語るに乏しい僕の祖父

藤崎 柚葉

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世界線α・被験者「藤城廣之」の受難

第二十一話 変わりゆくもの

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 外は快晴。つまり、直射日光が僕の肌を刺激している。
「暑い。暑すぎる。夏休みって延長できないかな?」
「諦めなよ。嘆いたって学校にクーラーは設置されないってば」
 夏休み最終日を翌日に控えた今日、僕と山近は再びジャズバーに向かっていた。なんでも皆川さんが昨夜も仕事帰りにそのままジャズバーへ飲みに行き、大事な書類をお店に置いていってしまったらしい。山近は自分の過ちに気付いた皆川さんから直接連絡を受け、「仕事で行けない俺の代わりに、忘れ物を取りに行ってほしい」と、頼まれたとか。通常であればお店の定休日である今日は中に入れないが、今回は事前に皆川さんがマスターに連絡済みなので、その辺は心配ない。
 ちなみに、僕がなぜ山近に付き添っているかと言うと、ただの成り行きである。山近が電車から飛び降りようとする悪夢を見てからというもの、僕はずっと彼の身を案じていた。今日も宿題を口実にして山近とメールで連絡を取っていると、たまたま皆川さんの忘れ物の話を知り、僕は自分から同行を申し出たのだ。
 初め山近に同行を断られた時は正直困ったけれど、それは冗談だったらしく、彼は快く僕の願いを聞き入れてくれた。
 あんな夢を見た後だ。妙なフェイントを入れられるこっちの身にもなってほしい。
「というか君、今日は本当に暇だったの?」
「えっ? 何で?」
 一瞬、頭の中を見られたかと思うほど、山近の質問は僕の急所を突いていた。実のところ、僕は山近の顔を見て安心したかっただけだ。
 僕は山近に悪夢の内容はおろか、この数日で寝付きが悪くなった事すら教えていない。山近に余計な心配を掛けさせたくなかったのもあるけれど、僕は怖い夢を見て夜中に起きるなんて子どもっぽいと思っていたので、山近には気恥ずかしくて言えなかったのだ。
「課題は全部終わったのかなって」
「ああ、そっちの話か」
「そっち? 他に何があるのさ?」
 不審そうに眉を寄せる山近とは反対に、僕は安堵した。良かった。僕の情けない考えは見破られていないようだ。
「いや、何でもない。課題なら無事に終わったよ。途中から答えを写したから」
「それのどこが無事に終わっているんだ。さも当たり前のように言わないでくれ」
 山近は頭を抱えてしまった。僕は提出期限のギリギリで本気を出すタイプだけど、彼は生真面目だ。長期休みを謳歌する人なら、誰でも一度は絶対に課題の答えを写した事があると思っていたけれど、そうでもないらしい。
「ところで廣之くん、皆川さんから先日の集まりで撮った記念写真は送られてきたかい?」
「いいや。そういや、まだだな」
「そんな事だろうと思ったよ。とすれば、昨日の皆川さんの連絡が電話だったのも納得がいく。いつもはメールでやり取りしていたからおかしいと思ったんだ。鞄ごと書類を忘れたと言っていたし、きっとその中にスマートフォンもあるんだろうね」
 山近は横で大きなため息をついた。当然の反応だと思う。マンデラエフェクト考察会が後半になって生ハム試食会へと変わったあの日、皆川さんの提案で僕らはジャズバーに集まった記念写真を撮った。けれど、皆川さんは写真を送る時間がもったいないからと言って、すぐにスマートフォンを鞄にしまったのだ。
 皆川さんも山近とは違う意味で謎が多い人物だ。明るい性格かと思ったら不意に物悲しい表情を見せたり、しっかりした考え方をする人かと思ったらずぼらなところがあったり。僕は逆にそのちぐはぐさに人間味を感じて、皆川さんに親近感が湧く。記念写真の件では少し呆れたものの、僕らが全く怒っていないのが皆川さんを慕っている証だ。
「ん? それより山近、さっき僕を名前で呼んだ?」
「ああ。嫌だったかい?」
「いいや。正直、突然で驚いたけど……嬉しいよ。やっとクラスメイトから友人にレベルアップしたんだな」
 自然と僕の口角が上がる。
 初めて皆川さんと会った時、山近は自分の事を僕のクラスメイトだと紹介していた。今思えば、山近は僕より親しい関係であるはずの委員長の事も名前で呼んでいなかった。その山近が自ら僕に歩み寄ってくれた事はとても嬉しい。
 あまりにも自然に名前を呼ばれたものだから一瞬スルーしてしまったが、彼の気持ちに僕も応えたい。
「ありがとう、煌希。改めて、よろしくな」
 それまでけろっとした顔を僕に向けていた煌希は珍しく目が点になっていた。そのあと優しく目を細めて僕に微笑むと、すぐにはにかんだ様子で目線を逸らして俯いた。……おいおい、なんだこの空気は。むず痒い気持ちになってきたぞ。
 それにしても、まさかあの人見知りの煌希が皆川さんと頻繁に連絡を取り合っていたとは驚きだ。これまでもふたりは僕の知らないところでSF談義に花を咲かせていたのだろうか。だから今までのマンデラエフェクトの考察会で僕とマスターを間に挟んでも、ふたりだけであんなに話が進んだのだろう。煌希と皆川さんの親密な関係を知った今となっては、僕だけのけ者にされていたようで少しだけ寂しい気持ちになったけれど、こればっかりは知識量の差があるから仕方ない。
 僕は気を取り直して足を進めた。目的地はすぐそこだ。
「あれ、そういえば廣之くんも自分のスマホで撮影していなかった?」
「あ、忘れてた。ったく、皆川さんってば、写真を撮りたがる割には撮影が下手だったもんな。機械音痴なところは煌希にそっくりだ」
 ふと思い出したけど、煌希はファミリーレストランでドリンクバーの機械操作に戸惑っていた。学校でもなぜか古い携帯電話じゃなくて最新のスマートフォンを預けていたし、煌希は新しいものが苦手な可能性があるぞ。
 僕がいつもの仕返しで、ここ数ヶ月で身につけた推理力を無駄な事に使って煌希をからかうと、煌希は不愉快そうにムッとした表情で反論してきた。
「うるさいな。僕はアナログ派なんだ。悪い?」
「いや、僕も若者の文化にはうといから似たようなものだ。からかって悪かったよ」
「君だって若者じゃないか。廣之くんは相変わらずおかしな事を言うね」
 煌希はやれやれと言った感じで、呆れたように含み笑いをしていた。やっぱり真顔が多い煌希の新鮮な反応は面白い。今日だけで色々な表情が見れたのは、僕との距離が縮まった証拠だろう。
「そうだ。廣之くん、忘れない内に今僕らに写真を送ってくれ。その間に僕は先にジャズバーに行ってるよ」
「オッケー。すぐ終わらせる」
 あの角を曲がればジャズバーは見えてくるけど、煌希に頼まれた以上はここで一旦足を止めよう。僕も思い出した事は今の内にやっておきたい。
 僕は他の通行人の邪魔にならないよう、曲がり角の数歩手前で歩道の端に寄り、ショルダーバッグからスマートフォンを取り出してその場に立ち止まった。
「廣之くん!!」
 先に角を曲がっていた煌希が絶望的な叫び声を上げた。その声を聞き、スマートフォンを操作していた僕は飛び起きるように顔を上げる。
「早く来てくれ!」
 煌希のただならぬ言い方に僕はとてつもない不安を抱きながら急いで角を曲がり、ジャズバーがある場所に目を向けた。直後、視界に入った光景にドクンと心臓が大きく波打つ。
「そんな……嘘だろう?」
 目の前の光景が信じられない。
 それもそのはず。先日まであったはずのジャズバーがそこから忽然こつぜんと消えていたのだから。
 外は快晴。僕はセミの鳴き声を遠くで聞きながら、全身の血を凍らせるような寒さに身震いしていた。
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