即時一杯の飯に如かず

及川まゆら

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猫、拾いました。

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 午前2時、駅から離れた飲み屋の赤提灯を横切りタクシーを拾う。

 今夜は早く帰りたかったのに会社の歓迎会というのはなんて残酷なんだ。
 平成最後の新卒は酒の席で下を向いて隣人とすら会話する気配も無い。
 そうかと思えば飲めない酒を注がれるだけ煽るバカもいる。会社の飲み会だぞ?酒は嗜むものだと覚えてから社会に出てこい。
 半ば呆れる俺はタクシーから男を担いで帰宅。
 ポストのダイヤルを回して中を覗くと案の定不在通知が入ってた。


 江波絢斗えなみあやと 30半ばを過ぎて、独身。


 関東支部に配属になり半年、女ひとり連れ込まないシンプルライフになぜか泥酔した新卒を上げるとは夢にも思わなかった。
 靴を脱がせソファに倒しても起きないこいつネクタイ何処にやったんだ?
 まさかタクシーに忘れて来たとか、いやそれは無い。

 その代わりに首から下げている社員証に顔写真と名前は白鳥路嘉しらとりるか

 遂にうちの会社にもキラキラネームが来たと噂に名高い新卒は、明るい性格から酒を断れず酔い潰れたまま未だに起きない。急性アルコール中毒の可能性を見過ごせないのは俺も過去に酒で失敗しているから。
 明日は土曜、会社は休みだがこいつ出社するのか?
 顎に手を添え頭を傾げてみたが
 「俺はお母さんじゃない」自分に言い聞かせる。
 それにしても無防備だな。
 女だったら酔った勢いで、なんてこともあり得る事の成り行きには続きがあって翌朝、俺の隣で目覚める男は慌てて飛び起きる様子もなく、胸に甘える。


 俺、お前の上司な?


 これをいつ言おうかタイミングを逃してしまった俺の落ち度から始まる物語。
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