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24 仮名のセンスは絶望的
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倉木の自宅は、公園そばのマンションの一室だった。
親子2人で生活するのに十分な広さで、室内はきれいに整えられている。
「すみません、散らかっていて」
などと言っているが、どこが散らかっているのかわからない。
俺もなるべく片づけをするようにしているが、机の端に郵便物が積まれていたり、秋良のおもちゃが床に転がっていたり、たたまずに放置している洗濯物がかごに押し込まれていたりと、ところどころ散らかっている。
それでも、1人暮らしをしていたころとは天と地ほどの状態だ。
「いや……すごいきれいです。自分の家の散らかりっぷりが恥ずかしいです……」
どうでもいい告白をすると、倉木はきょとんとした顔をして笑い出した。
「子どもがいると散らかりますよね。実は、今日はお客さんが来るから頑張って掃除したんです。普段はもっと散らかってますよ」
「ほ、本当ですか……?俺、自分の子育て環境のやばさに気づいて打ちのめされてるんですが……」
「本当ですよ。今朝も娘のブロックのおもちゃ踏んで悶絶しましたし。美冬さんも、全然部屋が片付かないって嘆いてたな~」
気を使ってくれただけかもしれないが、その言葉を信じて心を安らげる。
そして元気に遊び始めた子どもたちを横目に、お土産のクッキーを渡す。
「お気遣いありがとうございます。ここのクッキー、おいしいですよね」
目を細めて、クッキーの袋を受け取った倉木が言う。
義姉のことを思い出しているのかもしれない。
紅茶とコーヒー、どちらがいいか訊ねられ、コーヒーをお願いする。
コーヒーとともに、ミルクと砂糖を差し出され、ミルクだけもらった。
倉木は微笑んで「お兄さんと好み、いっしょなんですね」と笑った。
そういえば、兄もコーヒーにはミルクだけ入れていた。
たまに砂糖を入れることもあったが、ブラックは飲めない人だった。
そんなことを思いながら、無意識に兄の姿を探す。
しかし、部屋のどこにも兄が見当たらない。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや……兄が、見当たらなくて。さっきまでいたんですけど」
秋良に聞こえないよう、小声で話す。
倉木も小声で「どこに行ったんでしょうね」と返し、あたりを見渡した。
そしてハッとして、照れ臭そうに頬を染める。
「そういえば、私は視えないんでした……。あの、子どもたちに聞かれてもいいよう、お二人のことは偽名で話しませんか?」
「あ、いいですね。どう呼びましょうか?」
「お兄さんは夏樹さんでしたよね?いつも秋良くんパパって呼んでいたので、記憶があいまいで……」
「ふふ、合ってますよ」
「じゃあ、おふたりの名前に入っている季節で呼ぶのは?なつさん、ふゆさんとか?」
「う~ん……ほぼそのままじゃないですか?」
「あ!じゃあ、サマーとウィンで!英語でもじったら、多分子どもたちにはわかりませんよ」
サマーとウィン……!
思わず吹き出しそうになるのをこらえ、プルプルする。
真面目に話ができなさそうだと思いつつも、面白さに負けて了承した。
これで倉木が大真面目だというのが、何とも恐ろしい。
「サマーのことはひとまず置いといて、ウィンのお話をしてもいいですか?」
「ど、どうぞ……」
やはり笑ってしまいそうだ。
サマーはまだしも、ウィンがきつい。
「ウィンがここに来るようになったのは、2週間ほど前からなんです」
「そうなんですね。何かきっかけとか……」
「実は……保育園で、窓の外から秋良くんを見ているウィンを見かけたんです」
「…えっ!?」
予想外の言葉に、驚いた。
しかし兄もたまに保育園を覗いていると言っていたし、義姉がきていたのもおかしくはないだろう。
「それで……私、その日すごく疲れていて……美冬さんの姿を見つけてうれしくなって、声をかけちゃったんです。そういえば亡くなっているんだって、声をかけてから気づきました」
「なるほど。それで、家についてきちゃったんですか?」
「いや、そのときは美冬さんびっくりしたのか消えちゃって……。家にきたのは、翌日の夜のことです」
倉木の話によると、その日から毎晩、子どもの寝静まる時間になると倉木の家にやってくるらしい。
害はなく、ただ椅子に座って泣き続けているだけだという。
そして、1時間もしないうちに帰っていく。
倉木は、悲嘆にくれる義姉を見ているのがつらいと言った。
安らかに眠れるよう、できることがあれば教えてほしいと。
「……本当は、お話できればいいんですけど……なんて声をかけても、返事をしてくれなくて……。泣き声は聞こえるから、ウィンの声が私に聞こえていないってことはないと思うんですけど……」
「……でも、倉木さんの前に姿を現し続けるということは、何か伝えたいことがありそうですよね。兄が言うには、義姉は混乱している状態のようで……。もしかしたら、話をしたくてもできないのかもしれません」
「お兄さん……じゃなかった、サマーはウィンと話ができるんですか?」
「どうなんでしょう?俺も兄……じゃなくて、サマーにもっと義姉のことを聞きたいんですけど、話したくないようで。今もいないし……本当、どこに行ったんでしょうね……」
「サマー、帰ってきてほしいですね……」
『……え、サマーって何?』
聞きなれた声が耳に響いて、声のする方を振り返る。
困り顔の兄が、そこに立っていた。
「どこ行ってたんだよ……!倉木さん、サマー帰ってきました」
『え、サマーって俺のこと!?ださっ!え、何それ。夏樹だから?』
ださい……というのは納得だが、名づけ親の手前、黙っておくことにしよう。
そう決めたあと、俺は倉木と兄にひとつの提案をすることにした。
親子2人で生活するのに十分な広さで、室内はきれいに整えられている。
「すみません、散らかっていて」
などと言っているが、どこが散らかっているのかわからない。
俺もなるべく片づけをするようにしているが、机の端に郵便物が積まれていたり、秋良のおもちゃが床に転がっていたり、たたまずに放置している洗濯物がかごに押し込まれていたりと、ところどころ散らかっている。
それでも、1人暮らしをしていたころとは天と地ほどの状態だ。
「いや……すごいきれいです。自分の家の散らかりっぷりが恥ずかしいです……」
どうでもいい告白をすると、倉木はきょとんとした顔をして笑い出した。
「子どもがいると散らかりますよね。実は、今日はお客さんが来るから頑張って掃除したんです。普段はもっと散らかってますよ」
「ほ、本当ですか……?俺、自分の子育て環境のやばさに気づいて打ちのめされてるんですが……」
「本当ですよ。今朝も娘のブロックのおもちゃ踏んで悶絶しましたし。美冬さんも、全然部屋が片付かないって嘆いてたな~」
気を使ってくれただけかもしれないが、その言葉を信じて心を安らげる。
そして元気に遊び始めた子どもたちを横目に、お土産のクッキーを渡す。
「お気遣いありがとうございます。ここのクッキー、おいしいですよね」
目を細めて、クッキーの袋を受け取った倉木が言う。
義姉のことを思い出しているのかもしれない。
紅茶とコーヒー、どちらがいいか訊ねられ、コーヒーをお願いする。
コーヒーとともに、ミルクと砂糖を差し出され、ミルクだけもらった。
倉木は微笑んで「お兄さんと好み、いっしょなんですね」と笑った。
そういえば、兄もコーヒーにはミルクだけ入れていた。
たまに砂糖を入れることもあったが、ブラックは飲めない人だった。
そんなことを思いながら、無意識に兄の姿を探す。
しかし、部屋のどこにも兄が見当たらない。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや……兄が、見当たらなくて。さっきまでいたんですけど」
秋良に聞こえないよう、小声で話す。
倉木も小声で「どこに行ったんでしょうね」と返し、あたりを見渡した。
そしてハッとして、照れ臭そうに頬を染める。
「そういえば、私は視えないんでした……。あの、子どもたちに聞かれてもいいよう、お二人のことは偽名で話しませんか?」
「あ、いいですね。どう呼びましょうか?」
「お兄さんは夏樹さんでしたよね?いつも秋良くんパパって呼んでいたので、記憶があいまいで……」
「ふふ、合ってますよ」
「じゃあ、おふたりの名前に入っている季節で呼ぶのは?なつさん、ふゆさんとか?」
「う~ん……ほぼそのままじゃないですか?」
「あ!じゃあ、サマーとウィンで!英語でもじったら、多分子どもたちにはわかりませんよ」
サマーとウィン……!
思わず吹き出しそうになるのをこらえ、プルプルする。
真面目に話ができなさそうだと思いつつも、面白さに負けて了承した。
これで倉木が大真面目だというのが、何とも恐ろしい。
「サマーのことはひとまず置いといて、ウィンのお話をしてもいいですか?」
「ど、どうぞ……」
やはり笑ってしまいそうだ。
サマーはまだしも、ウィンがきつい。
「ウィンがここに来るようになったのは、2週間ほど前からなんです」
「そうなんですね。何かきっかけとか……」
「実は……保育園で、窓の外から秋良くんを見ているウィンを見かけたんです」
「…えっ!?」
予想外の言葉に、驚いた。
しかし兄もたまに保育園を覗いていると言っていたし、義姉がきていたのもおかしくはないだろう。
「それで……私、その日すごく疲れていて……美冬さんの姿を見つけてうれしくなって、声をかけちゃったんです。そういえば亡くなっているんだって、声をかけてから気づきました」
「なるほど。それで、家についてきちゃったんですか?」
「いや、そのときは美冬さんびっくりしたのか消えちゃって……。家にきたのは、翌日の夜のことです」
倉木の話によると、その日から毎晩、子どもの寝静まる時間になると倉木の家にやってくるらしい。
害はなく、ただ椅子に座って泣き続けているだけだという。
そして、1時間もしないうちに帰っていく。
倉木は、悲嘆にくれる義姉を見ているのがつらいと言った。
安らかに眠れるよう、できることがあれば教えてほしいと。
「……本当は、お話できればいいんですけど……なんて声をかけても、返事をしてくれなくて……。泣き声は聞こえるから、ウィンの声が私に聞こえていないってことはないと思うんですけど……」
「……でも、倉木さんの前に姿を現し続けるということは、何か伝えたいことがありそうですよね。兄が言うには、義姉は混乱している状態のようで……。もしかしたら、話をしたくてもできないのかもしれません」
「お兄さん……じゃなかった、サマーはウィンと話ができるんですか?」
「どうなんでしょう?俺も兄……じゃなくて、サマーにもっと義姉のことを聞きたいんですけど、話したくないようで。今もいないし……本当、どこに行ったんでしょうね……」
「サマー、帰ってきてほしいですね……」
『……え、サマーって何?』
聞きなれた声が耳に響いて、声のする方を振り返る。
困り顔の兄が、そこに立っていた。
「どこ行ってたんだよ……!倉木さん、サマー帰ってきました」
『え、サマーって俺のこと!?ださっ!え、何それ。夏樹だから?』
ださい……というのは納得だが、名づけ親の手前、黙っておくことにしよう。
そう決めたあと、俺は倉木と兄にひとつの提案をすることにした。
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