今日のソライロ(過去編)

春の七草

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平凡な日々

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2009年のとある日のこと。
ピロン…
不意にガラパゴスケータイが鳴り響いた。
きっと幼なじみの優佳里からのメールだ。
ベットに横たわっている体を起こし、黄緑色のケータイを手に取った。
わたしは閉じられたケータイを開いた。

由香里
本文 さっちゃん~今日一緒にデパートに行かない?


案の定、由香里からだった。
デパートねぇ…。
今日は剣道教室も剣道部も休みだし、たまには遊びに行ってもいいよね?
わたしは直ぐに台所のお母さんの元へ駆けつけた。
「お母さん、優佳里からデパートに行こうって誘われたけれど行ってもいい?」
わたしがそうお母さんに尋ねるとお母さんは快く了承してくれた。

わーいわーい、ヤッター
毎日毎日勉強と剣道に追われていたものだから幼馴染と遊ぶのが凄く幸せなことだと思える。

紗栄子
許可もらったよ!行っていいって!

早速由香里に許可をもらったことのメールを送った。
ピロン…返事はすぐに着た。

由香里
ヤッター!待ち合わせ場所は中学校ね!

早速準備準備だ。
少し乱れた長い黒髪を獣毛ブラシで丁寧に梳かす。
暫く梳かしているうちに髪の毛は綺麗な艶髪になっていた。
よそ行きの服に着替えて持金を全部財布に入れて準備は完了。
わたしは待ち合わせ場所の学校へと向かった。
学校へ着くと由香里は既に来ていた。
可愛いフリルの付いた白いワンピースに可愛らしいサンダル。
肩に着くか着かないかくらいの栗色のミディアムヘアは可愛いヘアピンで彩られていた。
「お待たせ~由香里ちゃん~」
わたしは小走りで彼女の元に向かった。
「じゃあ駅に行こっか。」
デパートは2つ市をまたいだ所にある。自転車では無理があるので電車を使って行く人が多かった。
駅に着いてから時刻表を確認すると、電車が来るまではあと30分もあったから駅にあるお店とかを彷徨くことにした。
「ねえ、時間もあるし何か飲んでいかない?」
由香里がシェイクを売っているお店の前で立ち止まった。
「シェイクでも飲んでいく?」
わたしが由香里ちゃんに問いかけると
「さすが、わたしの幼なじみなだけある~ちゃんとわかってる!わたしはイチゴがいいな~」
なんていいながら彼女はわたしの背中をバシバシ叩いた。

こら…痛いって…。
「ご注文はいかがされますか?」
私たちの様子を少し笑いながら見ていた店員のお姉さんが訪ねてきた。
えっと、ミニサイズ120円 小200円 中250円 大350円 キングサイズ500円だ。

うーん、ミニサイズは物足りないし、中サイズは時間的に飲み切れそうにはない。
「由香里、サイズはどうするの?」
わたしが隣の由香里に小声で訪ねた。
「小がいいかな。はい200円も渡しとくね。」
「小の抹茶で。あと小のイチゴも。」
店員のお姉さんはやや小ぶりな容器を取り出すとマーカーペンにそれぞれ抹茶、イチゴと書きつけた。
「400円になります。」
自分の財布から取り出した200円と由香里が渡してきた200円をカウンターのカルトンの上に置く。
「丁度頂きます。レシートになります。少々お待ちください。」
私達は人の邪魔にならないように隅で待っていた。
3分ほどで私達は呼ばれた。
「商品になります。ありがとうございました。」
抹茶シェイクを飲んで見る。ほんのり苦味が効いていてとても美味しい。
黄緑色のシェイクはあっという間に無くなった。
中サイズでもよかったかな?
「さっちゃん、あと5分で電車来るよ?」
「え~急がなきゃ!」
わたし達は大慌てでエスカレーターに乗り込んだ。


ふー間に合ったみたいだ。
電車はまだ来たばかりみたいだ。
そのせいか席は割と空いていた。
わたしと由香里は二人席に腰を下ろした。



電車が発車してからのこと。いきなり由香里がこんな事を聞いてきた。
「ねぇ、佐江子ちゃんは好きな人とかいる?」
当時のわたしは恋に無頓着な少女だった。
「ごめん、恋とかそういうの全然興味が無いんだ。」
わたしがそんなことを言うと由香里は意外そうな顔をして見せた。
「えっ?だってさっちゃんって美人じゃん、恋とかそういうの興味ないの?」
申し遅れたけれどわたしは本山佐江子。中学三年生の女子で、剣道部の主将。
剣道の実績は全国大会に優勝したりと結構自信があったりする。
わたしの身長は156センチで体重は48キログラム。
髪型は黒髪ストレートロング。
そしてさっきもいった通りわたしには恋とか正直分からない。
誰かを好きになるのってどんな感覚なのか。
両思いも両片思いも片思いもなにもかもさっぱり分からない。
「興味ないというより分からない。誰かを好きになるってことが、恋ってどんな気持ちになるのかが。」
恋ってどんな気持ちなのかな?嬉しいのかな?辛いのかな?
「分かるよ、わたしだって少し前まではさっちゃんと同じ気持ちだったよ。」
由佳莉ちゃんがそんなことを言ったのは大変意外であった。
「えっ?由香里って好きな人がいるの?ねえどんな感じ?誰かを恋慕う気持ちって。」
恋なんて興味が無いんだと口では言っておきながらも思わずテンションが高ぶった。
すると由佳莉はほんのり紅色の細い人差し指を唇の前にたてて小さく笑いながら言った。
「それは秘密。さっちゃんが誰かに恋をしたら分かるわよ。どんな感覚なのか、どんな気持ちになるのかがね。」
恋ねえ…。一体誰かを好きになるとどのような気持ちになるのかが全然さっぱり分からないため自分には一切分からない。

恋か…。何時の時代でも恋は付き物らしいけれどわたしにはさっぱり分からないのでどうしようもない。
ふとわたしの頭にはこんな歌が浮かんだ。

しのぶれど  色に出でにけり  わが恋は
ものや思ふと  人の問うまで
By平兼盛
意味は「あなたの事が好きだとはバレないように隠していたつもりだったのに顔(態度)に出てしまっていた。
周りの人に「恋でもしているのですか?」と聞かれるまでに」

忘らるる  身をば思わず  誓ひてし
人の命の  惜しくもあるかな
By右近
意味は色んな説があるが代表的なのが
「あなたに忘れられる私の身は何とも思いませんが、わたしのことを心変わりせずにずっと愛してくれると神に誓ったあなたの命が神罰によって失われるのが惜しいのです。」
どちらかと言えば歴史好きなわたしなのだからこのくらいは分かる。
でも彼ら彼女らがどんな気持ちで恋をしたのだろうか?
楽しかった?悲しかった?
そんなの本人に聞かなきゃ分からないよね。
そしたら由佳莉ちゃんはふとこんな歌を口ずさんだ。
「うたた寝に  恋しきひとを  見てしより  夢てふものは  頼みそめてき
これは平安時代初期の女官、小野小町の和歌。
確か意味はうたた寝をしていたら夢の中に恋しいあの人が現れた。それからわたしは夢の中であの人に会えるように夢に頼むようになった。」
ふとわたしの頭の中には桜の木の傍で和歌を詠んでいる小野小町が思い浮かんだ。
「難波潟  みじかき芦の  ふしの間も…。この先わかる?」
「逢わでこの世を  過ごしてよとや…。でしょ?」
確かこの歌を読んだのは伊勢っていう平安時代、宇多天皇の中宮(皇后)温子に仕えた女房だったよね?

すると由香里がこんな歌を口ずさんだ。
「夜を込めて 鳥の空音は はかるとも
世に逢坂の 関はゆるさじ」
確か小倉百人一首62番、平安時代中期に一条天皇の中宮(皇后)に仕えた女房、清少納言の短歌だよね?
「これはある日の夜に清少納言とおしゃべりをしていた藤原行成がいきなり帰ってしまって、その翌日に彼が書いた言い訳の手紙に対して読んだ歌だよ。」
そうなんだ。意味は知っていたけれどそんな場面があっただなんてサッパリだったよ。
確か意味は「夜も開けないうちに鶏の声真似で騙そうとしても函谷関を通れてもわたしに逢うための逢坂の関所は通れませんよ。」
だった気がする。
中国の史記にある
 孟嘗君が秦から逃げる際、一番鶏が鳴いた後にしか開かない函谷関にさしかかったのが深夜であったため、食客にニワトリの鳴きまねをさせて通過したという故事を引用しているらしい。
「わたしも恋すりゃあわかるかもね。」
そんな乙女チックな会話をしているうちに早、目的地に着いたらしい。

「さあーて、Let's  shoppingといきましょうか!」
「あー由香里待ってよ~」








    
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