの夜ことで混乱していたから冷静になるのに丁度いいと思ったが、妹が花嫁衣裳を着て見せてくれているのに、頭の中は殿下のことばかりだ。
それでも、妹にこうして顔を覗いて言われれば、不遇の目に遭ったこの子が幸せを掴んだことが嬉しく、胸が熱くなる。
妹も殿下と同じように暴行に遭い、家族以外に心を開かなくなっていたのに、いつの間にか恋をして結婚をする。
……いや、殿下は俺に心を開いてくださるようになったが、恋をしているわけじゃない!
脳裏に「愛している」と殿下に言われながら口淫される図が浮かび、ぶるっと頭を振ってその図を飛ばした。
あれは、あの「愛している」は、鳥類の雛が初めて見た者を親と思う、刷り込みのようなものだ。
殿下は同年代に信頼できる者がいなかったから、そばで使えている俺に心を寄せ、恋愛的な愛情とはき違えているだけだろう。
「兄さん? やっぱり変。大丈夫? 顔も赤いし胸も押さえて……具合でも悪いの?」
気づけば妹が訝しげに眉根を寄せていた。
「いや、大丈夫! 至って元気だ。……なあ、お前はどうして彼を愛していると思ったんだ?」
「急にどうしたの? あっ、もしかして兄さんも恋をしてるの?」
「っそうじゃない。俺じゃなくて、俺のことを、いや、そうでもなくてっ」
焦ってしまう。妹はそんな俺の様子にすっかり興味を抱いてしまったようだ。
「かっこよくてもてるのに、恋愛なんて任務の邪魔だって言っていた兄さんがそんな話をするなんて怪しい。聞かせて!」
そうして、俺は妹と二人で長椅子に座り、「騎士団の後輩の話だ」と言って話す羽目になった。しどろもどろになっていたが、妹は嬉しそうに聞いていた。
「――あのね、兄さん。私も最初は他人と関わるのが怖かった。彼のことも全然信じられなかった。でも彼は私にいつも寄り添ってくれて、私は穢れた人間だって言うと、綺麗だよって言い続けてくれたの。近所の人に朝夕声をかける優しさが綺麗だ。毎日忘れずに教会に祈りを捧げる敬虔さが綺麗だ、辛いことがあったのに、懸命に生きる姿が綺麗だって。そうしたら本当に自分の穢れが落ちた気がしてね。だからきっとその人も、兄さんに綺麗だ、尊いって言ってもらえて、心まで浄化されて、気がついたら愛になっていたんだと思うわ」
「や、だから俺の話じゃなくてだな」
否定するものの、妹は唇に笑みを滲ませる。
「そう? じゃあ後輩さんのことでもいいわ。でも本当に。その人の愛の言葉に嘘はないと思う。伝えたくて伝えたくて、機会を待っていた気がするわ」
「そう……なのかな」
「ええ。それに、兄さ……後輩さんも、他のことが手に付かないくらいその人のことばかり考えてしまうんでしょう? その人から離れたいとは思わないんでしょう?」
「ああ。離れるなんて、考えられない。たとえあのお言葉が間違いでも、一時のものだとしても、俺はあの繊細な方のそばにいて、守り続けたい」
声に力が入っているのが自分でもわかる。俺は手も自然と握り締め、力を込めていた。
「素敵ね、恋は人を変えるわ。これから兄さんも変わっていくのね」
妹は俺の肩に頭を置き、独り言のようにそうつぶやいた。
「そうだろうか……って、えっ? 俺? だから俺じゃなくて」
「兄さん、もう遅いわ。今、ばっちり「俺は」って言ったわ。次に帰ったときにも、またお話を聞かせてね」
「う……」
なんたる失態だ。恥ずかしい。だが、殿下への思いを自覚することができた。
そうだ。俺は殿下をお慕いしている。
同性と言うだけでなく、俺は家来だ。身分違いも甚だしいが、どうあっても殿下のおそばにいたい。一般の男女のように結ばれることはないが、第一近衛でいる限り、誰よりも信頼を勝ち得ることはできるのだから。
――気持ちを恥じることはない。忠誠心とともに抱き続け、殿下のおそばにいよう。
妹の結婚式後、気持ちを新たにした俺は、勇んで王宮へと戻った。早く殿下の顔が見たかった。
だが、戻って怒りに震えた。
俺が休暇の間に現王妃・第二王子派が動き、殿下を襲っていたからだ。国王は現王妃に逆らえず、奥に引っ込んでいるらしい。なんと嘆かわしいことか。
俺は外出着のまま、同じ隊の騎士団仲間から借りた剣で敵を倒し王宮奥へと進む。
「殿下! 殿下!」
どこだ。どこにおられれる。ようやく周囲から王太子として認められた矢先に父である王からも裏切られ、殿下はどんなにか心を痛めておられるか。また人を信じられなくなってしまう。
俺が早く向かわなければ……あの方をお守りするのは俺だ。
「殿下!」
最上階の現王妃の部屋に、その尊い姿を見つけた。
切り刻まれた殿下の純白のマントが目に入ったときには一瞬血の気が引いたが、殿下は、腰までのプラチナブロンドの髪を窓から入る風に揺らしながら、座り込んだ現王妃と第二王子に剣を向けていた。
陽光もガラス細工の照明の光も殿下に降り注ぎ、神々しい姿をさらに神々しく照らしている。
周囲には俺の属する隊の団員もいたが、俺にはその眩しい人しか見えていなかった。
「ヴィクター。遅いぞ」
俺の声に振り返った殿下の尊顔には、過去の臆病な様子はひとかけらも残っていない。
「はっ! 遅れまして申し訳ございません!」
俺は殿下の後ろに付き、片膝をついて頭を下げた。
殿下は軽く頷くと、確かな威厳を帯びた声で言葉を紡いでいく。
「この者たちは前王妃と私を陥れ、侮辱の限りを尽くした。さらに王を欺き、国を混乱に陥れんとした。決して許してはならない。王太子第一近衛騎士とその騎士団に命じる。王国に仇なす謀反人たちを捕らえ、刑に処せ」
「御意」
俺は立ち上がり、団員に目線で指示をする。
騎士団は空気を切りながら。謀反人ふたりにいっせいに剣を向けた。
「助けてぇ! いやぁ!」
「やめろお! 私を誰だと思っているんだ!」
哀れでいて往生際の悪い悲鳴が室内に響く。
俺と団員は泰然と処理し、その数日後には、新国王誕生の報せに祝杯を上げた。
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