彼の人達と狂詩曲

つちやながる

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21 演目

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「これを着ろ。お前も出掛けるぞ」

(一人で行くんじゃなかった?)

ばさっと床に投げ置かれた服を見ると装飾の少ないアクアグリーンのドレスだった。背中が大きく開いたフルレングスのパーティードレス、所謂ローブ・デコルテ仕様だ。

(……何これ)

広げた服を無言でもっさもっさと小さな手で丸め直して、読んでいる本の横に置く。素知らぬ顔して本に戻る。

「大人になれ。協力しろ」

魔狼は足でモルをつつく。既にインバネスを羽織り出掛ける支度は万全のようだ。

(なんでドレス)

むっとした顔になったのを見た魔狼は屈んでモルに真顔で問う。

「俺に人の嫁はいらんだろ?婚約者なり恋人の振りをしろ。細いし中性的で丁度いい」

(はあ?)

「管財人に屋敷に帰ってるのがバレた。あれの息子に変わったが、俺が魔狼と知らなくて親子で嫁を貰えと煩い。顔出しだけして直ぐ帰ると約束する。この街の有志の恒例顔つなぎに少し付き合え」

(セレブの飲み会みたいなやつ?っあ!?)

呑気に首を傾げるモルにイラッと来た魔狼。相変わらずの着衣ポンチョ一枚をぺっと剥くとドレスを被り着せた。

「急げ。対価は船旅だ」

(帆船の旅!?やるやる!)

にぱっと笑顔になり瞬時に大人サイズになったモルの着衣を整える。髪飾りをのせ、薄く紅をひく魔狼は珍しく注文をつける。

「少しだけここを盛れ。微乳でいい」

(……微乳)

半目で言われるまま気持ち程度擬態で形造ると「上出来だ」と機嫌よく頭をぽんって撫でられる。魔狼の顔も四十手前くらいの少し老けた設定のようで、あの艶やかな黒緑の髪も肩口までの短めだった。


街の商工会館ホールでは有志だけでなく、その家族だったり連れ合いも参加して盛況だ。

「連れがいると人の噂になればいい。可愛くしてろモル」

(何無理言ってんの。でもこんな大人数の場に連れて来られたの初めて。余程嫌なんだね魔狼)

じーっと見るとフンッと鼻息で返される。

(こんな弱みも初めて。楽しいかも)

ニコッと笑顔を作ってみる。

(上手く笑えたかな)

「悪くない」

ニヤリとした魔狼はモルの細腰を引き抱き、
中年魔狼の整った顔を近づける。

(んむむ?あれ?これ?)

「目は閉じるんだ。阿保」

ちゅっと音がして、小声で囁いてから再び迫る魔狼の顔に目を閉じる。美丈夫と言える顔が近づき艶やかなモルの唇に軽く重なった。

「感触も悪くないな」

(そーですか。満足して頂けて何よりです)

キングスが居なくなってからの数十年振りのキス。魔狼からは勿論初めてだ。親しい仲の役とはいえ何か複雑な気持ちになった。

(……するなら予告しといてよ)

「そんな顔するな、バカが」

(どんな顔?)

首を傾げると抱き寄せたままの魔狼はモルの頬に優しくキスを落とす。

(な、なんだよ。優しいと甘えたくなるよ)

「モル?」

思わずそのまま魔狼の体に腕を回し抱きついた。

感触がわからなくても触れ合える相手がいる事の安心感や充足感。キングス達との昔を思い出す。ロドニーやアルノ達と過ごした時の物寂しさがモルを再び襲う。

今そばにいる魔狼は大事だ。でも所詮は魔獣同士で友達。それ以上にはなり得ない。その事実は普段絶対甘えさせてくれない事も思い出す。寂しさが増し胸を占める。

これはただの演技。

「 ベイカーじゃないか!来てたなら声を掛けてくれよ。今日こそは縁談を進めよう」
「出たな。ノア・ラングJr.残念だが連れの気分が悪い。今日はもう帰る」
「そちらの人は?」
「子供時代に会った事が有るだろ。話せない変な子だと髪を引っ張り虐めたモルだ」
「は?」
「人に縁談を勧める前にノアが先に結婚したらどうだ」

(ノア?前見たとき十歳くらい?鳥頭だし全部憶えてないや)

顔を上げ魔狼を見ると次は額にキスをしてきた。

(なんなのもう)

少しだけノアに視線を向ける。三十前後にみえる男は昔の面影を残していた。軽薄そうでいて真面目で身綺麗な商家の息子。
魔狼がラングと商談があればセットで来訪して、散々読書の邪魔をされた事を思い出す。

「モ、モル?!あのちっこい子??えっ、女だっけ??」

(ノア、そうだ。いじめっこ。きらい)

魔狼にぎゅーと抱き付くと視線が浮遊した。抱きついたままなのに、力ある魔狼は軽いモルを足が浮く程度に抱き上げた。

「そういう事だ。泣かせたくないからな。その手の話は今後もう無しで頼む。ノア、人よりそろそろ自分の心配をしろ。親父さんにも宜しく頼む」
「ええぇ!」

唖然とするノアを放置し、魔狼はモルを降ろし腰に手をまわし歩き始める。颯爽と会場を後にした。

「上々だ。褒美を弾もう」

魔狼を見ると無駄に男前な顔で機嫌良く口角を上げる。

俺、甘えっ子に戻りたい。
もう魔力使う大人擬態やめる。

「モル、聞いてるか」

モルは繋いだ手をそのままに魔狼に向き合うと真正面から抱き付いた。

「どうした」

(離れろって言わないんだ。もう少しだけ。もう少しだけこのままでいたい)

「まあいい、帰るぞ。捕まってろ」




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