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ささやかな幸せ①
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いつもの駅。
奈那子が高校へ向かういつもの通学路だった。
駅周辺でティッシュを配る光景は当たり前の光景。というか時々歩くのが邪魔でうざったくなるほどたくさんの人がチラシやティッシュ、フリーペーパーのタウン誌や試供品などを配っていた。
あまりの多さにめんどうくさくなりわざわざ遠回りをすることもあったが
「そういう人はとにかく早く配り終えて帰りたいんだよ。あの人たちも仕事だから大変なんだよ。もらってあげるのがあの人たちにとってはいいことなんだって」
と言う友人の言葉に、奈那子はなるたけ差し出されるものは受け取っていた。
特に今日のような寒い日は、あれを配り終えるまで震えながら立っているのか思うと気の毒で受け取らずに入られなかった。
そして、そのチラシもなにげなく受け取った。
配っていたのは二十歳前後の女の子。
「ありがとうございます! 」
元気のいい声に何のチラシを渡されたのか歩きながら確かめてみる。
ギャラクシーボウイ? ライブハウス?
奈那子の知らない世界のチラシだ。
奈那子はまだ十六になったばかりの高校一年生。
ライブハウスになど行ったことがなかった。
そのチラシにはバンドのメンバーらしき男性の写真が刷られていた。
整った顔立ち。
奈那子はなんとなく引かれてじっと見入っていた。
おいでよ!
「えっ! 」
チラシから声がする。
奈那子は立ち止まってチラシを裏返したり表を見たり何か仕掛けがあるのではないかと確かめてみた。
最近の高度な技術は、街に張ってあるポスターから音が出たりすることが可能になっていたりする。そんな技術もあるのだから紙から声が出ても不思議ではないのかもしれない。もしかしたらそんなこともあるのかもと奈那子は思った。
だが、街行く人々に配る何百枚のチラシにそんなコストが高くつくようなことをするだろうか。自分の空耳ではないのかと今度は注意深くチラシを見てみる。すると、今度は写真が動いた。
だから、おいでよ。ライブハウスにさ。見に来てよ
驚いた奈那子は、またチラシを裏返したり表にしたりして確かめる。チラシは仕掛けがあるようには見えない。映画や小説、漫画やアニメにそんな世界が出てきたと思ったが、現実では可能になりつつあるというものの何百人?いや何千人?にも配ろうかというチラシである。たとえ技術が追い付いてきたと言ってもそんなコストのかかるようなチラシをただ配る訳がない。
奈那子はもう一度良く見ようと見つめた。
チラシは何の変化もない。
ただのチラシだった。
学校は始業時間を前に朝のうなりを上げているようだった。
あちらこちらで朝の挨拶やら昨日のTVの話や宿題の事。授業を始める前のコミュニケーション。奈那子もそんな渦に中にいた。
「おはよっ奈那子、何見てるの? 」
「さっちゃん、おはよう」
手にしているチラシを自分の席に着いてじっと見ている奈那子に声をかけたのは、奈那子の一番のクラスメイト、佐知だった。
「何のチラシ? 」
奈那子の前の席に座り興味深げに覗きこんだ。
「へえ、ライブハウスか。奈那子はこのバンドが好きなの? 」
「いや、初めて聞くバンドの名前だよ。だけど……さっちゃんこのチラシ、なんか変じゃない? 」
「へん? 」
佐知は奈那子からチラシを受け取ってながめ「どれどれ? う~ん。特に変わったとこはないけど。なんかクイズみたいな事なの? 」
「このチラシから声が聞こえたの。それにその写真の人が動いたし。何か仕掛けがあるのかとも思ったんだけど、そんな感じでもないただの薄っぺらいチラシだよね」
奈那子は確かめるように佐知に聞いた。
「そうねぇ、ごく普通の紙のチラシに見えるけど。寝不足でもしてる? それとも熱があるとか」
「え~っ、熱なんかないよ何言ってるの。だけど本当にそう見えたし聞こえたんだって」
「奈那子が、そのバンドに興味を持ったって事じゃないの? 」
「どういうこと? 」
「ん~、興味を持ったから、そう思い込んで見えちゃったとか、聞こえちゃったとかさ」
「……まあ、かっこいいなとは思ったけど」
「どこのライブハウスだっけ? 」
佐知はもう一度チラシを見た。
「あ~、知ってる。駅向こうのインディーズが良く使う、て言うかもうセミプロって言うような人達が良く出てるライブハウスだよね。」
「近いの? 」
「行ってみる? 」
「えっ、いいよ」
「なんだつまんない」
そこで始業のチャイムが鳴って佐知は自分の席に戻っていった。
奈那子はチラシをもう一度チラシを見る。
おいでよ…
チラシからまた声が聞こえたような気がした。
今日は放課後に部活がある。
ライブの始まる時間を考えると、ちょうどいい時間かもしれないと奈那子は思った。
いったん家に戻ると外出するのはめんどくさい。部活があれば始まるまで時間をつぶすこともなく部活終わりにライブハウスに寄ればライブの始まる時間となる。
覗くだけなら、ほんのちょっと雰囲気を見るだけなら…。
行ってみようかな。
奈那子は少しワクワクしていた。
ちょっとした冒険でもするような気分がした。
ボーイフレンドはまだいない。
ましてや恋人など作ることなど考えたこともなかったが、何かそれに匹敵するくらいの幸せが待っているような気がした。身近なアイドルのような夢中になる存在があってもいい。
私ったら何考えているのかしら別にライブなんて興味ないのに……。
いつもは捨ててしまうようなチラシ。
奈那子は鞄の中にそっとしまっていた。
ささやかな幸せ②に続く
奈那子が高校へ向かういつもの通学路だった。
駅周辺でティッシュを配る光景は当たり前の光景。というか時々歩くのが邪魔でうざったくなるほどたくさんの人がチラシやティッシュ、フリーペーパーのタウン誌や試供品などを配っていた。
あまりの多さにめんどうくさくなりわざわざ遠回りをすることもあったが
「そういう人はとにかく早く配り終えて帰りたいんだよ。あの人たちも仕事だから大変なんだよ。もらってあげるのがあの人たちにとってはいいことなんだって」
と言う友人の言葉に、奈那子はなるたけ差し出されるものは受け取っていた。
特に今日のような寒い日は、あれを配り終えるまで震えながら立っているのか思うと気の毒で受け取らずに入られなかった。
そして、そのチラシもなにげなく受け取った。
配っていたのは二十歳前後の女の子。
「ありがとうございます! 」
元気のいい声に何のチラシを渡されたのか歩きながら確かめてみる。
ギャラクシーボウイ? ライブハウス?
奈那子の知らない世界のチラシだ。
奈那子はまだ十六になったばかりの高校一年生。
ライブハウスになど行ったことがなかった。
そのチラシにはバンドのメンバーらしき男性の写真が刷られていた。
整った顔立ち。
奈那子はなんとなく引かれてじっと見入っていた。
おいでよ!
「えっ! 」
チラシから声がする。
奈那子は立ち止まってチラシを裏返したり表を見たり何か仕掛けがあるのではないかと確かめてみた。
最近の高度な技術は、街に張ってあるポスターから音が出たりすることが可能になっていたりする。そんな技術もあるのだから紙から声が出ても不思議ではないのかもしれない。もしかしたらそんなこともあるのかもと奈那子は思った。
だが、街行く人々に配る何百枚のチラシにそんなコストが高くつくようなことをするだろうか。自分の空耳ではないのかと今度は注意深くチラシを見てみる。すると、今度は写真が動いた。
だから、おいでよ。ライブハウスにさ。見に来てよ
驚いた奈那子は、またチラシを裏返したり表にしたりして確かめる。チラシは仕掛けがあるようには見えない。映画や小説、漫画やアニメにそんな世界が出てきたと思ったが、現実では可能になりつつあるというものの何百人?いや何千人?にも配ろうかというチラシである。たとえ技術が追い付いてきたと言ってもそんなコストのかかるようなチラシをただ配る訳がない。
奈那子はもう一度良く見ようと見つめた。
チラシは何の変化もない。
ただのチラシだった。
学校は始業時間を前に朝のうなりを上げているようだった。
あちらこちらで朝の挨拶やら昨日のTVの話や宿題の事。授業を始める前のコミュニケーション。奈那子もそんな渦に中にいた。
「おはよっ奈那子、何見てるの? 」
「さっちゃん、おはよう」
手にしているチラシを自分の席に着いてじっと見ている奈那子に声をかけたのは、奈那子の一番のクラスメイト、佐知だった。
「何のチラシ? 」
奈那子の前の席に座り興味深げに覗きこんだ。
「へえ、ライブハウスか。奈那子はこのバンドが好きなの? 」
「いや、初めて聞くバンドの名前だよ。だけど……さっちゃんこのチラシ、なんか変じゃない? 」
「へん? 」
佐知は奈那子からチラシを受け取ってながめ「どれどれ? う~ん。特に変わったとこはないけど。なんかクイズみたいな事なの? 」
「このチラシから声が聞こえたの。それにその写真の人が動いたし。何か仕掛けがあるのかとも思ったんだけど、そんな感じでもないただの薄っぺらいチラシだよね」
奈那子は確かめるように佐知に聞いた。
「そうねぇ、ごく普通の紙のチラシに見えるけど。寝不足でもしてる? それとも熱があるとか」
「え~っ、熱なんかないよ何言ってるの。だけど本当にそう見えたし聞こえたんだって」
「奈那子が、そのバンドに興味を持ったって事じゃないの? 」
「どういうこと? 」
「ん~、興味を持ったから、そう思い込んで見えちゃったとか、聞こえちゃったとかさ」
「……まあ、かっこいいなとは思ったけど」
「どこのライブハウスだっけ? 」
佐知はもう一度チラシを見た。
「あ~、知ってる。駅向こうのインディーズが良く使う、て言うかもうセミプロって言うような人達が良く出てるライブハウスだよね。」
「近いの? 」
「行ってみる? 」
「えっ、いいよ」
「なんだつまんない」
そこで始業のチャイムが鳴って佐知は自分の席に戻っていった。
奈那子はチラシをもう一度チラシを見る。
おいでよ…
チラシからまた声が聞こえたような気がした。
今日は放課後に部活がある。
ライブの始まる時間を考えると、ちょうどいい時間かもしれないと奈那子は思った。
いったん家に戻ると外出するのはめんどくさい。部活があれば始まるまで時間をつぶすこともなく部活終わりにライブハウスに寄ればライブの始まる時間となる。
覗くだけなら、ほんのちょっと雰囲気を見るだけなら…。
行ってみようかな。
奈那子は少しワクワクしていた。
ちょっとした冒険でもするような気分がした。
ボーイフレンドはまだいない。
ましてや恋人など作ることなど考えたこともなかったが、何かそれに匹敵するくらいの幸せが待っているような気がした。身近なアイドルのような夢中になる存在があってもいい。
私ったら何考えているのかしら別にライブなんて興味ないのに……。
いつもは捨ててしまうようなチラシ。
奈那子は鞄の中にそっとしまっていた。
ささやかな幸せ②に続く
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