よくある婚約破棄―そしてそれに伴う責任の取り方

ととせ

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 グレインフォード公爵家とオルレアン伯爵家――その名が示す通り、爵位には明確な格の違いがある。

 そのどちらの家からも王太子の許嫁候補が出されたのには、明確な理由があった。

 グレインフォード公爵家は社交界において大貴族たちをまとめあげ、政治と経済の両面で強い影響力を持つ。
 一方でオルレアン伯爵家は、辺境伯を多く親族に抱えることで、王国の軍事を支えている。
 どちらも王家と血縁関係にあり、片方を優遇すればもう一方との関係が悪化するおそれがあった。

 王国の宗教上、側妃は認められていない。

 それは両家も重々承知しており、どちらが選ばれたとしても国に混乱を招かぬよう、水面下では王家も交えて慎重な協議が何度も重ねられていた。

 一方、共に妃教育を受けていたセラフィナとリディアの間には自然と固い友情が芽生えていた。今では互いを「無二の親友」と呼び合い、堂々と公言している。

 そんなことになってしまった原因は、全てアルセインの性格にある。口を開けば趣味の狩猟と自慢話ばかりで、二人の話など聞こうともしない。流石に貴族学園へ入れば落ちつくだろうと思われていたが、側近候補の令息たちが嗜めても素行の良くない生徒を引き連れ夜遊びを繰り返していた。

 その結果、学業の成績は惨憺たるもので留年していないのは単に「次期王の経歴に傷を付けてはならない」という学長の判断があるからだ。

 そんなアルセインでも王が見限らないのは、王太子が歴代希に見る美貌の持ち主だからである。
 光り輝くような金髪に、透き通る湖のような碧の瞳。神話の絵画に出てきそうな程整ったその顔の圧倒的な美貌は凄まじい。

 三歳の頃、お披露目として夜会に姿を見せた際、あわや戦争になりかけていた国の王侯貴族達の奥様方の心臓を鷲掴みにし、和平を勝ち取った「顔面外交」の実績を持つ。
 他にもその顔面外交で国を助けた功績はあるが……その事実がアルセインに「何もしなくていい」という悪い自信を与えてしまった。

 そして出来上がったのが、「顔面だけは神レベルのバカ」である。

***

 夜会の騒動を受けて、広間を後にした二人は、寮へと続く廊下を静かに歩いていた。

「これから、どうしましょう?」

 ぽつりと呟いたリディアに、セラフィナは迷いのない声音で答える。

「リディアは辺境伯のご子息に嫁げばいいわ。あの方とは心を通わせているのでしょう?」

 指摘されたリディアは、令嬢らしからぬ仕草で赤く染まった頬に両手を添え俯いた。
 どちらかが脱落するのはあらかじめ分かっていたので、選ばれなかった令嬢のために王家の側から新たな婚約者が手配されることになっていた。
 相手の令息からしてもあまりに一方的な話だが、王家の命には逆らえない。

「ですが、それではセラフィナ様が……」

 確かにリディアは脱落した令嬢の伴侶にと用意された令息とは密かに想い合う仲だった。互いの立場は理解しているので気持ちを抑えていたが、非公式な場とはいえ王太子から直接婚約破棄を言い渡された以上、思いを抑える必要はない。

 しかし、セラフィナにはそのような相手がいるとは聞いたことがなかった。
 良家の子息の多くはすでに婚約者を持ち、公爵家の令嬢と釣り合うような相手は残っていない。
 それでもセラフィナは微笑みを浮かべ、優しく言った。

「あなたが幸せになってくれれば、それでいいの。私はそうね……どこか遠い国にでも行こうかしら」
「お二人とも、よろしくて?」

 二人が寮の入り口へと差しかかった、その時だった。不意に小鳥のような声で呼び止められ、驚いた二人は足を止めた。

 すると暗がりから、一人の人物が音もなく現れた。
 マントを羽織った小柄な少女の姿が、灯りの下へと浮かび上がる。
 どこかで見た記憶のある顔に、セラフィナとリディアが目を見開く。

「あなたは!」
「もしや、イサリナ王女?」
「ええ。お茶にお誘いしたいの。今からいらっしゃらない? たまには夜遊びも楽しいわよ」

 渦中の人物からの誘いに、二人は顔を見合わせる。
 相手は大国デルの王女。その立場の重さを思えば、簡単には断れない。
 少し考えてから、セラフィナが小さく息をついた。

「……護衛も一緒でよければ」

 そう条件を添えて、二人は王女の誘いに応じることにした。

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