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56 スラムの住人と母の愛
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住人たちが隔離されている建物の扉を開けると、明らかに緊張した雰囲気が伝わってきた。
いきなり屈強な兵士に剣を突きつけられ、こんなところに押し込められたんだ。
さらなる危害を加えられるかもしれないと怯える気持ちも十分わかる。
ずいぶんと狭い部屋に、100名近い人たちが息を殺して身を寄せ合っていた。
足を踏み入れた俺たちに、一斉に視線が向けられる。
妻とエメルがびくっと震えるのを感じた。
「こんにちはー!エメルくんのご家族の方、いますかー?」
緊迫した空気をものともせず、ノアが明るく声を張り上げる。
エメルが俺の背中から恐る恐る顔を出すと、一人の女性が「エメル!」と叫んだ。
そしてよろよろと駆け寄ってきて、エメルを抱きしめた。
エメルも、女性を目にするなり涙を流し、抱きついた。
女性は真っ青な顔で、俺たちに訴える。
「あの、私はどうなってもいいですから、この子は…この子だけは、どうか……。」
必死な表情だ。
子を守りたいと願う親の気持ちは、痛いほどよくわかる。
ノアはふっと微笑んで「大丈夫。」と囁いた。
「僕たちは敵ではありません。あなたたちをここに閉じ込めた者たちは、もう帰っていきました。」
「……あなたたちは…。」
「エメルくんとは大通りで会って、家まで送ってきたんです。そしたら何だかおかしなことになっていて。」
女性は半信半疑と言った様子で、なかなか警戒を解いてはくれなかった。
そんな彼女に、エメルが「本当だよ。」と訴える。
「怖い奴らがいたけど、この兄ちゃんがずっと庇ってくれてたんだ。弟と妹と食べろって、お菓子もくれたし。」
「……そう…。でも、どうして大通りへなんて…。」
「俺、あいつらにお菓子を買ってやりたくて…。それで……ごめん。」
どうやら大通りへは、無断で来ていたらしい。
だからこそ、兵士たちに見つからずに済んだのだろうが…。
女性は俺たちに深々と頭を下げた。
「息子を送ってくださり、ありがとうございます。見ての通り貧しく、何のお礼もできず、申し訳ありません…。」
「頭をあげてください!お礼が欲しかったわけではありませんから、お気になさらず。エメルくんがあまりに健気だったので、つい…。こちらこそ、勝手にすみません。」
女性はほっとしたのか、少し空気が和らいだ。
その間に、ほかの住人たちが口々に話し始める。
「おい、あいつらが帰ったって本当なのか?」
「ここから出てもいいのか?」
「本当にお前ら、あいつらの仲間じゃないのか?」
そんな彼らに、ノアははっきりと「本当です。その証拠に、騒いでもさっきの男たちは戻ってこないでしょ?」と告げる。
全体に、安堵の空気が広がった。
その中に、青い顔をしたまま小さな少女を抱いている女性がいた。
抱かれているのは、さっき兵士に首筋を傷つけられた少女だ。
いち早く少女の存在に気づき、駆け寄ったのは妻だった。
カバンの中から傷薬を取り出し、少女の母親に差し出す。
「そんな薬だなんて、高価なもの……。」
母親は固辞したが、妻は薬のふたを開け、指にとって少女の首筋に塗った。
少女は怯えていたが、妻が「大丈夫。いたいのいたいの、とんでけー。」と微笑みかけると、安心した様子だった。
母親は何度もお礼を繰り返していた。
住人は、ひとり、また一人と外へ出ていった。
家へ帰るのだろう。
俺たちも、エメルの家族についてその場をあとにした。
部屋の中には、何人かの人が横たわったままだった。
彼らはもう、動くことも、呼吸をすることもない。
どうやら兵士たちは、野ざらしになっていた遺体もここに隔離していたようだ。
おそらく、住人たちに命じて。
俺はただ、彼らの冥福を祈るだけだった。
いきなり屈強な兵士に剣を突きつけられ、こんなところに押し込められたんだ。
さらなる危害を加えられるかもしれないと怯える気持ちも十分わかる。
ずいぶんと狭い部屋に、100名近い人たちが息を殺して身を寄せ合っていた。
足を踏み入れた俺たちに、一斉に視線が向けられる。
妻とエメルがびくっと震えるのを感じた。
「こんにちはー!エメルくんのご家族の方、いますかー?」
緊迫した空気をものともせず、ノアが明るく声を張り上げる。
エメルが俺の背中から恐る恐る顔を出すと、一人の女性が「エメル!」と叫んだ。
そしてよろよろと駆け寄ってきて、エメルを抱きしめた。
エメルも、女性を目にするなり涙を流し、抱きついた。
女性は真っ青な顔で、俺たちに訴える。
「あの、私はどうなってもいいですから、この子は…この子だけは、どうか……。」
必死な表情だ。
子を守りたいと願う親の気持ちは、痛いほどよくわかる。
ノアはふっと微笑んで「大丈夫。」と囁いた。
「僕たちは敵ではありません。あなたたちをここに閉じ込めた者たちは、もう帰っていきました。」
「……あなたたちは…。」
「エメルくんとは大通りで会って、家まで送ってきたんです。そしたら何だかおかしなことになっていて。」
女性は半信半疑と言った様子で、なかなか警戒を解いてはくれなかった。
そんな彼女に、エメルが「本当だよ。」と訴える。
「怖い奴らがいたけど、この兄ちゃんがずっと庇ってくれてたんだ。弟と妹と食べろって、お菓子もくれたし。」
「……そう…。でも、どうして大通りへなんて…。」
「俺、あいつらにお菓子を買ってやりたくて…。それで……ごめん。」
どうやら大通りへは、無断で来ていたらしい。
だからこそ、兵士たちに見つからずに済んだのだろうが…。
女性は俺たちに深々と頭を下げた。
「息子を送ってくださり、ありがとうございます。見ての通り貧しく、何のお礼もできず、申し訳ありません…。」
「頭をあげてください!お礼が欲しかったわけではありませんから、お気になさらず。エメルくんがあまりに健気だったので、つい…。こちらこそ、勝手にすみません。」
女性はほっとしたのか、少し空気が和らいだ。
その間に、ほかの住人たちが口々に話し始める。
「おい、あいつらが帰ったって本当なのか?」
「ここから出てもいいのか?」
「本当にお前ら、あいつらの仲間じゃないのか?」
そんな彼らに、ノアははっきりと「本当です。その証拠に、騒いでもさっきの男たちは戻ってこないでしょ?」と告げる。
全体に、安堵の空気が広がった。
その中に、青い顔をしたまま小さな少女を抱いている女性がいた。
抱かれているのは、さっき兵士に首筋を傷つけられた少女だ。
いち早く少女の存在に気づき、駆け寄ったのは妻だった。
カバンの中から傷薬を取り出し、少女の母親に差し出す。
「そんな薬だなんて、高価なもの……。」
母親は固辞したが、妻は薬のふたを開け、指にとって少女の首筋に塗った。
少女は怯えていたが、妻が「大丈夫。いたいのいたいの、とんでけー。」と微笑みかけると、安心した様子だった。
母親は何度もお礼を繰り返していた。
住人は、ひとり、また一人と外へ出ていった。
家へ帰るのだろう。
俺たちも、エメルの家族についてその場をあとにした。
部屋の中には、何人かの人が横たわったままだった。
彼らはもう、動くことも、呼吸をすることもない。
どうやら兵士たちは、野ざらしになっていた遺体もここに隔離していたようだ。
おそらく、住人たちに命じて。
俺はただ、彼らの冥福を祈るだけだった。
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