娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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 その後俺たちは子ども部屋に案内された。
 娘の出産に備えて万全の準備を進めてくれていたようで、なかはあふれんばかりのベビー用品で埋め尽くされている。
 部屋の広さは軽くうちのリビングを超えていて、改めて魔王の経済力を思い知らされた。

 そんな子ども部屋の中に、見慣れた子ども向けキャラクターの姿を見つけた。
 日本の子どもなら誰もが一度は通る、パンをモチーフにしたヒーロー。
 何ヶ月か前に、俺と妻が娘にプレゼントしたぬいぐるみだった。


「それはなんでも、自己犠牲の尊き英雄なのだろう?」


 魔王がそんなことを言い、俺は首を傾げた。
 魔王は俺の様子も気に留めず、感動した様子で続ける。


「ユノが教えてくれたのだ。自分の身を犠牲に人々を飢えから救うのだと。それほどまでに我が身を他人に捧げることなど、常人には到底できまい」

「ちょ、ちょっと……」

「このような英雄のいる国だからこそ、そなたらは思いやりに満ちているのだと納得したものだ」


 娘は魔王に一体何を吹き込んだのか。
 あながち間違いでないが、ずいぶん壮大な話になっている。

 しかしまあ、何やらお気に召しているようだから訂正しなくともいいのかもしれない。







 娘が目を覚ましたという知らせを受けて、俺たちは娘の眠る部屋に向かう。
 孫はベビーベッドで眠っていたが、少し前に起きてぐずり始めていたのでちょうどよかっと。

 一緒に部屋に入ろうとしたところ、男性陣にはストップがかかる。
 少し外で待っているよう言われ、よくわからないまま了承した。
 どうしたのだろうかと不安げな顔をする魔王に「赤ちゃんのごはんでしょ」とノアがさらりと答えて、俺も納得する。


 窓の外を眺めてぼんやりしていると、部屋の扉が開いて「もういいよ」と妻が手招きした。
 部屋に入ると、ベッドの上で娘が幸せそうに赤ん坊を抱いている。


「ユノ、身体は大丈夫なのか?!」


 魔王が勢いよく訊ねる。
 娘が苦笑いしつつ「ちょっとしんどいけど大丈夫」と答えた。


「しんどいなら大丈夫ではないだろう。すぐに治癒を……」

「待って待って、治癒は必要ないの」

「なぜだ!我慢など不要だ」


 戸惑う魔王に娘が説明する。

 妊娠中に変化した身体はゆっくりと戻していく必要があること。
 治癒魔法で一気に戻そうとすると正常な状態に戻らなくなる可能性があること。
 そして人間であれば、出産後の体の痛みは仕方ないということ。


「帝王切開の傷を治してもらえただけでも、私は随分楽な方だと思う。きつくなったら薬を飲むから」

「……わかった」


 不服そうな顔で魔王が頷き、娘はよしよしと魔王の頭を撫でた。
 娘の家庭のパワーバランスが垣間見えた気がして、やはり娘は妻に似ているなと笑う。


「でも無理はしないのよ。産後に無理をすると、年を取ってからつらくなるわよ」

「はーい」

「よろしい。……それじゃ、そろそろ赤ちゃんの名前を聞いてもいいかしら?」


 妻が問いかけると、娘はにっこりと笑う。
 そして魔王と顔を見合わせ、魔王が頷いたのを見て続ける。


「この子の名前はアイシャ。古い言葉で【生きる】っていう意味があるの。この子はこれから色んなことを経験するだろうけど、逞しく生きていってほしいという願いを込めて」


 そう言って魔王とともに孫を見つめる娘は、すっかり母の顔をしている。
 いい名前だな、というと、娘は幸せそうに笑った。
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