188 / 266
165 声
「うわあ、お祭りみたい!」
弾んだ声で妻が言う。
確かに、これまで旅してきたどの街よりも活気があるかもしれない。
住民たちの姿はさまざまで、人間に似た姿のものもいれば、半人半獣のようなもの、完全に獣のような姿のもの、さらにはおどろおどろしいいかにもな姿のものまでいる。
ただ姿による差別なんかはないようで、街の中は明るい声で満ちていた。
素直にいい街だと思う。
住民を眺めるだけで、魔王が良き統治者であることがよくわかる。
俺たちは、先ほどの少女が教えてくれたおすすめの宿のうちの一つに足を運んだ。
空き室があるか不安だったが、すんなり鍵を受け取ることができた。
少女にもらった木札を渡すと、慣れた感じで先払いの料金の割引をしてくれる。
「ここはいい街ですね」
そう言うと、宿の主人はにっこりと微笑み、以前はこうではなかったのだと教えてくれた。
街の状態が改善したのは、今の魔王の治世が始まってからだという。
「以前は強さこそがすべてで、弱い魔族は強い魔族のもとで奴隷のような生活を強いられていました。とくに先代の魔王様は戦いにしか興味がない方で、当時はあちこちで戦火が上がっていたものです」
「そうなんですか……」
「今の魔王様は強さ以外にも目を向けてくださる方で、長い時間をかけて少しずつ力のない魔族たちの権利向上に尽力してくださったのです。お客様方は、遠方からいらっしゃったので?」
「えっと……」
「ええ、魔王領の外から。あっちはまだ整備が進んでいなくて」
返事に詰まった俺に代わり、少し困ったようにノアが答える。
宿の主人は納得したように頷いた。
「お困り事があれば気軽にお声をかけてください。それでは、ごゆっくり」
穏やかに微笑む主人に礼を告げ、俺たちは部屋へと向かう。
宿泊する部屋は、高級感のあるリゾートホテルの一室のようだった。
室内は想像以上に広く、調度品の質も良さそうだ。
魔王領の通貨についてノアから軽く聞いた感じだと、日本円に換算すると一泊一人当たり15000円程度だろうか。
そのコスパの良さに驚きつつも、ソファに腰を下ろす。
すぐに娘に会えるかもしれないと期待していたとともに緊張もしていたのか、どっと疲れがきた。
そのままソファでまどろんでいると、隣に妻が腰掛ける。
妻も疲れたのか、そのまま俺の肩にもたれてきたかと思えば、少しして規則的な寝息が聞こえてきた。
「伊月くんも休んでいていいよ」
そんなノアの声に甘えて、俺もそっと瞼を閉じた。
妻の温かな体温と重みが心地よく、気づくと俺は意識を手放していた。
※
目を開いた瞬間、俺は自分が夢の中にいることに気づいた。
明晰夢というやつだ。
俺は暗い空間の中に一人で立ち尽くしていた。
遠くに見える淡い光に気づき、とりあえず光の方へ歩きだす。
しかしいくら歩いても、光との距離が縮まらない。
おかしいと気づき始めていたが、夢の中だからとあまり気にはしなかった。
ただ届かない光に向かって歩き続けることに飽きてきて、ほかに何かないかと振り向く。
しかし辺りには薄暗い暗闇が広がっているだけだった。
仕方なくまた光に向かって歩き始めると、背後から声が聞こえた気がした。
気のせいかと思ったが、歩みを進めるとやはり何かが聞こえる。
ただ、うしろを振り返って耳を澄ますとしんと静まり返ってしまう。
声は少しずつ近づいているようだった。
相変わらず何を言っているかはわからないが、聞こえる声はどんどん大きくなっていく。
俺はだんだん恐怖を感じていた。
近づいてくる声から逃げるように走り始めたが、一向に光には近づけず、声は近づいてくるばかりだ。
そしてついに、全速力で走り続ける俺の耳元まで声が届いた。
ずっともやがかかったように理解できなかった言葉が、やけにクリアに響いた。
『ぜったいにかえさない』
ぞっとするような声だった。
どういう意味だ、と聞き返す前に、唐突に足元が崩れ落ち、俺はそのまま落下した。
空中でみっともなくバタつく俺に、もう一度声が響いた。
『ぜったいにかえさない。とりもどすなら、ころしてやる』
そこまで言われて、ようやく何を“返さない”のかがわかった。
俺は真っ暗な空間を睨みつけながら「絶対に取り戻す!」と叫んだ。
「俺は、柚乃を取り戻すためにここまで来たんだ!!」
相手は神か、魔王か。
これが現実なのかただの夢なのかもわからないまま、俺は意識を手放した。
弾んだ声で妻が言う。
確かに、これまで旅してきたどの街よりも活気があるかもしれない。
住民たちの姿はさまざまで、人間に似た姿のものもいれば、半人半獣のようなもの、完全に獣のような姿のもの、さらにはおどろおどろしいいかにもな姿のものまでいる。
ただ姿による差別なんかはないようで、街の中は明るい声で満ちていた。
素直にいい街だと思う。
住民を眺めるだけで、魔王が良き統治者であることがよくわかる。
俺たちは、先ほどの少女が教えてくれたおすすめの宿のうちの一つに足を運んだ。
空き室があるか不安だったが、すんなり鍵を受け取ることができた。
少女にもらった木札を渡すと、慣れた感じで先払いの料金の割引をしてくれる。
「ここはいい街ですね」
そう言うと、宿の主人はにっこりと微笑み、以前はこうではなかったのだと教えてくれた。
街の状態が改善したのは、今の魔王の治世が始まってからだという。
「以前は強さこそがすべてで、弱い魔族は強い魔族のもとで奴隷のような生活を強いられていました。とくに先代の魔王様は戦いにしか興味がない方で、当時はあちこちで戦火が上がっていたものです」
「そうなんですか……」
「今の魔王様は強さ以外にも目を向けてくださる方で、長い時間をかけて少しずつ力のない魔族たちの権利向上に尽力してくださったのです。お客様方は、遠方からいらっしゃったので?」
「えっと……」
「ええ、魔王領の外から。あっちはまだ整備が進んでいなくて」
返事に詰まった俺に代わり、少し困ったようにノアが答える。
宿の主人は納得したように頷いた。
「お困り事があれば気軽にお声をかけてください。それでは、ごゆっくり」
穏やかに微笑む主人に礼を告げ、俺たちは部屋へと向かう。
宿泊する部屋は、高級感のあるリゾートホテルの一室のようだった。
室内は想像以上に広く、調度品の質も良さそうだ。
魔王領の通貨についてノアから軽く聞いた感じだと、日本円に換算すると一泊一人当たり15000円程度だろうか。
そのコスパの良さに驚きつつも、ソファに腰を下ろす。
すぐに娘に会えるかもしれないと期待していたとともに緊張もしていたのか、どっと疲れがきた。
そのままソファでまどろんでいると、隣に妻が腰掛ける。
妻も疲れたのか、そのまま俺の肩にもたれてきたかと思えば、少しして規則的な寝息が聞こえてきた。
「伊月くんも休んでいていいよ」
そんなノアの声に甘えて、俺もそっと瞼を閉じた。
妻の温かな体温と重みが心地よく、気づくと俺は意識を手放していた。
※
目を開いた瞬間、俺は自分が夢の中にいることに気づいた。
明晰夢というやつだ。
俺は暗い空間の中に一人で立ち尽くしていた。
遠くに見える淡い光に気づき、とりあえず光の方へ歩きだす。
しかしいくら歩いても、光との距離が縮まらない。
おかしいと気づき始めていたが、夢の中だからとあまり気にはしなかった。
ただ届かない光に向かって歩き続けることに飽きてきて、ほかに何かないかと振り向く。
しかし辺りには薄暗い暗闇が広がっているだけだった。
仕方なくまた光に向かって歩き始めると、背後から声が聞こえた気がした。
気のせいかと思ったが、歩みを進めるとやはり何かが聞こえる。
ただ、うしろを振り返って耳を澄ますとしんと静まり返ってしまう。
声は少しずつ近づいているようだった。
相変わらず何を言っているかはわからないが、聞こえる声はどんどん大きくなっていく。
俺はだんだん恐怖を感じていた。
近づいてくる声から逃げるように走り始めたが、一向に光には近づけず、声は近づいてくるばかりだ。
そしてついに、全速力で走り続ける俺の耳元まで声が届いた。
ずっともやがかかったように理解できなかった言葉が、やけにクリアに響いた。
『ぜったいにかえさない』
ぞっとするような声だった。
どういう意味だ、と聞き返す前に、唐突に足元が崩れ落ち、俺はそのまま落下した。
空中でみっともなくバタつく俺に、もう一度声が響いた。
『ぜったいにかえさない。とりもどすなら、ころしてやる』
そこまで言われて、ようやく何を“返さない”のかがわかった。
俺は真っ暗な空間を睨みつけながら「絶対に取り戻す!」と叫んだ。
「俺は、柚乃を取り戻すためにここまで来たんだ!!」
相手は神か、魔王か。
これが現実なのかただの夢なのかもわからないまま、俺は意識を手放した。
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!