オオカミ様の契約婚約者になりました――兄がやらかしたので、逃げます!――

ととせ

文字の大きさ
39 / 58

39 夜のカフェにて 2

しおりを挟む
(弘城さんに連絡したって歌子さんは言ってたけど、どうするんだろう)

 まかないを食べ終わった三葉が一階に戻ると、入れ替わりにハルが休憩に入る所だった。

「もう夜仕様に変わってるから、三葉は端っこで待機して。テーブルに付いた先輩に手招きされたらお酒の追加の合図だからね」
「分かった」

 慌ただしくそれだけ告げると、ハルはまかないを持って二階へ上がってく。

(昼のカフェとは全然別のお店みたい)

 店内は照明が落とされ薄暗く窓も全てカーテンが下ろされていて、外からは様子が窺えないようになっている。
 すれ違う女給達からは甘ったるい化粧の香りが漂い、いかにも怪しげな雰囲気だ。

「ちょっと、なにぼさっとしてんのよ! お酒、早く持って来て」

 戸惑っている三葉に、近くのテーブルから叱責が飛ぶ。声のした方を見れば、先程二階で化粧直しをしていた女給が三葉を睨み付けていた。

「はい。ただいま」

 急いで厨房から熱燗を受け取り、注文のあったテーブルへと持っていく。

「ごめんなさいね。今日入ったばかりの子なの。全く、気が利かないのよ」
「まあまあ、新人なら仕方ないじゃないか」
「あら、こんな化粧もできない女を庇うの?」
「庇ってないさ! こんな鈍くさそうな女なんてどうでもいい。ほら、プレゼントあげるから怒らないで笑ってよ」

 お客が女給の機嫌を取るように、ポケットからお札を数枚出して着物の合わせ目にねじ込む。すると女給は途端に笑顔になり、客の男にしな垂れかかった。

「ありがとう。愛してるわ」

 酒臭い息で上辺だけの愛の言葉を交わす女給と客を見ていられず、すぐに壁際へと避難する。

(どうして桃香はこんなお店に投資なんか……)

 少なくとも三葉の知る桃香は、横暴ではあったが名家の子女としての心得はあった。まさかこんな店とは知らず投資しているとは思えないし、一体誰の紹介でこのカフェと関わるようになったのか想像も付かない。

 三葉は酒と煙草、化粧の匂いで頭がくらくらしてくる。しかし客足が絶えることがないので、休憩もままならない。
 叱られないよう必死に給仕をしていると、不意に肩を叩かれる。

「良かったね。早速客が付いたよ」

 振り返ると女店主がにやにやと笑って三葉を見おろしていた。

「五番テーブルのお客だ。お前は客の隣に座って、お酌をするんだよ。床に誘われたら、裏の家を使いな」
「え……」

 告げられたテーブルを見た瞬間、三葉は驚いてしまう。

(弘城ひろきさん!)
 まさかお客として来るとは思ってもみなかったので、どう対応すればいいのか分からず固まっていると女主人が背中を小突く。

「身なりがいいから、金持ちのボンボンだね。逃がすんじゃないよ。さっさと行きな」

 言われるまま三葉は弘城の座るテーブルのそばまで行く。困惑して立ち竦んでいると、弘城が隣に座るように椅子を勧めてきた。

「可愛い女給さんだね。よろしく」

 まるで初対面みていに接してくる弘城に、三葉はおずおずと会釈を返す。

「よ、よろしくお願いします」

 熱燗を運んできた先輩の女給が去り際、弘城に声をかけた。

「この子、今日が初めてなのよ。なんでも訳ありだから、安いんですって。可愛がってやって」

 意地悪く笑う女給に、弘城はただ黙って頷いただけだった。彼が何を考えているのか分からず三葉はお猪口に酒を注ぐ。
 すると突然、弘城が三葉の肩を掴んで体を引き寄せた。

「三葉さん、酷い事はされていないかい?」
「ええ。給仕のお仕事をしていただけですから大丈夫です」
「よかった」

 どこか焦った様子の弘城が三葉の言葉を聞くと、ほっとしたように息を吐く。

「羽立野家はまだ君が大神家に匿われていることを知らない。この場は初対面の客と女給の振りをして、話を聞いてほしい」


 頷くと弘城が耳元に唇を寄せる。演技だと分かっていても恥ずかしくて堪らない。
 けれど囁かれた言葉で、三葉は青ざめる。

「結界を破るには時間がかかる。早くてもあと六時間。夜明けには間に合わせる」
「そんなに……」

 まさか大神の力を持ってしてもそこまで時間がかかるとは思っていなかった。

「力まかせに壊すのは簡単だ。けれど強引に破れば結界を張った術士に気づかれる。それとこの結界――いや、呪いと言った方が正しいね。働いている女給達にも組み込まれている」
「じゃあ結界を壊すと」
「ああ、彼女たちも道連れになる。三葉さんに取り憑いたシエキは吹雪が砕いて消したから、呪いは入り込んでいない。だが……」
「私なら大丈夫です。朝まで待てば、上手く呪いをかいくぐる方法が見つけられるんですよね」

 無関係の人達を巻き添えにはできない。彼女たちに害が及ぶくらいなら、煙草と酒の匂いを一晩我慢するくらいどうってことはない。

「安心して三葉さん。朝までは私が側にいるから」

 言われた意味が分からずきょとんとして弘城を見つめると、やけに艶のある笑みを返された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

処理中です...