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第十七話
冬の嵐《後編》
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成海は昨夜の話し合いで、廉斗たちに三年分の苦悩を打ち明けていた。その内容とは、「母親がなぜ廉斗を迎えに行ったのか知りながら、そのことをずっと誰にも話せなかった」というものだ。なんと事故の真相を伝えようとした成海の告白を何度も邪魔したのは、本人の意思ではないと言う。
呪いを受けた廉斗にとって、姉の身に起こったことは決して他人事ではなかった。
「それってつまり、悦子叔母さんが言ったことが現実になったってこと?」
廉斗は真実が詰まったパンドラの箱の中身を確認するため、成海に対して慎重に言葉を選んだ。
「うん。結果そうなったね。大袈裟だけど、あれが犯行予告だったのかも」
成海は自分がおかしなことを言っている自覚があった。
叔母は成海がそんなことを言っていないにも関わらず、「自分の姉に非があると言うのか」と、勝手に勘違いしたまま異論を挟み、暴走した。当時の叔母が成海に吐いた乱暴な言葉は、通常ならば他人に強制するには難しい内容だ。しかし、叔母は常人が実現できないことを見事に成し遂げた。
──そんなひどい事、私の前で二度と言わせない!!
叔母は成海を仇敵のように睨みつけ、怒りのままに手洗い台に拳を振り下ろして恫喝したという。怒りに震える叔母の発言と行動を、無理やり何かの概念に当てはめるのならば、それは成海の行動の自由を制限する洗脳に近かったのかもしれない。叔母がとった手段は洗脳にしては少しばかり手数が少なく、押しが弱い気もするが、成海に対しての効果は抜群だった。
成海が仕事としてやりたかった事は、秋田県では技術や知識を身に着けられなかった。それこそが成海が家を出た最大の理由なのだが、あくまでこれは表向きの理由だった。成海は自身が成長するにつれて、自分の身の回りに起こったことをあれこれ聞いてくる家族の存在を疎ましく思ってしまう。しかし、そんな日々にすら価値があったことを、成海は自分を心配してくれていた母親を喪ってから初めて知る。
家族と距離を取ったことを後悔していた成海の心境を思えば、これまでの叔母の発言がどれほど重かったか、誰にでも理解できるだろう。成海の心は、叔母から尖った言葉を放たれる前から、すでに深く傷付いていたのだ。
「そっか……。成海の言葉を奪ったのは、悦子叔母さんだったのか……」
「本当は決めつけるのは良くないんだけどね。でも、私が事故の真相を話せなくなったのは、他に心当たりがないもの」
自分に呪いをかけた犯人は誰なのか。廉斗の中でようやく導き出した答えが、今まで漠然と予想していた人物と完全に一致した。
廉斗は唇を噛みしめる。自身の心の霧がやっとか少し晴れたことよりも、自分の最初の推測が見当違いであったことに情けなさを感じていた。今はほんの一欠片でも、妹が犯人だと疑った自分を殴りたい気分だ。
「もしそれが事実なら、きっと僕もそう──」
「僕も? どういうこと? 廉斗も悦子叔母さんから、似たようなことを言われたの?」
成海は廉斗の口ぶりで弟の危機を感じ取り、少し怒ったような口調で声をかける。
廉斗はこの期に及んでまだ成海に自分の呪いについて話す気にはなれなかった。これから結婚する成海には、どうか何も背負わずに幸せになってほしい。弟の真摯な愛が、姉へ送る最適な言葉を導く。
「いや、それがあまり覚えていないんだ。母さんの通夜ですら、みんなの前で悦子叔母さんから何を言われたのか、記憶がぼんやりしている」
廉斗は成海の質問に対して答えをはぐらかす。
実際、彼が叔母との会話で覚えていることといえば、たった一言だけだ。
──絶対に許さないから。
成海は叔母とふたりきりで何度か話したと言うが、果たして自分にはそんな機会があったのだろうか。直感だが、叔母はまだ自分にだけ本性を現していない気がする。母親への異常な執着を見せていた彼女は、外堀から埋めるつもりではないのか。今度は自分から大切な人を奪うために──。
そんな恐ろしい考えが廉斗の頭によぎる。いつだって、廉斗は必ず最悪の想像をしてしまうのだ。
「もしかしたらさ……。廉斗は心の底から悦子叔母さんの記憶を消したかったんじゃないの? 悦子叔母さんの言葉があまりにもショックだったから、自分でも予想外に忘れちゃったのかもしれないよ」
成海は膝を抱えていた両手を身体の横に回し、ベッドシーツの上に手のひらを押し付けて前のめりになった。
「そうかな……?」
「うん。きっとそうだよ」
廉斗にしてみれば、いまいち腑に落ちない説だった。廉斗は理屈を抜きに、成海が唱えた説に対して心に刺さった棘の痛みで違和感を覚えた。
なぜ叔母を忘れていたのか。それは廉斗自身、いくら考えても分からなかったが、たった一言だけでも心を揺さぶるほど強烈な記憶だったのだ。むしろ忘れるはずがないと思う。
ところが、彼はまだ自分の心身の異常に気付いていなかった。
廉斗が両親への──とりわけ母親への罪悪感を最も掻き立てられる相手は、間違いなく叔母であった。叔母は美香よりも容赦なく彼を責め立てる。廉斗が叔母の存在を記憶から消したがったのは、何ら不自然ではない。妙なのは、廉斗の記憶力だ。本来、人間の脳は不思議と、嫌なことを強く記憶してしまうものである。それが廉斗の場合、叔母に関してだけはなぜか逆の現象が起こったのだ。その異変は何から由来するものか、まだ誰も知らなかった。
「そりゃあショックは受けただろうけど、僕が悦子叔母さんの記憶を消したがっていたって? もし僕が心のどこかでそう思っていたとしたら、本当に忘れるなんて、とんでもない身の程知らずだな」
「廉斗、何を言っているの? 廉斗は何も悪くないんだよ。もうそんな言い方をしなくていいんだってば」
成海は自嘲して微笑む廉斗を見て、胸が締め付けられた。昨夜、三人でのあの話し合いはなんだったのか。どうか自分を大切にしてほしい。負い目ばかり感じている弟への想いが伝わらず、悲しくてやるせない気持ちが、成海の心を満たす。
廉斗は無意識で自分の喉元に触れた。彼が自覚なくそこに爪を立てたところで、表面に残った青痣に変化はない。秋や冬の時期だけは、ハイネックの厚めの生地が、廉斗が心に受けた傷を隠してくれるのだ。この傷の数だけ、声を押し殺して泣いた日々がある。恐らく、自分はこの傷よりも多くの人間に不幸を押し付けたのだろう。
廉斗はこの時ばかりは、自分を心から心配してくれる姉の目が見られなかった。
「成海、僕だってずっと母さんの事故は自分のせいだと思っていたんだ。悦子叔母さんが僕を責める気持ちはわかるよ」
「廉斗ってば……。どこまでも他人を優先するんだから……」
成海は自己犠牲精神が強い弟に頭を抱える。廉斗の自己肯定感を高めるには、この先も苦心しそうだが、できるなら早めに過去と決着をつけたい。今度こそ、誰も置いていかないよう、家族全員で幸せな未来を歩むためにも──。
成海は廉斗への説得を続けるべく、意を決して自分の内にある暗い記憶の海の中へ飛び込んだ。
「さっき言ったでしょう? 廉斗が悦子叔母さんの記憶を消しちゃったのは、無理もないの。だって……私もずっと忘れたかったから」
途端に成海の声が弱々しくなる。廉斗は姉の異変を感じ取り、下げていた視線を成海に向けた。
成海は自分を抱きしめるように身を縮めて、垂れた片腕を反対の手で握っていた。
成海が思い起こしていたのは、母親が火葬される日、叔母とふたりきりになった時の会話だ。先ほどあえて廉斗には話さなかったが、叔母が成海の自由を奪うような発言をした後、叔母の怒りはヒートアップした。
──何もかも全部、全部! あの男のせいなんだから!! あいつが全部めちゃくちゃにしたのよ!
成海は泣き叫ぶ叔母に、得体の知れない恐怖を感じて吐き気すら覚えた。
叔母は火葬炉の位置を指を指しながら、成海に静かに告げる。
──これからあんたも姉さんが燃えて骨になったところを見るんでしょう? だったら、あの炎の前で心に焼き付けてよ。私から姉さんを……母親の命を奪ったのは、自分の弟なんだって。
復讐に燃える叔母は、言葉巧みに成海を暗闇に誘う。成海の胸に突き刺さったのは、叔母の心無い言葉の数々だった。
──ねえ、そんな弟を持って幸せ? あんたの弟は今までどんな気持ちで泣いていたの? 私に教えてよ。お姉ちゃんなら、わかるでしょう?
叔母は絶句する成海の足元をすくうべく鼻で笑っていたが、いつまで経っても返事をしない成海に痺れを切らし、再び彼女に咎めるような視線を投げる。その瞳には、すでに大粒の涙が溜まっていた。この時の叔母は、誰がどう見ても情緒不安定だった。
──あんたたちを産んだ姉さんが一番可哀想だわ。人殺しの弟と同じように、あんたも一生悔やみなさい。
叔母の頬に涙が伝うのと同時に、成海の心は激しく動揺した。
これが、成海に仕掛けられた呪いの正体だった。
「ここまで来たら、悦子叔母さんの暴走を止めないと危険だよ」
傷口に染みるような冷たい風で、部屋の窓が苦しげに揺れた。
廉斗は成海の言葉に反応して唾を飲み込んだ。それでもまだ喉の粘膜に小さい棘が刺さっているような、鈍い痛みがある。そんなにこの部屋は乾燥していただろうか。
「どうやら叔母さん、今度は美香に接触しているみたいなの」
パンドラの箱から飛び出した災いの勢いが増す。
窓を叩く氷の息吹は、今や彼ら三人姉弟の心の古傷にまで到達しようとしていた。
「発達する低気圧の影響で、今夜から明日にかけて全国的に風が強く吹き、北日本や北陸などでは雪やあられが降って、荒れた天気となる予想です」
女はテーブルに散らばっていた書類から目を離し、顔を上げると、音声が聞こえてきたテレビを見つめた。
「あら、そうなの。残念ね……。もしかして、『会うのはまだ早いから行くな』ってことかしら」
居間にあるお気に入りの椅子に座っている女は、テレビの音声をBGM代わりに聞きながら、肩は優に超える長い髪を櫛で梳かしていた。女が見つめる先、テレビ画面には大きな見出しで「明日は冬の嵐。大雪や暴風に警戒」と書かれたテロップが映し出されている。続けて、この先、一週間分の天気予報が報じられた。どうやら来週は落ち着いた天気になりそうだ。
「そろそろあの子に会う準備をしなくちゃね。呪いを刻まれて今どんな様子か、この目で見るのが楽しみだわ」
女の艷やかな唇が不気味な弧を描く。
彼女は普段、美魔女と評されるほどの美貌を兼ね備えているが、この時ばかりは醜い感情を惜しみなく表に曝け出していた。
呪いを受けた廉斗にとって、姉の身に起こったことは決して他人事ではなかった。
「それってつまり、悦子叔母さんが言ったことが現実になったってこと?」
廉斗は真実が詰まったパンドラの箱の中身を確認するため、成海に対して慎重に言葉を選んだ。
「うん。結果そうなったね。大袈裟だけど、あれが犯行予告だったのかも」
成海は自分がおかしなことを言っている自覚があった。
叔母は成海がそんなことを言っていないにも関わらず、「自分の姉に非があると言うのか」と、勝手に勘違いしたまま異論を挟み、暴走した。当時の叔母が成海に吐いた乱暴な言葉は、通常ならば他人に強制するには難しい内容だ。しかし、叔母は常人が実現できないことを見事に成し遂げた。
──そんなひどい事、私の前で二度と言わせない!!
叔母は成海を仇敵のように睨みつけ、怒りのままに手洗い台に拳を振り下ろして恫喝したという。怒りに震える叔母の発言と行動を、無理やり何かの概念に当てはめるのならば、それは成海の行動の自由を制限する洗脳に近かったのかもしれない。叔母がとった手段は洗脳にしては少しばかり手数が少なく、押しが弱い気もするが、成海に対しての効果は抜群だった。
成海が仕事としてやりたかった事は、秋田県では技術や知識を身に着けられなかった。それこそが成海が家を出た最大の理由なのだが、あくまでこれは表向きの理由だった。成海は自身が成長するにつれて、自分の身の回りに起こったことをあれこれ聞いてくる家族の存在を疎ましく思ってしまう。しかし、そんな日々にすら価値があったことを、成海は自分を心配してくれていた母親を喪ってから初めて知る。
家族と距離を取ったことを後悔していた成海の心境を思えば、これまでの叔母の発言がどれほど重かったか、誰にでも理解できるだろう。成海の心は、叔母から尖った言葉を放たれる前から、すでに深く傷付いていたのだ。
「そっか……。成海の言葉を奪ったのは、悦子叔母さんだったのか……」
「本当は決めつけるのは良くないんだけどね。でも、私が事故の真相を話せなくなったのは、他に心当たりがないもの」
自分に呪いをかけた犯人は誰なのか。廉斗の中でようやく導き出した答えが、今まで漠然と予想していた人物と完全に一致した。
廉斗は唇を噛みしめる。自身の心の霧がやっとか少し晴れたことよりも、自分の最初の推測が見当違いであったことに情けなさを感じていた。今はほんの一欠片でも、妹が犯人だと疑った自分を殴りたい気分だ。
「もしそれが事実なら、きっと僕もそう──」
「僕も? どういうこと? 廉斗も悦子叔母さんから、似たようなことを言われたの?」
成海は廉斗の口ぶりで弟の危機を感じ取り、少し怒ったような口調で声をかける。
廉斗はこの期に及んでまだ成海に自分の呪いについて話す気にはなれなかった。これから結婚する成海には、どうか何も背負わずに幸せになってほしい。弟の真摯な愛が、姉へ送る最適な言葉を導く。
「いや、それがあまり覚えていないんだ。母さんの通夜ですら、みんなの前で悦子叔母さんから何を言われたのか、記憶がぼんやりしている」
廉斗は成海の質問に対して答えをはぐらかす。
実際、彼が叔母との会話で覚えていることといえば、たった一言だけだ。
──絶対に許さないから。
成海は叔母とふたりきりで何度か話したと言うが、果たして自分にはそんな機会があったのだろうか。直感だが、叔母はまだ自分にだけ本性を現していない気がする。母親への異常な執着を見せていた彼女は、外堀から埋めるつもりではないのか。今度は自分から大切な人を奪うために──。
そんな恐ろしい考えが廉斗の頭によぎる。いつだって、廉斗は必ず最悪の想像をしてしまうのだ。
「もしかしたらさ……。廉斗は心の底から悦子叔母さんの記憶を消したかったんじゃないの? 悦子叔母さんの言葉があまりにもショックだったから、自分でも予想外に忘れちゃったのかもしれないよ」
成海は膝を抱えていた両手を身体の横に回し、ベッドシーツの上に手のひらを押し付けて前のめりになった。
「そうかな……?」
「うん。きっとそうだよ」
廉斗にしてみれば、いまいち腑に落ちない説だった。廉斗は理屈を抜きに、成海が唱えた説に対して心に刺さった棘の痛みで違和感を覚えた。
なぜ叔母を忘れていたのか。それは廉斗自身、いくら考えても分からなかったが、たった一言だけでも心を揺さぶるほど強烈な記憶だったのだ。むしろ忘れるはずがないと思う。
ところが、彼はまだ自分の心身の異常に気付いていなかった。
廉斗が両親への──とりわけ母親への罪悪感を最も掻き立てられる相手は、間違いなく叔母であった。叔母は美香よりも容赦なく彼を責め立てる。廉斗が叔母の存在を記憶から消したがったのは、何ら不自然ではない。妙なのは、廉斗の記憶力だ。本来、人間の脳は不思議と、嫌なことを強く記憶してしまうものである。それが廉斗の場合、叔母に関してだけはなぜか逆の現象が起こったのだ。その異変は何から由来するものか、まだ誰も知らなかった。
「そりゃあショックは受けただろうけど、僕が悦子叔母さんの記憶を消したがっていたって? もし僕が心のどこかでそう思っていたとしたら、本当に忘れるなんて、とんでもない身の程知らずだな」
「廉斗、何を言っているの? 廉斗は何も悪くないんだよ。もうそんな言い方をしなくていいんだってば」
成海は自嘲して微笑む廉斗を見て、胸が締め付けられた。昨夜、三人でのあの話し合いはなんだったのか。どうか自分を大切にしてほしい。負い目ばかり感じている弟への想いが伝わらず、悲しくてやるせない気持ちが、成海の心を満たす。
廉斗は無意識で自分の喉元に触れた。彼が自覚なくそこに爪を立てたところで、表面に残った青痣に変化はない。秋や冬の時期だけは、ハイネックの厚めの生地が、廉斗が心に受けた傷を隠してくれるのだ。この傷の数だけ、声を押し殺して泣いた日々がある。恐らく、自分はこの傷よりも多くの人間に不幸を押し付けたのだろう。
廉斗はこの時ばかりは、自分を心から心配してくれる姉の目が見られなかった。
「成海、僕だってずっと母さんの事故は自分のせいだと思っていたんだ。悦子叔母さんが僕を責める気持ちはわかるよ」
「廉斗ってば……。どこまでも他人を優先するんだから……」
成海は自己犠牲精神が強い弟に頭を抱える。廉斗の自己肯定感を高めるには、この先も苦心しそうだが、できるなら早めに過去と決着をつけたい。今度こそ、誰も置いていかないよう、家族全員で幸せな未来を歩むためにも──。
成海は廉斗への説得を続けるべく、意を決して自分の内にある暗い記憶の海の中へ飛び込んだ。
「さっき言ったでしょう? 廉斗が悦子叔母さんの記憶を消しちゃったのは、無理もないの。だって……私もずっと忘れたかったから」
途端に成海の声が弱々しくなる。廉斗は姉の異変を感じ取り、下げていた視線を成海に向けた。
成海は自分を抱きしめるように身を縮めて、垂れた片腕を反対の手で握っていた。
成海が思い起こしていたのは、母親が火葬される日、叔母とふたりきりになった時の会話だ。先ほどあえて廉斗には話さなかったが、叔母が成海の自由を奪うような発言をした後、叔母の怒りはヒートアップした。
──何もかも全部、全部! あの男のせいなんだから!! あいつが全部めちゃくちゃにしたのよ!
成海は泣き叫ぶ叔母に、得体の知れない恐怖を感じて吐き気すら覚えた。
叔母は火葬炉の位置を指を指しながら、成海に静かに告げる。
──これからあんたも姉さんが燃えて骨になったところを見るんでしょう? だったら、あの炎の前で心に焼き付けてよ。私から姉さんを……母親の命を奪ったのは、自分の弟なんだって。
復讐に燃える叔母は、言葉巧みに成海を暗闇に誘う。成海の胸に突き刺さったのは、叔母の心無い言葉の数々だった。
──ねえ、そんな弟を持って幸せ? あんたの弟は今までどんな気持ちで泣いていたの? 私に教えてよ。お姉ちゃんなら、わかるでしょう?
叔母は絶句する成海の足元をすくうべく鼻で笑っていたが、いつまで経っても返事をしない成海に痺れを切らし、再び彼女に咎めるような視線を投げる。その瞳には、すでに大粒の涙が溜まっていた。この時の叔母は、誰がどう見ても情緒不安定だった。
──あんたたちを産んだ姉さんが一番可哀想だわ。人殺しの弟と同じように、あんたも一生悔やみなさい。
叔母の頬に涙が伝うのと同時に、成海の心は激しく動揺した。
これが、成海に仕掛けられた呪いの正体だった。
「ここまで来たら、悦子叔母さんの暴走を止めないと危険だよ」
傷口に染みるような冷たい風で、部屋の窓が苦しげに揺れた。
廉斗は成海の言葉に反応して唾を飲み込んだ。それでもまだ喉の粘膜に小さい棘が刺さっているような、鈍い痛みがある。そんなにこの部屋は乾燥していただろうか。
「どうやら叔母さん、今度は美香に接触しているみたいなの」
パンドラの箱から飛び出した災いの勢いが増す。
窓を叩く氷の息吹は、今や彼ら三人姉弟の心の古傷にまで到達しようとしていた。
「発達する低気圧の影響で、今夜から明日にかけて全国的に風が強く吹き、北日本や北陸などでは雪やあられが降って、荒れた天気となる予想です」
女はテーブルに散らばっていた書類から目を離し、顔を上げると、音声が聞こえてきたテレビを見つめた。
「あら、そうなの。残念ね……。もしかして、『会うのはまだ早いから行くな』ってことかしら」
居間にあるお気に入りの椅子に座っている女は、テレビの音声をBGM代わりに聞きながら、肩は優に超える長い髪を櫛で梳かしていた。女が見つめる先、テレビ画面には大きな見出しで「明日は冬の嵐。大雪や暴風に警戒」と書かれたテロップが映し出されている。続けて、この先、一週間分の天気予報が報じられた。どうやら来週は落ち着いた天気になりそうだ。
「そろそろあの子に会う準備をしなくちゃね。呪いを刻まれて今どんな様子か、この目で見るのが楽しみだわ」
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