愛を生かすための呪い

藤崎 柚葉

文字の大きさ
30 / 30
第三十話

医療崩壊《後編》

しおりを挟む
 ここでやっとふたりの内のどちらかの既読が確認できた。それからしばらく時間が空き、恭平に宛てられたメッセージがひとつだけ届く。
 ここから先のやり取りは、全てゆっくりと時間をかけて行われた。
『恭平はどうやってこの情報に辿り着いたんだ?』
 廉斗からの返事だ。しかし、恭平が送った内容についての感想ではない。とはいえ、頭ごなしに否定されているわけではないと思われる。
 恭平はについて、廉斗から反応があった嬉しさを一旦隅に追いやり、なるべく冷静に、かつ正直に打ち明けた。
『SNSで回ってきた。周りに今の感染対策を変だと思う人がいなくて、八方塞がりでさ。SNSを検索したら、俺よりももっと鋭い指摘がたくさん出てきたんだ』
『そうか。でも、SNSの情報なら信用できないな。情報源として偏っているだろ』
 数分の間が空いてからの拒絶。親友からきっぱりと相反する意見を述べられたが、ここで怯むわけにはいかない。大勢の命を奪った波は、自分たちのすぐ目の前まで迫ってきているのだ。
 くだんの情報を集める恭平の頭の片隅には、常に親友ふたりの存在があった。彼の人の幸福を願う優しさに、真の勇気が宿る。その勇気とは、虚ろの世界を彷徨う愛する人に厳しい現実を告げることだった。
『テレビのニュースこそ、今の感染対策に肯定的な意見ばかりで偏っていないか? ろくな討論番組すらないし、反対意見どころか、感染対策や■■■の検査方法に疑問を呈した学者は二度と出演できやしない。なぜ全員の同意を得る前に他の道を閉ざす? 絶対に正確な情報なら、堂々と議論すればいいのに、どう考えても力でねじ伏せているこの流れは不自然だろ。つまり、俺たちは本来なら公正であるはずのメディアによって、たった一つの思想だけを受け入れるように強要されているじゃないか』
 最終的に一般市民の手元に残った情報というのは、誰かの指図で報道する、しないを選んだ末にでもあるのだ。情報を自由に操れる者は、この先の結末を自由に描ける者である。
 私たちが抱いている思想は受け売りで、得体のしれない誰かの欲望を満たすためだけに存在しているような不安定さがある。普通、多くの人間は「自分に限って洗脳されるはずがない」と思って過ごしている。 しかし、それは単なる理想であり、感情論だ。人々を誘導するための情報こそ、感情に強く訴えてくる。だから人々は自分がおかしな状況にいることに気付かない。洗脳の成功とは、最後まで相手に洗脳だと気付かせないことだ。
 歴史の大転換期とは、政治が暴走した時である。近代における革命の主役は大衆だ。ということは、大衆をいかに意図した方向に誘導するかが鍵となる。社会が混乱する前、今ではメディアを通した偏向報道で民衆の恐怖感情を揺さぶってくるか、お人好しな日本人の善意に訴えて、過去に優秀な人々が築き上げた、共存のための文明の破壊を迫る。暴走した政治はプロパガンダであることを隠し、民衆の選択肢を絞った状態で、狙った層が生存する可能性を握り潰しているのだ。
 民衆の生殺与奪の権は、情報の支配者の手中にある。今だと政府と、メディアと、企業が利益相反の関係であり、彼らは芸能人の不倫などのゴシップの裏で、自分たちの都合の良いように法律を作り替え、国家予算を湯水のように使っているのだ。反対者と共存することを拒んだ状況下での民主主義は、偽りのものである。
『これまで国の言う通りにしてどうなった? ■■■ワクチンで亡くなっても、薬害がなかったことにされているぞ。それと、ノーマスクの人を目の敵にして誹謗中傷するマスク警察の登場に、濃厚接触者を中心に感染経路を追跡調査してプライバシー無視、感染者や越境者や大人数で集まっている人がいたら監視して密告。挙げ句には、偽情報対策と称してメディアやSNSの情報検閲と言論弾圧。日本は全体主義国家にでもなったのか? 俺だってとても息苦しいよ。それもあるから自殺者が■■■前より増えたんだろ』
 恭平たちが生きる日本社会にあるのは、暴走した民主主義だ。実は国を動かしているのは、大衆に選ばれた少数のエリートからなる小集団ではない。いつの頃からだろう。他者と同質であることを好む大規模な集団──つまりは大衆が、反対者と共存することを拒否し、対話することなく徹底して排除することで時代を支配してきたのだ。
 大衆の上に立つリーダーは、大衆が選んだ人物ではない。大衆が自ら支持して選んだと思い込ませている詐欺師のような人物だ。詐欺師の虚言を信じる大衆がいる限り、リーダーと同じように自分の利害や欲望にのみ従って暴力的に行動する人間は絶えない。自己閉塞的な思想に染まった民意は悪用され、大衆の手で従来の共存のための制度を破壊し、偽の民主制は誕生した。凡俗であるリーダーは、自分の欲望のままに人々を扇動して、大衆が信仰している歪んだルールや常識、もはや宗教化した科学を政治的に利用しているだけにすぎないのだ。両者は共依存の関係にあると言えよう。
 なお、ここで言う「大衆」とは、階級的な概念ではない。スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットが唱えた、自らの政治的諸権利と高い生活水準を当然だと考え、自らを律する規範や使命を持たず、凡庸であることに甘んじる人物を指す。その特徴を端的に言うと、彼らは他責思考であるがゆえに他人に流されやすいのだ。
『恭平は国が発信する情報だから信用できないのか?』
『そうだよ。今回の茶番劇で目が覚めた。情報の選別も他人任せじゃ駄目なんだ。俺たちは最初から殺人ウイルスとの生存競争なんてしていない。なんせどこの都道府県の行政も、議会で新型■■■ウイルスの病原体を立証できていないと正式に回答したんだ。俺たちは無駄な感染対策で経済も疲弊し、心身ともに犠牲になっているだけなんだよ。今行われているのは情報操作、分断工作、まるで内戦状態だ』
 恭平は独裁政治のような状態の国家が、自国民に仕掛ける戦争の存在を知っていた。その戦争の道具の一つが、二元論での論争だ。二元論の対立の発端は例えば「政府」対「国民」、「左翼」対「右翼」、宗教間の対立、民族間の対立などがあり、これらはどちらが勝っても得るものはない。そればかりか自国が消耗し、国の損失になるだけだ。
 さて、これで自らの手を汚さずとも、一国家を容易に掌握できる方法が判明した。今や戦争の道具は核兵器やミサイルではない。かといって被害範囲が予想できないバイオテロでもない。近代における戦争の道具は、ジェノサイドについて目に見える証拠が存在しにくい。それは増税などによる経済制裁と、集団の生活を疾病予防という名目でコントロールできる公衆衛生だ。これは他国を侵略する場合においても実に有効な手立てである。
 このようにして日本の内戦状態を誘発し、漁夫の利を得ようと目論んでいる者はいないだろうか。それとも、これも国内で陰謀論だと跳ね除けられ、議論の余地は微塵も残されていないのだろうか。この世が競争社会である限り、これらが陰謀である可能性はゼロではないと言うのに。
 国の暴挙が目立つ中、一般人への■■■ワクチン接種が迫っている。もう時間がない。恭平は何としてもここで友の■■■ワクチン接種を引き留めなければならなかった。それが彼の使命になっていたのだ。
『国が僕らを騙すとは到底思えないよ。この未曾有の危機に政府も、公務員も、医療従事者も、その他のみんなも必死に対応している。その努力が全部無駄かどうかは、■■■が終息した頃に分かるよ。それにさ、恭平はワクチンに対して賛成と反対、それぞれの論文を読んだのか?』
 廉斗は世間に逆行する恭平に不信感を募らせる。
『読んだよ。今や調べれたらネットに文書が当たり前のようにあるんだ。難解な論文を動画やブログで解説してくれる有志ある医者もいる。専門家が解説してくれる構図はテレビと同じだろ? まあ、インフルエンサーの案件と同じで、テレビもスポンサーである民間企業の商品は悪く言えないし、論文もだいだいは製薬会社がスポンサーだから、実験結果はあまり信用できないけど……』
 歴史が語るように、大衆への明らかな思想の誘導は、情報発信者側が利益を得るためなのか。
 ここに一つの疑惑がある。テレビの御用学者たちは、テレビ局から得られる出演報酬以外にも、番組のスポンサーであり、■■■ワクチンを開発した製薬会社から「原稿執筆料」「監修料」「コンサルティング等業務委託費」「講師謝金」などの謝礼金を受け取っていた。だからこそ、放送局や出演者はスポンサーの商品が当たり前のように売れるためにも、商品に関わる全ての事象について不利となる内容の報道や発言はできなかったのだ。
 権威に首のリードを握られた。マスメディアの真の役目とは、市民の娯楽になるのではなく、大衆の思想をコントロールして、広告主の儲けために彼らの血の出るような金を捧げることだ。民間放送は番組そのものが広告だ。広告主とメディアの間に立つのは、優秀な広告代理店である。広告代理店のビジネスモデルは、媒体から広告枠を仕入れて広告主に販売し、その手数料を得るというもので、これがあまりにも高額ならば、それは世間で非難されている「中抜き」にあたる。
 そして放送権に関する行政は、総務省のテレビ監督部門が管轄している。放送法や電波法などの法律に基づき、放送の健全な発達を図るための政策を推進しているが、その政策の一つに放送分野における外資規制がある。これは放送事業者への外国資本の出資を制限する規制で、その目的は、外国資本による言論や報道への支配を防ぐことだ。
 それに関連して、この問題を槍玉に挙げよう。二〇二四年の四月、令和二年度の国家予算で、日本政府は動画投稿者を起用した■■■ワクチンのPR動画などに関する『戦略的広告費』に、二十四億二千万円を計上していたことがジャーナリストの独自調査で発覚した。二〇二〇年に■■■禍になり、企業の広告費が激減した各テレビ局には、その穴埋めとなる政府広報費が舞い込む。その代わり■■■ワクチン接種を推奨するコマーシャルを流すのが金を受け取る条件だ。その他にも動画投稿者が広告代理店からの依頼で、■■■ワクチン接種に前向きな動画を一本作り、数百万円を手に入れた企業案件が多数あった。二〇二二年四月末頃には、■■■予備費十二兆円のうち九割の十・八兆円が使途不明であることが判明する。この使徒不明金の一部が、広告代理店とインフルエンサーに渡っている可能性は十分にある。
 これらを踏まえて、今の日本の現状が健全かどうかは言うまでもない。
『とにかく俺は■■■ワクチンの添付文書も読んで、劇薬扱いで動物実験すら数回なのを確認した。それに市の保健所から接種券が届いたけど、そこにも『感染予防効果は明らかになってない』って書かれていたぞ。変じゃないか? じゃあ、何のために予防効果が不確実なものを射つんだよ。普通、得体のしれない物質を体に取り入れるのは怖くて躊躇ためらうだろ』
『それは恭平の考えを押し付けているのか? 恭平は一般的じゃない価値観を広めようとしてることを自覚した方がいいと思う』
 親友と争いたくないのに、どうしてうまくいかないのだろう。このままだと少なくとも医薬品開発研究者を目指す廉斗は、何の疑いも抱くことなく、人体実験中の薬品を体内に取り込むだろう。
 友の説得を試みる恭平はジレンマに陥る。説得を優先すれば親友との間に亀裂が生まれ、説得を諦めれば彼の身を危険に晒すことになる。
『これ以上、僕を惑わさないでくれ。僕はもう何も奪われたくないんだ』
 廉斗にとって、医薬品開発研究者になることは、生きるための大きな希望であり、両親に対する罪滅ぼしでもあった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...