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8 “自称”帰還者
自称帰還者は、古いアパートの一室に暮らしているらしい。
沙知絵が2階奥の角部屋のチャイムを鳴らすが、返答はない。
再度チャイムを鳴らし、沙知絵が大きな声で呼ぶ。
「勇司さーん!大野でーす!」
しばらくして、カチャリと鍵の開く音がして、ゆっくりとドアが開いた。
中から顔をのぞかせたのは、不健康そうな青年だった。
「ああ、君か。今日来るんだったっけ。」
「そうですよ!忘れないでください。」
勇司と呼ばれた青年は、ぶしつけに俺たちを眺め回す。
そして、ふんっと鼻を鳴らして「あがれば?」と促した。
※
部屋の中は狭く、積み上げられた本でいっぱいだった。
小さな机の上にはノートパソコンが広げられていて、どうやら彼は今までここで作業をしていたらしい。
パタン、とパソコンの画面を閉じ、机を囲むように座った俺たちを見て、勇司は口を開く。
「それで、俺に何の用?っていうか、連れてくるのは女の子ひとりじゃなかったっけ?このおじさんたちは保護者かなにか?」
「違います。……昨日、ちゃんと連絡しましたけど?」
「連絡?」
いぶかしげな顔をして、勇司がスマホを確認する。
そして「ああ。」と思い出したように声を漏らした。
「さっそくなんだけど、君が異世界転移したって本当?」
話を切り出したのは佐々木だった。
勇司は佐々木を軽く睨み、吐き捨てるように言った。
「だったらなんなの?あんたも俺をバカにする気?」
あんたも、ということは、過去にもそういう相手がいたのだろう。
警戒心の強い様子は、まるで猫のようだ。
「バカにする気はない。ただ、事実かどうか知りたいだけさ。」
勇司をまっすぐ見つめて佐々木が言った。
勇司は考え込むようにしばし黙り込んだあと、「本当だよ。」と返した。
嘘をついているようには見えないが、にわかには信じがたい話だ。
「俺たちは異世界転移について調べている。よければ、詳しい話を聞かせてくれないか?」
「異世界転移について?なんかヤバイ団体なわけ?」
「それをいうなら、君もだいぶヤバイやつになると思うけど?」
「は?」
一触即発といった雰囲気に、慌ててあいだに入る。
「佐々木さん、落ち着いてください!…えっと、勇司君だよね。急に押しかけて申し訳ないんだけど、俺たち本当に異世界転移について話を聞きたいだけなんだ。」
「そうなんです!お願いします!」
俺に続けて、舞が頭を下げる。
必死な俺たちの様子を見て、「…別にいいけど。」と勇司がため息をついた。
佐々木も冷静になったのか、「悪かった。」と謝罪したうえで、改めて頭を下げる。
「でもさ、そもそも何でこんな話聞きたいわけ?変な宗教とか、オカルト雑誌とかだったら嫌なんだけど。」
勇司はいまだ警戒しているらしい。
俺は佐々木と舞に視線を向ける。
二人が小さくうなずくのを確認して、勇司に向き合って告げる。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺たちの家族も異世界転移した可能性があるんだ。家族を取り戻すために、君に話を聞きにきたんだ。」
目を丸くした勇司は、「…そういうことか。」と小さく呟いた。
※
勇司が異世界に召喚されたのは、1年ちょっと前の冬のこと。
病気の妹を助けるために、異世界へ行って世界を救ってほしいと女神に頼まれたことがきっかけだったらしい。
不治の病で余命宣告を受けていた妹を何よりも大切に思っていた勇司は、二つ返事で了承した。
死と隣り合わせの危険な旅になることはわかっていたが、妹が助かるのなら、命を落としても後悔しない自信があった。
転移の際、女神は勇司に3つの力と加護を与えてくれたという。
一つ目は、転移先のあらゆる言葉を理解する能力。
二つ目は、膨大な魔力。
そして三つめは、鑑定能力。
女神の力によってとある王国に召喚された勇司は、僧侶と戦士、そしてその国一番の魔法使いである姫とパーティーを組み、魔王討伐に挑むことになった。
召喚された当初は魔法も剣も扱い方がわからずに苦労したらしいが、女神の加護のおかげか、メキメキと実力を伸ばし、やがて魔王の討伐に成功したそうだ。
魔王を倒すのにかかった年月は、およそ3年。
苦楽をともにしたパーティーメンバーとの絆は深まり、魔法使いの姫とは恋仲になっていたらしい。
世界を救った勇者として凱旋し、いよいよ姫と結婚という段階になったころ、夢の中に再び女神が現れた。
女神は世界を救ったお礼とともに、勇司に元の世界に戻るよう告げたらしい。
姫とともに生きる決意を固めていた彼はそれを拒んだが、異なる世界のものが存在し続けることで世界に亀裂が生まれることを知っては、どうしようもなかったそうだ。
1日だけ猶予をもらった彼は、愛する姫や仲間たちに別れを告げ、この世界に戻ってきた。
帰還した彼は驚いたらしい。
彼は3年ものあいだ、異世界で戦いの世界に身を置いていた。
身体も十分に鍛えられ、引き締まった肉体になっていた。
しかし、帰還した世界ではひと晩しかたっておらず、彼の身体も異世界転移する前の状態に戻っていたらしい。
さらに驚愕したのが、女神が治療を約束した妹の存在がこの世から抹消されていたことだった。
命がけで救ったはずだった妹の消失。
戸惑いと絶望に飲み込まれた彼は、何度も女神に「話が違う!妹を返せ!」と叫び続けた。
しかしそんな彼の叫びに、女神が答えることはついぞなかったという。
やがて彼は両親の手によって精神病院へ入院させられた。
彼が冷静を取り戻し、退院したのは、それから1年が経った頃のこと。
しばらく親元で過ごした彼は、妹の記憶を一切失ってしまった両親との生活に耐えきれず、今はこうして一人暮らしをしているそうだ。
沙知絵が2階奥の角部屋のチャイムを鳴らすが、返答はない。
再度チャイムを鳴らし、沙知絵が大きな声で呼ぶ。
「勇司さーん!大野でーす!」
しばらくして、カチャリと鍵の開く音がして、ゆっくりとドアが開いた。
中から顔をのぞかせたのは、不健康そうな青年だった。
「ああ、君か。今日来るんだったっけ。」
「そうですよ!忘れないでください。」
勇司と呼ばれた青年は、ぶしつけに俺たちを眺め回す。
そして、ふんっと鼻を鳴らして「あがれば?」と促した。
※
部屋の中は狭く、積み上げられた本でいっぱいだった。
小さな机の上にはノートパソコンが広げられていて、どうやら彼は今までここで作業をしていたらしい。
パタン、とパソコンの画面を閉じ、机を囲むように座った俺たちを見て、勇司は口を開く。
「それで、俺に何の用?っていうか、連れてくるのは女の子ひとりじゃなかったっけ?このおじさんたちは保護者かなにか?」
「違います。……昨日、ちゃんと連絡しましたけど?」
「連絡?」
いぶかしげな顔をして、勇司がスマホを確認する。
そして「ああ。」と思い出したように声を漏らした。
「さっそくなんだけど、君が異世界転移したって本当?」
話を切り出したのは佐々木だった。
勇司は佐々木を軽く睨み、吐き捨てるように言った。
「だったらなんなの?あんたも俺をバカにする気?」
あんたも、ということは、過去にもそういう相手がいたのだろう。
警戒心の強い様子は、まるで猫のようだ。
「バカにする気はない。ただ、事実かどうか知りたいだけさ。」
勇司をまっすぐ見つめて佐々木が言った。
勇司は考え込むようにしばし黙り込んだあと、「本当だよ。」と返した。
嘘をついているようには見えないが、にわかには信じがたい話だ。
「俺たちは異世界転移について調べている。よければ、詳しい話を聞かせてくれないか?」
「異世界転移について?なんかヤバイ団体なわけ?」
「それをいうなら、君もだいぶヤバイやつになると思うけど?」
「は?」
一触即発といった雰囲気に、慌ててあいだに入る。
「佐々木さん、落ち着いてください!…えっと、勇司君だよね。急に押しかけて申し訳ないんだけど、俺たち本当に異世界転移について話を聞きたいだけなんだ。」
「そうなんです!お願いします!」
俺に続けて、舞が頭を下げる。
必死な俺たちの様子を見て、「…別にいいけど。」と勇司がため息をついた。
佐々木も冷静になったのか、「悪かった。」と謝罪したうえで、改めて頭を下げる。
「でもさ、そもそも何でこんな話聞きたいわけ?変な宗教とか、オカルト雑誌とかだったら嫌なんだけど。」
勇司はいまだ警戒しているらしい。
俺は佐々木と舞に視線を向ける。
二人が小さくうなずくのを確認して、勇司に向き合って告げる。
「信じてもらえないかもしれないけど、俺たちの家族も異世界転移した可能性があるんだ。家族を取り戻すために、君に話を聞きにきたんだ。」
目を丸くした勇司は、「…そういうことか。」と小さく呟いた。
※
勇司が異世界に召喚されたのは、1年ちょっと前の冬のこと。
病気の妹を助けるために、異世界へ行って世界を救ってほしいと女神に頼まれたことがきっかけだったらしい。
不治の病で余命宣告を受けていた妹を何よりも大切に思っていた勇司は、二つ返事で了承した。
死と隣り合わせの危険な旅になることはわかっていたが、妹が助かるのなら、命を落としても後悔しない自信があった。
転移の際、女神は勇司に3つの力と加護を与えてくれたという。
一つ目は、転移先のあらゆる言葉を理解する能力。
二つ目は、膨大な魔力。
そして三つめは、鑑定能力。
女神の力によってとある王国に召喚された勇司は、僧侶と戦士、そしてその国一番の魔法使いである姫とパーティーを組み、魔王討伐に挑むことになった。
召喚された当初は魔法も剣も扱い方がわからずに苦労したらしいが、女神の加護のおかげか、メキメキと実力を伸ばし、やがて魔王の討伐に成功したそうだ。
魔王を倒すのにかかった年月は、およそ3年。
苦楽をともにしたパーティーメンバーとの絆は深まり、魔法使いの姫とは恋仲になっていたらしい。
世界を救った勇者として凱旋し、いよいよ姫と結婚という段階になったころ、夢の中に再び女神が現れた。
女神は世界を救ったお礼とともに、勇司に元の世界に戻るよう告げたらしい。
姫とともに生きる決意を固めていた彼はそれを拒んだが、異なる世界のものが存在し続けることで世界に亀裂が生まれることを知っては、どうしようもなかったそうだ。
1日だけ猶予をもらった彼は、愛する姫や仲間たちに別れを告げ、この世界に戻ってきた。
帰還した彼は驚いたらしい。
彼は3年ものあいだ、異世界で戦いの世界に身を置いていた。
身体も十分に鍛えられ、引き締まった肉体になっていた。
しかし、帰還した世界ではひと晩しかたっておらず、彼の身体も異世界転移する前の状態に戻っていたらしい。
さらに驚愕したのが、女神が治療を約束した妹の存在がこの世から抹消されていたことだった。
命がけで救ったはずだった妹の消失。
戸惑いと絶望に飲み込まれた彼は、何度も女神に「話が違う!妹を返せ!」と叫び続けた。
しかしそんな彼の叫びに、女神が答えることはついぞなかったという。
やがて彼は両親の手によって精神病院へ入院させられた。
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