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39 夜のカフェにて 2
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(弘城さんに連絡したって歌子さんは言ってたけど、どうするんだろう)
まかないを食べ終わった三葉が一階に戻ると、入れ替わりにハルが休憩に入る所だった。
「もう夜仕様に変わってるから、三葉は端っこで待機して。テーブルに付いた先輩に手招きされたらお酒の追加の合図だからね」
「分かった」
慌ただしくそれだけ告げると、ハルはまかないを持って二階へ上がってく。
(昼のカフェとは全然別のお店みたい)
店内は照明が落とされ薄暗く窓も全てカーテンが下ろされていて、外からは様子が窺えないようになっている。
すれ違う女給達からは甘ったるい化粧の香りが漂い、いかにも怪しげな雰囲気だ。
「ちょっと、なにぼさっとしてんのよ! お酒、早く持って来て」
戸惑っている三葉に、近くのテーブルから叱責が飛ぶ。声のした方を見れば、先程二階で化粧直しをしていた女給が三葉を睨み付けていた。
「はい。ただいま」
急いで厨房から熱燗を受け取り、注文のあったテーブルへと持っていく。
「ごめんなさいね。今日入ったばかりの子なの。全く、気が利かないのよ」
「まあまあ、新人なら仕方ないじゃないか」
「あら、こんな化粧もできない女を庇うの?」
「庇ってないさ! こんな鈍くさそうな女なんてどうでもいい。ほら、プレゼントあげるから怒らないで笑ってよ」
お客が女給の機嫌を取るように、ポケットからお札を数枚出して着物の合わせ目にねじ込む。すると女給は途端に笑顔になり、客の男にしな垂れかかった。
「ありがとう。愛してるわ」
酒臭い息で上辺だけの愛の言葉を交わす女給と客を見ていられず、すぐに壁際へと避難する。
(どうして桃香はこんなお店に投資なんか……)
少なくとも三葉の知る桃香は、横暴ではあったが名家の子女としての心得はあった。まさかこんな店とは知らず投資しているとは思えないし、一体誰の紹介でこのカフェと関わるようになったのか想像も付かない。
三葉は酒と煙草、化粧の匂いで頭がくらくらしてくる。しかし客足が絶えることがないので、休憩もままならない。
叱られないよう必死に給仕をしていると、不意に肩を叩かれる。
「良かったね。早速客が付いたよ」
振り返ると女店主がにやにやと笑って三葉を見おろしていた。
「五番テーブルのお客だ。お前は客の隣に座って、お酌をするんだよ。床に誘われたら、裏の家を使いな」
「え……」
告げられたテーブルを見た瞬間、三葉は驚いてしまう。
(弘城さん!)
まさかお客として来るとは思ってもみなかったので、どう対応すればいいのか分からず固まっていると女主人が背中を小突く。
「身なりがいいから、金持ちのボンボンだね。逃がすんじゃないよ。さっさと行きな」
言われるまま三葉は弘城の座るテーブルのそばまで行く。困惑して立ち竦んでいると、弘城が隣に座るように椅子を勧めてきた。
「可愛い女給さんだね。よろしく」
まるで初対面みていに接してくる弘城に、三葉はおずおずと会釈を返す。
「よ、よろしくお願いします」
熱燗を運んできた先輩の女給が去り際、弘城に声をかけた。
「この子、今日が初めてなのよ。なんでも訳ありだから、安いんですって。可愛がってやって」
意地悪く笑う女給に、弘城はただ黙って頷いただけだった。彼が何を考えているのか分からず三葉はお猪口に酒を注ぐ。
すると突然、弘城が三葉の肩を掴んで体を引き寄せた。
「三葉さん、酷い事はされていないかい?」
「ええ。給仕のお仕事をしていただけですから大丈夫です」
「よかった」
どこか焦った様子の弘城が三葉の言葉を聞くと、ほっとしたように息を吐く。
「羽立野家はまだ君が大神家に匿われていることを知らない。この場は初対面の客と女給の振りをして、話を聞いてほしい」
頷くと弘城が耳元に唇を寄せる。演技だと分かっていても恥ずかしくて堪らない。
けれど囁かれた言葉で、三葉は青ざめる。
「結界を破るには時間がかかる。早くてもあと六時間。夜明けには間に合わせる」
「そんなに……」
まさか大神の力を持ってしてもそこまで時間がかかるとは思っていなかった。
「力まかせに壊すのは簡単だ。けれど強引に破れば結界を張った術士に気づかれる。それとこの結界――いや、呪いと言った方が正しいね。働いている女給達にも組み込まれている」
「じゃあ結界を壊すと」
「ああ、彼女たちも道連れになる。三葉さんに取り憑いたシエキは吹雪が砕いて消したから、呪いは入り込んでいない。だが……」
「私なら大丈夫です。朝まで待てば、上手く呪いをかいくぐる方法が見つけられるんですよね」
無関係の人達を巻き添えにはできない。彼女たちに害が及ぶくらいなら、煙草と酒の匂いを一晩我慢するくらいどうってことはない。
「安心して三葉さん。朝までは私が側にいるから」
言われた意味が分からずきょとんとして弘城を見つめると、やけに艶のある笑みを返された。
まかないを食べ終わった三葉が一階に戻ると、入れ替わりにハルが休憩に入る所だった。
「もう夜仕様に変わってるから、三葉は端っこで待機して。テーブルに付いた先輩に手招きされたらお酒の追加の合図だからね」
「分かった」
慌ただしくそれだけ告げると、ハルはまかないを持って二階へ上がってく。
(昼のカフェとは全然別のお店みたい)
店内は照明が落とされ薄暗く窓も全てカーテンが下ろされていて、外からは様子が窺えないようになっている。
すれ違う女給達からは甘ったるい化粧の香りが漂い、いかにも怪しげな雰囲気だ。
「ちょっと、なにぼさっとしてんのよ! お酒、早く持って来て」
戸惑っている三葉に、近くのテーブルから叱責が飛ぶ。声のした方を見れば、先程二階で化粧直しをしていた女給が三葉を睨み付けていた。
「はい。ただいま」
急いで厨房から熱燗を受け取り、注文のあったテーブルへと持っていく。
「ごめんなさいね。今日入ったばかりの子なの。全く、気が利かないのよ」
「まあまあ、新人なら仕方ないじゃないか」
「あら、こんな化粧もできない女を庇うの?」
「庇ってないさ! こんな鈍くさそうな女なんてどうでもいい。ほら、プレゼントあげるから怒らないで笑ってよ」
お客が女給の機嫌を取るように、ポケットからお札を数枚出して着物の合わせ目にねじ込む。すると女給は途端に笑顔になり、客の男にしな垂れかかった。
「ありがとう。愛してるわ」
酒臭い息で上辺だけの愛の言葉を交わす女給と客を見ていられず、すぐに壁際へと避難する。
(どうして桃香はこんなお店に投資なんか……)
少なくとも三葉の知る桃香は、横暴ではあったが名家の子女としての心得はあった。まさかこんな店とは知らず投資しているとは思えないし、一体誰の紹介でこのカフェと関わるようになったのか想像も付かない。
三葉は酒と煙草、化粧の匂いで頭がくらくらしてくる。しかし客足が絶えることがないので、休憩もままならない。
叱られないよう必死に給仕をしていると、不意に肩を叩かれる。
「良かったね。早速客が付いたよ」
振り返ると女店主がにやにやと笑って三葉を見おろしていた。
「五番テーブルのお客だ。お前は客の隣に座って、お酌をするんだよ。床に誘われたら、裏の家を使いな」
「え……」
告げられたテーブルを見た瞬間、三葉は驚いてしまう。
(弘城さん!)
まさかお客として来るとは思ってもみなかったので、どう対応すればいいのか分からず固まっていると女主人が背中を小突く。
「身なりがいいから、金持ちのボンボンだね。逃がすんじゃないよ。さっさと行きな」
言われるまま三葉は弘城の座るテーブルのそばまで行く。困惑して立ち竦んでいると、弘城が隣に座るように椅子を勧めてきた。
「可愛い女給さんだね。よろしく」
まるで初対面みていに接してくる弘城に、三葉はおずおずと会釈を返す。
「よ、よろしくお願いします」
熱燗を運んできた先輩の女給が去り際、弘城に声をかけた。
「この子、今日が初めてなのよ。なんでも訳ありだから、安いんですって。可愛がってやって」
意地悪く笑う女給に、弘城はただ黙って頷いただけだった。彼が何を考えているのか分からず三葉はお猪口に酒を注ぐ。
すると突然、弘城が三葉の肩を掴んで体を引き寄せた。
「三葉さん、酷い事はされていないかい?」
「ええ。給仕のお仕事をしていただけですから大丈夫です」
「よかった」
どこか焦った様子の弘城が三葉の言葉を聞くと、ほっとしたように息を吐く。
「羽立野家はまだ君が大神家に匿われていることを知らない。この場は初対面の客と女給の振りをして、話を聞いてほしい」
頷くと弘城が耳元に唇を寄せる。演技だと分かっていても恥ずかしくて堪らない。
けれど囁かれた言葉で、三葉は青ざめる。
「結界を破るには時間がかかる。早くてもあと六時間。夜明けには間に合わせる」
「そんなに……」
まさか大神の力を持ってしてもそこまで時間がかかるとは思っていなかった。
「力まかせに壊すのは簡単だ。けれど強引に破れば結界を張った術士に気づかれる。それとこの結界――いや、呪いと言った方が正しいね。働いている女給達にも組み込まれている」
「じゃあ結界を壊すと」
「ああ、彼女たちも道連れになる。三葉さんに取り憑いたシエキは吹雪が砕いて消したから、呪いは入り込んでいない。だが……」
「私なら大丈夫です。朝まで待てば、上手く呪いをかいくぐる方法が見つけられるんですよね」
無関係の人達を巻き添えにはできない。彼女たちに害が及ぶくらいなら、煙草と酒の匂いを一晩我慢するくらいどうってことはない。
「安心して三葉さん。朝までは私が側にいるから」
言われた意味が分からずきょとんとして弘城を見つめると、やけに艶のある笑みを返された。
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