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19 兄と義姉と俺の絶望
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あれから数日、兄はまだ姿を現さない。
翌日は、どうせ逃げているだけだろうと気にならなかった。
兄は都合が悪い話からは逃げまくるタイプだったから。
その翌日も、さほど焦りはなかった。
よほど触れられたくない話なのかと呆れただけだった。
しかし1日、また1日と時間がたつにつれ、兄の姿が見えないことへの不安が大きくなってきた。
もしかしたら、俺の知らぬ間に成仏したのかもしれない。
もう二度と会えないのかもしれない。
そう考えると、冷や汗が止まらなかった。
「おじさん、お腹痛いの?」
秋良が心配そうに訊ねる。
どうやら、不安が顔に出すぎていたらしい。
俺は「なんでもない」と言いかけたが、少し迷いつつも「ちょっと心配なことがあるんだ」と返した。
「何が心配なの?」
「う~ん……それはちょっと説明が難しいんだけど……」
「お仕事のこと?」
「いや、仕事じゃなくて、大切なものを失くしたかもしれなくて」
「え、大変!僕もいっしょに探そうか?」
「大丈夫。でも、秋良に頼りたくなったら、助けてくれるか?」
「うん!もちろん!」
にっこり笑う秋良に、少し心が軽くなった。
兄が視えない秋良に、兄を探すことはできない。
それに存在を確認できないのに、幽霊として兄がここにいると話したところで、秋良を傷つけるだけかもしれない。
言えないことを無理に言う必要はない。
でも、嘘でごまかさないことは、俺たちが信頼関係を築いていくうえで大切なことだ。
俺はもう、秋良に本心を隠してほしくない。
しかしそれを秋良にだけ求めるのは、俺の勝手だ。
かっこ悪くても、俺も秋良に心の内を打ち明けようと決めた。
※
兄が姿を消して、もう10日が過ぎた。
時折兄の視線を感じるような気はするが、肝心の姿が見えないので、本当にまだこの家にいてくれているのか確証が持てない。
俺は覚悟を決めて、秋良が保育園に行っているすきに、兄に話しかけてみることにした。
「兄ちゃん……いるんだよな?」
返事はない。
どっと汗が吹き出し、俺は拳を握りしめる。
よく兄がへばりついている天井の隅。
テレビ台の裏。
ソファの下。
押し入れの中。
いたるところを探すが、やはり兄の姿はない。
「兄ちゃん、どこにいるんだよ……。義姉さんのこと、聞かれたくないなら聞かないからさ……黙っていなくなるのはやめてくれよ……」
話していて、だんだん視界が滲んでくる。
声もみっともなく震えているのがわかった。
「頼むよ……」
涙がポトン、と一粒床に落ちた瞬間、見覚えのある足が目の前に現れた。
慌てて顔を上げると、眉を下げて困ったような顔をしている兄がいた。
「……さっさと出てこいよ、ばか」
『……悪い』
ばつが悪そうに謝る兄は『潮時だと思ったんだがな』と呟いた。
「潮時?」
『あの日さ、春馬と秋良が本音で話してるの見てさ、思ったんだ。俺がいなくても、2人で頑張って生きていってくれるって』
「なんだよそれ」
『んで、心残りもなくなったし、成仏できるかなって思ったけど、やっぱ無理でさ。とりあえず姿消して、あとはお若い2人に任そうとしてたんだけど……泣かれるとはなぁ』
「うるせえな、なんだよお若い2人って。お見合いかよ。……てか、勝手に成仏しようとすんなよ」
『ひどっ!普通は成仏してほしいもんだろ!』
「……黙って成仏したら、絶対許さない。俺が死んだら、あの世でぶん殴りに行くからな」
はははっと兄が笑う。
怖い怖い、とひとしきり騒いだあと、ふと真剣な顔をする。
『美冬のことはさ、黙っとこうと思ってたんだ。お前にも秋良にも視えてなかったし、美冬もまだショックが大きいみたいで、冷静に話ってわけにもいかなくて』
「……そうなのか。いつ戻ってきたんだ?」
『もう1ヶ月くらい前だな。本当は天国で穏やかに過ごしてもらいたいんだけど、俺が成仏の仕方わかんねえからなぁ。霊友にきいても、みんな知らないっていうし』
「れ、霊友……?」
『兄ちゃんのコミュ力なめんなよ!でもみんな、そんなん知ってたらとっくに成仏してるってさ。そりゃそうだよなあ』
「……ちなみに、近くにもいるのか……?」
『……春馬。世の中にはさ、知らない方が幸せなこともたくさんあるんだぞ』
絶対身近にいるじゃねえか。
一気に背筋が寒くなったが、まぁ兄の友だちなら危害を加えることはないだろう。
……多分。
それよりも、問題は美冬義姉さんだ。
「……どうしよう……」
『ん?なにが?』
「俺、最近暑くて、仕事中は大体パンイチじゃん?」
『ああ』
「俺、義姉さんの前でパンイチでうろちょろしてたってこと……?」
『ま、まあ……知らなかったものは仕方ないさ』
否定しろよ!
せめて義姉は見ていないとか、そんなフォローを期待した俺がばかだった。
うなだれる俺に、兄が『もっと他にないのかよ?』なんて言っているが、パンツ以上に恥ずかしいことなんてあるはずがない。
……いや!
「……風呂上り、全裸だったことあったわ。パンツの比じゃねえ……」
穴があったら入りたい。
いや、義姉の記憶から俺の痴態を消し去ってしまいたい。
顔を両手で覆いながら、俺はただシクシクと泣いた。
兄は気まずそうな顔をしながら『さっきよりめっちゃ泣くじゃん。……どんまい』としか言ってくれなかった。
それはつまり、俺は義姉の前でも全裸を公開していたということに他ならなかった。
翌日は、どうせ逃げているだけだろうと気にならなかった。
兄は都合が悪い話からは逃げまくるタイプだったから。
その翌日も、さほど焦りはなかった。
よほど触れられたくない話なのかと呆れただけだった。
しかし1日、また1日と時間がたつにつれ、兄の姿が見えないことへの不安が大きくなってきた。
もしかしたら、俺の知らぬ間に成仏したのかもしれない。
もう二度と会えないのかもしれない。
そう考えると、冷や汗が止まらなかった。
「おじさん、お腹痛いの?」
秋良が心配そうに訊ねる。
どうやら、不安が顔に出すぎていたらしい。
俺は「なんでもない」と言いかけたが、少し迷いつつも「ちょっと心配なことがあるんだ」と返した。
「何が心配なの?」
「う~ん……それはちょっと説明が難しいんだけど……」
「お仕事のこと?」
「いや、仕事じゃなくて、大切なものを失くしたかもしれなくて」
「え、大変!僕もいっしょに探そうか?」
「大丈夫。でも、秋良に頼りたくなったら、助けてくれるか?」
「うん!もちろん!」
にっこり笑う秋良に、少し心が軽くなった。
兄が視えない秋良に、兄を探すことはできない。
それに存在を確認できないのに、幽霊として兄がここにいると話したところで、秋良を傷つけるだけかもしれない。
言えないことを無理に言う必要はない。
でも、嘘でごまかさないことは、俺たちが信頼関係を築いていくうえで大切なことだ。
俺はもう、秋良に本心を隠してほしくない。
しかしそれを秋良にだけ求めるのは、俺の勝手だ。
かっこ悪くても、俺も秋良に心の内を打ち明けようと決めた。
※
兄が姿を消して、もう10日が過ぎた。
時折兄の視線を感じるような気はするが、肝心の姿が見えないので、本当にまだこの家にいてくれているのか確証が持てない。
俺は覚悟を決めて、秋良が保育園に行っているすきに、兄に話しかけてみることにした。
「兄ちゃん……いるんだよな?」
返事はない。
どっと汗が吹き出し、俺は拳を握りしめる。
よく兄がへばりついている天井の隅。
テレビ台の裏。
ソファの下。
押し入れの中。
いたるところを探すが、やはり兄の姿はない。
「兄ちゃん、どこにいるんだよ……。義姉さんのこと、聞かれたくないなら聞かないからさ……黙っていなくなるのはやめてくれよ……」
話していて、だんだん視界が滲んでくる。
声もみっともなく震えているのがわかった。
「頼むよ……」
涙がポトン、と一粒床に落ちた瞬間、見覚えのある足が目の前に現れた。
慌てて顔を上げると、眉を下げて困ったような顔をしている兄がいた。
「……さっさと出てこいよ、ばか」
『……悪い』
ばつが悪そうに謝る兄は『潮時だと思ったんだがな』と呟いた。
「潮時?」
『あの日さ、春馬と秋良が本音で話してるの見てさ、思ったんだ。俺がいなくても、2人で頑張って生きていってくれるって』
「なんだよそれ」
『んで、心残りもなくなったし、成仏できるかなって思ったけど、やっぱ無理でさ。とりあえず姿消して、あとはお若い2人に任そうとしてたんだけど……泣かれるとはなぁ』
「うるせえな、なんだよお若い2人って。お見合いかよ。……てか、勝手に成仏しようとすんなよ」
『ひどっ!普通は成仏してほしいもんだろ!』
「……黙って成仏したら、絶対許さない。俺が死んだら、あの世でぶん殴りに行くからな」
はははっと兄が笑う。
怖い怖い、とひとしきり騒いだあと、ふと真剣な顔をする。
『美冬のことはさ、黙っとこうと思ってたんだ。お前にも秋良にも視えてなかったし、美冬もまだショックが大きいみたいで、冷静に話ってわけにもいかなくて』
「……そうなのか。いつ戻ってきたんだ?」
『もう1ヶ月くらい前だな。本当は天国で穏やかに過ごしてもらいたいんだけど、俺が成仏の仕方わかんねえからなぁ。霊友にきいても、みんな知らないっていうし』
「れ、霊友……?」
『兄ちゃんのコミュ力なめんなよ!でもみんな、そんなん知ってたらとっくに成仏してるってさ。そりゃそうだよなあ』
「……ちなみに、近くにもいるのか……?」
『……春馬。世の中にはさ、知らない方が幸せなこともたくさんあるんだぞ』
絶対身近にいるじゃねえか。
一気に背筋が寒くなったが、まぁ兄の友だちなら危害を加えることはないだろう。
……多分。
それよりも、問題は美冬義姉さんだ。
「……どうしよう……」
『ん?なにが?』
「俺、最近暑くて、仕事中は大体パンイチじゃん?」
『ああ』
「俺、義姉さんの前でパンイチでうろちょろしてたってこと……?」
『ま、まあ……知らなかったものは仕方ないさ』
否定しろよ!
せめて義姉は見ていないとか、そんなフォローを期待した俺がばかだった。
うなだれる俺に、兄が『もっと他にないのかよ?』なんて言っているが、パンツ以上に恥ずかしいことなんてあるはずがない。
……いや!
「……風呂上り、全裸だったことあったわ。パンツの比じゃねえ……」
穴があったら入りたい。
いや、義姉の記憶から俺の痴態を消し去ってしまいたい。
顔を両手で覆いながら、俺はただシクシクと泣いた。
兄は気まずそうな顔をしながら『さっきよりめっちゃ泣くじゃん。……どんまい』としか言ってくれなかった。
それはつまり、俺は義姉の前でも全裸を公開していたということに他ならなかった。
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