58 / 266
55 愚か者の戯言
しおりを挟む少女は、恐る恐ると言った様子で「……嘘だよね?何か行き違いがあるだけだよね?」と兵士に訊ねる。
兵士はためらないなく「もちろんです!」と答えた。
そして、
「聖女様の御心を惑わす愚か者は、すぐに排除いたします。」
といって、ノアに切りかかる。
とっさのことに、少女が声にならない悲鳴をあげる。
しかし兵士の剣はノアを傷つけることなく、勢いよく跳ね飛ばされてしまった。
にっこりと微笑むノアに兵士は舌打ちをして、詠唱を始める。
剣が効かないのなら魔法で、ということなのだろう。
ノアがもう一度指を鳴らすと、兵士の足元から蔓が伸び、兵士の身体に絡みついた。
兵士は慌てて振り払おうとしたが叶わず、身動きが取れなくなって、ノアを睨みつける。
「愚か者はどちらの方かな?僕はね、人の道理も理解できないような悪い子は嫌いなんだ。」
そして少女に向かって問いかける。
「聖女、君はどうだろう。愚かな彼らの妄言に騙され、目をそらす?それとも、真実を知る勇気がある?」
返答に詰まる少女の肩を抱き寄せ、アランが「耳を貸すことはない。」と囁く。
「我々が君を騙すなんてありえない。やつらについていけば、危害を加えられる可能性が高い。」
「でも…あの子、とても嘘を言っているようには…。」
「平民は平気で噓をつく愚かな存在だ。大人だろうと子どもだろうと、姑息な手段で我々の財を奪おうと画策する。君の聖女としての力を得るため、あのような見え見えの嘘をついているのだろう。」
「……。」
「君の聖なる力は尊いものだ。それは世界のために活かされるべきであって、あのような者たちに悪用されるべきものではない。」
少女は、アランとノアを交互に見つめ、迷いを振り切るように首を振った。
そしてアランに向かって、まっすぐな目をして言った。
「私はあなたを愛しているし、あなたを信じている。だからこそ、彼らの話を聞いて、疑いを晴らしたい。」
「……その必要はない。君がいたずらに傷つくだけだ。」
「それでも……アランとネルが、私のことを守ってくれるんでしょう?」
必死に訴えかける少女に、アランは少し驚いた様子だった。
そして眉を下げ、微笑む。
その表情を了承と取ったのか、少女もぱっと笑顔を浮かべる。
だが、そんな少女を裏切るように、アランは「残念だよ。」と囁いた。
言葉の意図がわからずに固まる少女を尻目に、アランは兵士に「連れていけ。」と指示を出す。
アランの指示を受けた兵士は少女を拘束し、スラム街の外へ連れ出そうとする。
「ちょ、待って!離して!アラン、どういうつもり?!」
暴れて抵抗する少女を冷たく睨みつけ「うるさい。」とアランが言った。
そして兵士の中の一人を呼びつけ、その鎧を思い切り蹴りつけた。
兵士はよろめいて倒れたあと、アランの前で土下座をして謝罪を繰り返す。
そんなアランの様子を、少女は青ざめた顔で呆然と眺めていた。
アランは少女のことなど一切気にせず、謝り続ける兵士を罵倒する。
「洗脳は完璧だと言っただろう!それを、あんなガキの言葉に簡単に騙されるとは…!この役立たずめ!」
「申し訳ございません!申し訳……っ!」
「……もういい。」
アランはそう言い捨てると、兵士の首をあっさりとはねた。
兵士の首はコロコロと転がり、少女の前で止まる。
あまりの光景に、そこかしこで悲鳴が上がる。
エメルや妻も同様で、俺はふたりが残酷な光景をこれ以上目にしないよう、背に庇った。
少女はショックが大きかったのだろう。
甲高い悲鳴を上げたあと、失神したのかぐったりと力なく崩れ落ち、兵士に身体を支えられていた。
アランは長いため息をついて、ノアに向き直る。
「聖女に何をした?」
「何って?」
「国のトップレベルの魔術師がかけた洗脳をゆさぶったんだぞ?何かしたに違いないだろう。」
「あれでトップレベル?子どものおふざけかと思ったよ。」
ふふふ、と小馬鹿にしたようにノアが笑う。
アランは激昂するかと思ったが、なぜかふっと笑みを浮かべた。
「お前、よほど腕に自信があるのだな。……気に入った!この俺が直々にお前を召し抱えてやろう。」
「……。」
「報酬は弾むぞ。地位も名誉も手に入る。お前のような最下層の者にとっては、破格の待遇だ。」
自信満々に言うアランに、ノアは「バカなの?」と返す。
「お断りに決まってるでしょ。どうして僕が、君のような性根の腐ったクズの相手をしてあげないといけないの?殺したくなるから、さっさとどこかへ行きなよ。」
「……は?お前、俺が誰だかわかっていて、そんな口を聞いているのか?」
「諸悪の根源でしょ。腐敗したこの世界の。」
ノアの言葉に、アランがブルブルと震える。
その顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
しかし、力量の差は心得ているのだろう。
掴みかかってくることはなかった。
ただ一言「覚えていろ」とだけ吐き捨て、踵を返す。
兵士たちは慌ててそのあとを追い、残されたエキストラたちに解散を告げた。
エキストラたちは報酬をもらっていないとごねたが、兵士の一人が氷の弾を威嚇として打ち込むと、文句を言うものはいなくなった。
俺はただ、震える妻とエメルを庇い続けることしかできなかった。
そんな俺の足元をすり抜け、コトラがノアの近くまで歩いて行った。
そして「にゃおん」と一鳴きする。
ノアはコトラに目を向けると、冷たく固い表情をやわらげた。
俺たちの方を向き直り「それじゃあ、君の家族を探しに行こう。」とエメルに微笑むノアは、いつもの彼に戻っていた。
11
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる