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186 呪い
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「何をやっていたんだ!!」
室内にノアの怒号が響き渡る。
ノアがここまで声を荒げるのは、初めて見た。
自分の油断が招いた結果なのに、自分以外の相手が責任を問われる姿を見るのは胸が痛い。
「ノア、サミューたちが悪いんじゃない。気を抜いた俺がいけなかったんだ」
慌てて口を出すと、ノアがキッとこちらを睨みつけた。
初めて見る表情に驚いて固まると、ノアははっとして、自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
サミューとロズは平身低頭の姿勢のまま、拳をきつく握りしめている。
「……ごめん、冷静を欠いていた。君たちが悪いわけじゃない。結界を張ったからと油断したのは、僕も同じだ」
眉間にしわを寄せて、ノアが言う。
そして俺のズボンをめくり、神に刻まれた痣をじっと眺めて、首を横に振った。
「簡単に解除できる代物じゃないね」
「……ねえ、命にかかわるようなものなの?」
不安げな顔で、娘がノアに訊ねる。
ノアは軽く微笑んで「大丈夫」と答えた。
「伊月くんと詩織ちゃんには、できる限り効果を高めた防具を着てもらっているからね。呪いがだいぶ抑えられているから、すぐに命がどうこうっていう心配はいらない。ただ、肉体だけじゃなく精神にも作用するタイプの呪いみたいだから、伊月くんには結構つらい思いをさせちゃうと思う。僕がついていながら……ごめんね」
そう言って、ノアがうなだれる。
俺は笑って「ありがとう」と答えた。
ノアは不思議そうな顔をしていたが、こうしてノアが俺たちの身を案じてくれることには感謝しかない。
今まで多くの世界を巡ってきた中で、神にとって人間という存在がいかにとるに足らないものなのか実感してきた。
でも、ノアは違う。
ノアが神様なのか、それとも違う何者なのかはいまだによくわからないが、それでもノアが真摯に俺たちに寄り添ってくれていることは確かだ。
それだけで、俺はずいぶん救われた気持ちになる。
「とにかく、呪いを解除する方法を探ってみるよ。何か異変があれば、どんなに小さなことでもちゃんと報告してね」
「わかった。よろしく頼む」
俺が頷いたのを確認して、ノアはロズに何か耳打ちをした。
ロズは頭を下げ、いつの間にか出現していた空間の歪みの中に消えていった。
こことは違う世界へ、情報を探りに行ったのかもしれない。
青い顔をしている娘の肩を、そっと魔王が支えた。
娘は魔王の方を見て、少し安心したように微笑む。
2人のあいだを流れる甘い雰囲気は、もはや無視できるものではなくなっている。
妻も俺の横でさっきまで血の気の引いた顔をしていたが、娘と魔王の様子を見て「あらあらぁ」なんてにやけた声を出している。
俺は意を決して、パンドラの箱を開けてみることにした。
「……なあ、柚乃?ひとつ聞きたいことが……いや、聞きたくないけど聞かなきゃいけないことがあるんだが……」
「そんなことよりパパ!」
俺の言葉を遮り、娘が責めるような口調で言う。
首を傾げた俺を「さっきのはどういうつもりなの?」と睨みつけてくる。
「さっきのって……?」
「あのね、私は自分の身代わりにパパが苦しむのなんて絶対に嫌だからね!」
「いや、でも俺は大人だし、何よりお前が大事だから……」
「私にとってもパパは大事なの!パパを犠牲にしたら、私は一生後悔する。次に同じこと言ったら許さないからね!……ママもよ!」
怖い顔で脅してくる娘に、俺と妻は顔を見合わせて笑った。
笑い事じゃないと娘がもっともなことを言っているが、それでも俺たちにとって、こうして言い合いをできることがどれほどうれしいことか。
魔王と娘の関係を訊ねるのは、またの機会にしよう。
俺は先ほどまでの覚悟を捨て去り、まだ説教を続けている娘を微笑ましく見つめていた。
室内にノアの怒号が響き渡る。
ノアがここまで声を荒げるのは、初めて見た。
自分の油断が招いた結果なのに、自分以外の相手が責任を問われる姿を見るのは胸が痛い。
「ノア、サミューたちが悪いんじゃない。気を抜いた俺がいけなかったんだ」
慌てて口を出すと、ノアがキッとこちらを睨みつけた。
初めて見る表情に驚いて固まると、ノアははっとして、自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
サミューとロズは平身低頭の姿勢のまま、拳をきつく握りしめている。
「……ごめん、冷静を欠いていた。君たちが悪いわけじゃない。結界を張ったからと油断したのは、僕も同じだ」
眉間にしわを寄せて、ノアが言う。
そして俺のズボンをめくり、神に刻まれた痣をじっと眺めて、首を横に振った。
「簡単に解除できる代物じゃないね」
「……ねえ、命にかかわるようなものなの?」
不安げな顔で、娘がノアに訊ねる。
ノアは軽く微笑んで「大丈夫」と答えた。
「伊月くんと詩織ちゃんには、できる限り効果を高めた防具を着てもらっているからね。呪いがだいぶ抑えられているから、すぐに命がどうこうっていう心配はいらない。ただ、肉体だけじゃなく精神にも作用するタイプの呪いみたいだから、伊月くんには結構つらい思いをさせちゃうと思う。僕がついていながら……ごめんね」
そう言って、ノアがうなだれる。
俺は笑って「ありがとう」と答えた。
ノアは不思議そうな顔をしていたが、こうしてノアが俺たちの身を案じてくれることには感謝しかない。
今まで多くの世界を巡ってきた中で、神にとって人間という存在がいかにとるに足らないものなのか実感してきた。
でも、ノアは違う。
ノアが神様なのか、それとも違う何者なのかはいまだによくわからないが、それでもノアが真摯に俺たちに寄り添ってくれていることは確かだ。
それだけで、俺はずいぶん救われた気持ちになる。
「とにかく、呪いを解除する方法を探ってみるよ。何か異変があれば、どんなに小さなことでもちゃんと報告してね」
「わかった。よろしく頼む」
俺が頷いたのを確認して、ノアはロズに何か耳打ちをした。
ロズは頭を下げ、いつの間にか出現していた空間の歪みの中に消えていった。
こことは違う世界へ、情報を探りに行ったのかもしれない。
青い顔をしている娘の肩を、そっと魔王が支えた。
娘は魔王の方を見て、少し安心したように微笑む。
2人のあいだを流れる甘い雰囲気は、もはや無視できるものではなくなっている。
妻も俺の横でさっきまで血の気の引いた顔をしていたが、娘と魔王の様子を見て「あらあらぁ」なんてにやけた声を出している。
俺は意を決して、パンドラの箱を開けてみることにした。
「……なあ、柚乃?ひとつ聞きたいことが……いや、聞きたくないけど聞かなきゃいけないことがあるんだが……」
「そんなことよりパパ!」
俺の言葉を遮り、娘が責めるような口調で言う。
首を傾げた俺を「さっきのはどういうつもりなの?」と睨みつけてくる。
「さっきのって……?」
「あのね、私は自分の身代わりにパパが苦しむのなんて絶対に嫌だからね!」
「いや、でも俺は大人だし、何よりお前が大事だから……」
「私にとってもパパは大事なの!パパを犠牲にしたら、私は一生後悔する。次に同じこと言ったら許さないからね!……ママもよ!」
怖い顔で脅してくる娘に、俺と妻は顔を見合わせて笑った。
笑い事じゃないと娘がもっともなことを言っているが、それでも俺たちにとって、こうして言い合いをできることがどれほどうれしいことか。
魔王と娘の関係を訊ねるのは、またの機会にしよう。
俺は先ほどまでの覚悟を捨て去り、まだ説教を続けている娘を微笑ましく見つめていた。
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