娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
20 / 266

20 別れの夜

しおりを挟む
 帰宅した俺を、妻も義母もいつも通り迎えてくれた。
 部屋の中には、夕飯の良い香りが漂っている。

「さっさとお風呂に入っちゃいなさい。」

 義母に促され、浴室に向かう。
 次はいつ、こうして風呂にゆっくりと入れるかわからない。
 ゆったりと湯船に浸かり、身体を温めながら、これからのことを考える。

 細かいところまで目を通す時間は取れなかったが、勇司くんに勧められた科学本には一通り目を通した。
 こんなことなら、普段からもっと実用書なんかも読んでおけばよかったな。
 そう後悔しつつも、あとはなるようになるだろうと、楽観的な心境だった。


 風呂を済ませてリビングに向かうと、食卓にはところ狭しと料理が並んでいる。

「こんなに、どうしたんですか?」

 驚いて俺が訊ねると、「しばらくお別れになるかもしれないから、ついね。」と義母がいたずらっぽく笑った。
 俺や詩織の好物ばかり並んでいる光景に、義母の愛情を感じる。

 ありがとうございます、とお礼を告げ、食事の時間を楽しんだ。
 俺と同様、義母も暗い話題を避けているようだった。
 妻も料理を手伝ったことを嬉しそうに語り、褒めてやると飛び切りの笑顔を見せる。

 そんな明るい食卓の中、ぽっかりと空いた椅子が際立っている。
 柚乃がここにいたら、ひときわ喜んでごちそうを頬張っていたことだろう。
 在りし日の日常に思いを馳せるとともに、俺は娘を取り戻すための決意を新たにした。







「それで、いつごろ迎えが来るのかしら?」

 義母が問いかけたが、「明日の夜」としか告げられておらず、正確な時間はわからない。
 もしかしたら、昨日の夢のように眠っているあいだに異世界へ渡航する可能性もある。

 そわそわと落ち着かない気持ちでいると、妻がそっと俺の手を握った。

「詩織がいっしょにいるからね、大丈夫だよ。」

 にっこり微笑む彼女がいじらしく、心が少し軽くなる。
 そのときだった。
 ピンポーン、とチャイムの音が静かな部屋に響き渡った。

 恐る恐るインターフォンの通話ボタンに手を伸ばす。
 画面に映った少年は、不敵な笑みを浮かべていた。

「こんばんは、伊月くん、詩織ちゃん。お部屋に入れてもらえるかな?」

 言われるがまま、エントランスのオートロックを解除する。
 それからしばらくすると、次は玄関のチャイムが鳴った。
 扉を開けると、少年が月夜に照らされて立っていた。


「お邪魔します。」


 礼儀正しく、少年が軽く頭を下げる。
 こうしてみると、いいところのお坊ちゃんみたいだ。
 少年は部屋を見渡して、「ここはいいところだね。」と言った。
 大して広くもない、生活感の溢れる部屋だが、少年の表情を見るにお世辞で言っているわけではなさそうだ。
 素直に受け止め、「ありがとう。」と返す。

「詩織ちゃんのお母さんとは、初めましてだね。」

 義母に向き直り、少年が言った。
 義母がとっさに身構えたのがわかった。

「そんなに怖がらないでよ。…伊月くんと詩織ちゃんのことは、僕に任せて。」

 そう話す少年の足元に、コトラが擦り寄る。
 妻と娘以外には懐かない猫なのに、どうやら少年のことは警戒していないらしい。
 コトラは俺にも懐かないのに……と少し悔しく思う。

 少年はコトラをそっと抱き上げ、

「この子もね。」

と言った。
 コトラはそれに応えるように、「にゃおーん。」と鳴き声を上げる。


「…………えっ?!」

 少年の言葉に耳を疑う。
 いま、彼はなんと言った?

「コトラもいっしょに行くの?!」

 嬉しそうな声を上げたのは、妻だった。
 義母の方を見ると、俺と同様に驚愕の表情をしていた。

 同行者が複数いる可能性は考えていたが、まさかコトラだとは……。
 いくら娘に懐いていたとはいえ、大丈夫なのだろうか?

 俺のそんな考えを察してか、コトラが「フーッ!」とこちらを威嚇する。
 そんな俺たちの様子をみて、少年がクスクス笑った。


「大丈夫、コトラは才能があるから。頼りになる同行者だよ。」

 まっすぐ少年は言い切ったが、俺の胸の不安は膨らむばかりだった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
 名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。  妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。  貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。  しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。  小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...