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其の一の三
③
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その夜。
お可奈は、夕食をともにしている両親に向かって言った。
「今日はなんだか調子が良くないの。だから早寝する」
その言葉に母親のお松の顔色が変わった。
お可奈は利左エ門とお松の大事な大事な一人娘である。
お松はおろおろと慌て、利左エ門も心配そうにお可奈を見ている。
「それは大変な。お医者様を呼びしましょうか? お薬でも飲んだ方がいいんじゃないの? 風邪でもひいたかねえ」とお松は心配そうにお可奈の顔を覗きこんだ。
「大丈夫、早寝すれば良くなるわ。ちょっと疲れただけだから」
お可奈は嘘がばれてはならないとお松から顔をそむけた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だから、今夜は食事がすんだら早めに寝るから、そうすれば良くなる」
まだ、利左エ門とお松が食事をしている最中だったが、お可奈は言った通りに食事を早々に終えて部屋に戻っていった。
利左エ門はお可奈が部屋を出て障子を閉めると、食事の箸を止め心配そうに小さくため息をついた。
「後で、お可奈の様子を見に行きなさい」
「言われなくったってそうしますよ」
当たり前じゃあないいですかと言わんばかりのお松である。
「何を、素直に返事をすればいいじゃないか」
「旦那様こそ見に言ったらどうですか?」
「娘の部屋だぞ」
「何を、自分の娘の部屋じゃあないですか」
愛娘の事となると、普段仲睦まじい利左エ門夫婦も口げんかとなる。
そんな言い合いをして後、お松がお可奈の部屋の様子を見に行った。
すっと障子を開けるとお可奈の静かな寝息が聞こえた。
「よく寝ているようだわ」
音を立てないようにまた障子を閉め、ちゃんと寝ているお可奈に少し安心したお松だった。
廊下をそっと歩き去っていくお松を、お可奈は布団の中で寝た振りをしてじっと聞き耳を立てていた。
部屋の外が静かになったのを感じそっと布団から起き上る。
そして、今寝ていた布団の中に人が寝ているようなふくらみを創る為、昼間、布団部屋から運んでおいた一枚の布団を中に入れた。あたかも自分が寝ているような格好を作る。
お可奈は自分の足音に気を付けながらそっと部屋を出た。
裏口へ向うと、為松はもう裏口でお可奈を待っていた。
「為松ちゃん、早かったわね。番頭の秋助や佐吉達はごまかせた?」
「はい、今日は早くに部屋に戻って、今は布団の中にいると思ってます」
「ふふ、私と同じだわ」
お可奈の嬉しそうで弾んだ声を聞いて、これで良かったのだと為松は思った。
自分がここに来なかったら、本当にこの人は一人でも外へ出ただろう。
お可奈一人でこんな時間に外を歩かせることは出来ないと、半分、これは自分の運命なのだと覚悟し、何があろうとお可奈を守ろうと決意していた。
「それより、お可奈ちゃん、何を後ろ手に持ってるの?」
「木刀よ」
お可奈は後ろに隠し持っていた木刀を為松に見せた。
「木刀なんて。私が持ちますよ」
「何言ってんの。伊達に剣術を習ってるんじゃないわよ。ちゃあんと使えるんだから。何かあったら困るでしょ。こんな時の為におとっつぁんに無理言って稽古してるのよ。為松ちゃんは私が守る」
「お嬢様を守るのは私のお役目です。だから付いて行くんじゃないですか」
「為松ちゃんは、そばに付いてくれればいいの。それだけで心強いんだから。頼りにしてるの。」
「心強い……」
男の自分を守ると言われ自尊心が傷つきかけたが、お可奈の一言にちょっと嬉しい為松だった。
「なんだか楽しいわ。為松ちゃんと私だけの秘密だよね」
「だけど、お可奈ちゃん。そう長い時間表には出てられないよ」
「わかってるって」
このような嬉しそうなお可奈を見るたびに、その喜ぶ顔に抗う事の出来ない自分がいることを為松は思い知るのだった。
お可奈は、夕食をともにしている両親に向かって言った。
「今日はなんだか調子が良くないの。だから早寝する」
その言葉に母親のお松の顔色が変わった。
お可奈は利左エ門とお松の大事な大事な一人娘である。
お松はおろおろと慌て、利左エ門も心配そうにお可奈を見ている。
「それは大変な。お医者様を呼びしましょうか? お薬でも飲んだ方がいいんじゃないの? 風邪でもひいたかねえ」とお松は心配そうにお可奈の顔を覗きこんだ。
「大丈夫、早寝すれば良くなるわ。ちょっと疲れただけだから」
お可奈は嘘がばれてはならないとお松から顔をそむけた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だから、今夜は食事がすんだら早めに寝るから、そうすれば良くなる」
まだ、利左エ門とお松が食事をしている最中だったが、お可奈は言った通りに食事を早々に終えて部屋に戻っていった。
利左エ門はお可奈が部屋を出て障子を閉めると、食事の箸を止め心配そうに小さくため息をついた。
「後で、お可奈の様子を見に行きなさい」
「言われなくったってそうしますよ」
当たり前じゃあないいですかと言わんばかりのお松である。
「何を、素直に返事をすればいいじゃないか」
「旦那様こそ見に言ったらどうですか?」
「娘の部屋だぞ」
「何を、自分の娘の部屋じゃあないですか」
愛娘の事となると、普段仲睦まじい利左エ門夫婦も口げんかとなる。
そんな言い合いをして後、お松がお可奈の部屋の様子を見に行った。
すっと障子を開けるとお可奈の静かな寝息が聞こえた。
「よく寝ているようだわ」
音を立てないようにまた障子を閉め、ちゃんと寝ているお可奈に少し安心したお松だった。
廊下をそっと歩き去っていくお松を、お可奈は布団の中で寝た振りをしてじっと聞き耳を立てていた。
部屋の外が静かになったのを感じそっと布団から起き上る。
そして、今寝ていた布団の中に人が寝ているようなふくらみを創る為、昼間、布団部屋から運んでおいた一枚の布団を中に入れた。あたかも自分が寝ているような格好を作る。
お可奈は自分の足音に気を付けながらそっと部屋を出た。
裏口へ向うと、為松はもう裏口でお可奈を待っていた。
「為松ちゃん、早かったわね。番頭の秋助や佐吉達はごまかせた?」
「はい、今日は早くに部屋に戻って、今は布団の中にいると思ってます」
「ふふ、私と同じだわ」
お可奈の嬉しそうで弾んだ声を聞いて、これで良かったのだと為松は思った。
自分がここに来なかったら、本当にこの人は一人でも外へ出ただろう。
お可奈一人でこんな時間に外を歩かせることは出来ないと、半分、これは自分の運命なのだと覚悟し、何があろうとお可奈を守ろうと決意していた。
「それより、お可奈ちゃん、何を後ろ手に持ってるの?」
「木刀よ」
お可奈は後ろに隠し持っていた木刀を為松に見せた。
「木刀なんて。私が持ちますよ」
「何言ってんの。伊達に剣術を習ってるんじゃないわよ。ちゃあんと使えるんだから。何かあったら困るでしょ。こんな時の為におとっつぁんに無理言って稽古してるのよ。為松ちゃんは私が守る」
「お嬢様を守るのは私のお役目です。だから付いて行くんじゃないですか」
「為松ちゃんは、そばに付いてくれればいいの。それだけで心強いんだから。頼りにしてるの。」
「心強い……」
男の自分を守ると言われ自尊心が傷つきかけたが、お可奈の一言にちょっと嬉しい為松だった。
「なんだか楽しいわ。為松ちゃんと私だけの秘密だよね」
「だけど、お可奈ちゃん。そう長い時間表には出てられないよ」
「わかってるって」
このような嬉しそうなお可奈を見るたびに、その喜ぶ顔に抗う事の出来ない自分がいることを為松は思い知るのだった。
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