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141 自動翻訳スキル
「……待てよ」
震える声で呼び止めたのは、蓮だった。
怯えた目をしつつも、唇をぐっと噛みしめたあと、覚悟を決めたように続ける。
「俺は確かに今、ちょっとだけビビってるけどさ、こんな状況で仲間を置いて逃げるほど臆病者じゃないからな」
「蓮……」
「ここで逃げて、お前らに何かあったら、後悔してもしきれねえだろ!俺たちもいっしょにいく!」
「そ、そうだよ。俺、あんたらのこと、意外と気に入ってるんだぜ?」
蓮に続き、ラウルが言った。
蓮とラウルは震える手を握り合っていた。
それでも、まっすぐに俺を見据えている。
「……二人とも頑固ですから、こうなっては聞きませんよ」
さらに斎藤が後押しして、俺のほうが折れることになった。
深くため息をつき、心に固く誓う。
こんなに健気な子どもたちを、絶対に危険な目に遭わせはしない。
必ず守り抜いてみせる。
「ありがとう」
小さく呟くと、蓮とラウルはへにょりと眉を下げて笑った。
強がっている幼子が無理に笑みを作っているような、不格好な表情だった。
※
武器を捨てて投降した俺たちを警戒しつつも、騎士たちは俺たちを拘束した。
すぐに殺すつもりはないらしい。
そしてそのまま、どこからともなく現れた馬車に乗せられ、国の中心である聖都まで連行されることになった。
ユミュリエール教国では、教会が裁判所の役割を担っているという。
傷害や窃盗などはその地域の教会で処理されることが多いが、国を揺るがすような大きな犯罪の場合は教皇自らが量刑を決めることになる。
聖女襲撃という大犯罪を犯した俺たちは、これから教皇の待つ聖都で裁かれる予定なのだそうだ。
間違いなく、死刑だろうがな。
そう吐き捨てた騎士は、蔑むような顔で俺たちを睨みつけていた。
数日馬車に揺られ、たどり着いたのは教皇の暮らす宮殿の端に作られた牢獄だった。
重犯罪を犯した者は、厳重な警備の元、この石造りの冷たい牢に入れられるらしい。
裁判の日まで、ここで自らの犯した罪の重さを悔いるがいい。
牢に鍵をかけながら、看守が言った。
そして「こんな子どもを使うとは、なんと卑劣な」と斎藤に軽蔑の眼差しを向ける。
つい忘れがちだが、そういえば今の俺の姿は子どもなのだった。
はたから見れば、多くの子どもを従えた斎藤がことを企てたように見える。
あらぬ汚名を斎藤に着せてしまったことを申し訳なく思ったが、余計なことを言って事態をより悪化させても仕方がない。
心の中で謝罪しつつ、俺は静観を決め込むことにした。
そのまましばらくは、牢の中で大人しくしていた。
教皇は忙しいらしく、裁判まで時間がかかると看守に聞かされていたから、気持ちにも余裕があった。
意外なことに、牢での待遇は悪くはなかった。
粗末ではあるが食事は出してもらえたし、薄い布切れを掛け布団として与えられた。
牢の中には個室のトイレまでしっかりと備え付けられている。
なんなら、野営のときよりも幾分まともな生活環境だ。
ユミュリエール教国では、裁きが下されるまではこうして、最低限人間らしい生活を送れることになっているらしい。
なんともありがたい話だ。
「なあ、ところでさ、一つ気になってたことがあるんだけど」
「なんだい?」
俺の問いかけに、ノアが小首を傾げる。
「この世界って、国が違っても言語は同じなのか?」
「言語?」
「いや、オートラック王国からユミュリエール教国にきただろ?どちらの国でも、同じ言葉を話している気がするんだが」
「ああ。……実はね、両国にはそれぞれ異なる言語があるんだよ。同じ言語に聞こえるのは、転移者特典の自動翻訳スキルのおかげだね」
ノアによると、転移者には転移先の世界で困らないよう、自動翻訳のスキルがデフォルトで身についているらしい。
神によって差異があるのではないかと思ったが、異世界へ移動するときに自動的に付与されるシステムになっているという。
なんでも、神の意志が介在していなくても、稀に異世界転移が起こってしまうことがあるそうだ。
原因はいろいろあるが、神による世界の管理不足や不具合などによって生じることがほとんどで、転移が起こったことすら誰にも気づかれず、放置されることが多いらしい。
以前は翻訳スキルがなく、言葉の通じない異世界で非業の死を遂げる転移者がほどんどだった。
ミスや不具合を完全になくすことはできない。
それならばせめてと考案されたのが、自動翻訳スキルだったのだ。
「システム構築はなかなか大変だったんだけどね。でもおかげで、転移者の死亡率は大幅に減少したようだよ。……ただ、転移者全員は把握しきれていないから、正確な割合はわかっていないんだけど」
「そうだったのか」
「だから転移者は世界各国の言葉を母国語のように扱える。通訳の仕事にももってこいだね」
「通訳は……しないけど……」
ただ、誰の意思にも関係なく、事故のように異世界へ転移してしまうことがあるというのは恐ろしい話だ。
神でさえ転移が起こったことに気づかない可能性もあるなら、行方を追うことなど困難だろう。
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