娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
214 / 266

191 はじまりの異世界転移

「待って、柚乃は私の子よ?私がおなかを痛めて生んだ、正真正銘の我が子よ?」

「そう。それもまた事実だよ」

「じゃあ、どうして……」


 ふらつく妻を次は娘が支えた。
 妻の記憶はもうすっかり戻っているのだろうか。
 一人称が「詩織」から「私」に戻っていることに、軽い違和感を覚える。
 目の前にいる妻に、今までの子どもらしさは微塵も感じられない。

 しかしそのことに触れる者は、一人もいなかった。
 今はそれより、娘の話が優先だ。


「以前、神の意志が働かなくても異世界転移が起こる場合があるという話をしたことを覚えているかな?」

「……確か、世界の管理不足とか、不具合が原因だって……」

「そうだね。そしてそれは、必ずしも生きている者にだけ起こることではないんだ」


 ノアの話によると、娘は生まれる前の魂の状態で、俺たちの世界へ転移してしまったという。
 そしてそのまま、俺たちの娘として生まれたのだそうだ。

 全身が小刻みに震えている。
 驚きか、怒りか、悲しみか。
 いったい何の感情が自身を支配しているのか、俺には理解できなかった。

 ただ、混乱している状況でも確認しておきたいことが一つ。
 俺は茫然としたまま口を開く。


「娘は……日本に生まれて、害はなかったのか?」


 世界が異なれば環境も大きく異なる。
 本来生まれるはずだった世界とはまったく別物の地球での暮らしは、娘に悪影響を及ぼさなかったのだろうか?


「それは大丈夫。日本の環境との相性がよかったのか、柚乃ちゃんはこの通り元気に成長したでしょ?」

「それはそうだが……」

「環境が合わない場合、多くが幼少期のうちに命を落とすことになる。だから柚乃ちゃんの場合、転移した先が伊月くんたちの世界で本当に良かったといえるね」


 その言葉に、ぞっとする。
 娘と元の世界の相性が悪ければ、娘を早くに失っていたかもしれない。
 そんなの、考えたくもない悲劇だ。

 ただ、と前置きをして「ひとつ影響があるとすれば、食事量かな」とノアが言う。
 確かに、娘は昔からよく食べる子だった。
 それは異なる世界で生きる上で、不足する栄養を補うためだったのだそうだ。
 俺も妻も食事量は平均的だったから、ずいぶん食欲旺盛だとは思っていたが、特別太るということもないし、個人差の範囲内だという認識だった。
 まさか、異世界転移の影響だったとは思いもしなかった。


「神は、いつまでたってもアークヴァルドくんの運命の相手が生まれないことに危機感を抱いていた。神力によって、柚乃ちゃんが生まれる時期を予知していたのに、その時期を過ぎても見つからないから。……そして気づいたんだ。世界のほころびに」

「……そのほころびが、娘が異世界転移をした原因だと?」

「そう。でもね、転移先を知ることは難しかった。なにせ魂の状態での転機だったから、残っている痕跡自体が少なかったんだ。それでも彼は、諦めなかった。わずかな痕跡を頼りに、懸命に柚乃ちゃんの行方を追った。必死な彼の姿に同情した神も少なからずいて、協力も得ていたみたいだよ」


 そして神は、柚乃に行き着いた。


「だからいきなり連れ去ったのか?」


 非難めいた声がこぼれた。
 しかしノアは、首を横に振った。


「ほかの神の創った世界に介入することは、禁じられていると話したでしょ?だから彼は、君たちの世界の神に相談することにした。柚乃ちゃんを自分の世界へ戻してほしいと。……でも、断られてしまった」

「なんで……」

「伊月くんと詩織ちゃんのもとに生まれて、愛情深く育てられた柚乃ちゃんが、幸福に包まれていたから。転移がきっかけで偶然出会った家族とはいえ、引き離すわけにはいかないと判断されたのさ。アークヴァルドくんにとっては残酷な話だけど、運命のいたずらとして諦めるしかないって」


 俺は、異世界転移前に出会った元の世界の神のことを思い出していた。
 彼は俺のことを「よく知っている」と言っていた。
 神らしい言葉だと気にしていなかったが、そんな事情があったとは。

 しかしこの世界の神は、諦めなかった。
 息子の命がかかっているのだ。
 諦められるはずがなかったのだろう。

 保護団体や議会にも散々訴えたが、彼の望みがかなうことはなかった。
 それならばと強硬手段に出たのが、娘をさらったあの日だった。


「なすすべもない状況の中、彼は諦めたふりをしていた。でも本当は、虎視眈々と機会を窺っていた」


 俺の頬には、いつの間にか涙が伝っていた。
 俺だけじゃない。
 娘も妻も、涙を流していた。
 娘の腕に抱かれたままのコトラが、娘の頬の涙をぺろりと舐める。

 魔王は、青い顔をしてその場に立ち尽くしていた。
 彼の心境は計り知れず、どう声をかければいいのかもわからない。

 胸が苦しくなって、俺はポツリと「嘘だったんだな」とノアに言った。


「異世界転移の対象は誰でもよかったっていってたのに。……柚乃は、運が悪かっただけだって」


 日本での異世界転移ものの流行りのせいで、日本は異世界の神の狩場にされているのだと、初めて会ったときノアは確かに話していた。
 今までの世界で出会ってきた転移者たちは確かにそうだったのかもしれないが、娘の場合は明確な理由があって標的にされたのだ。

 ノアは悲しそうに「ごめんね」と返し、言い訳一つしなかった。
 そんなノアを、これ以上責める気にはなれなかった。
 最初から事情を説明しなかったのは、ノアの優しさだったと気づいていたから。

 初めから娘がもともと異世界の人間として生まれるはずだったと知っていたら、俺は娘を連れ戻すことをためらっていたかもしれない。
 異世界ですごす方が幸せになれるのではないかと、思わずにはいられなかっただろう。

 そう思うと、あえて真実を濁してくれていたノアに感謝をするべきなのかもしれない。
感想 19

あなたにおすすめの小説

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます! ※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!