娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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特別編(24)かくれんぼ

 闇に溶けるような漆黒の髪と、不敵な深紅の瞳。
 両親の特徴を顕著に受け継いでいる少女は、庭園の茂みの中に身を隠していた。

 遠くで少女を呼ぶ声が聞こえる。
 少女は口元を押さえながら、くすくすと忍び笑いをする。
 そんな少女を、呆れたように眺めるコトラは、退屈そうに大あくびをした。


「なあに、コトラ。楽しくないの?」


 少女は不満げに唇を尖らせ、乱暴にその黒猫を抱き上げた。


「大体、ママとパパがいけないのよ。アイシャ、ひらひらのお洋服なんて嫌いだもん」


 少女アイシャは、この国を治める魔王と人間である母の間に生まれた一人娘だ。
 今日は母方の祖父母が遊びにくる日で、気合の入った母がレースとリボンがふんだんに縫い付けられているドレスを用意していた。
 しかしアイシャは、ドレスが嫌いなのだ。
 シンプルなものならまだしも、ボリュームのあるドレスはあちこちに引っかかって邪魔だし、汚れると侍女が悲鳴を上げる。
 それよりも、母の故郷である異世界の服の方が機能的で動きやすく、アイシャは気に入っていた。

 今のアイシャの服装は、花柄のTシャツにハーフパンツという、いかにも異世界風の装いだ。
 母方の祖父母からお土産にもらった品で、ハーフパンツの裾に縫い付けられているレースがかわいくて気に入っている。


「こら、アイシャ」


 頭上から声をかけられて、アイシャは口をへの字に曲げて振り向く。
 呆れた顔をした父に抱き上げられたが、不満を示すためにそっぽを向いた。


「アイシャ、どうして隠れるんだ?ユノが探していたぞ?」


 アイシャがどんなに上手に隠れても、父はすぐにアイシャを見つけ出してしまう。
 母や侍女、護衛たちには見つからないのに、どうしてだかいつでも、父はアイシャをいとも簡単に見つけられるのだ。


「隠れずに、思うことがあるなら口に出せばいい」

「……だって」

「だって?」

「アイシャがドレス嫌って言ったら、ママ悲しい顔しそうだもん」


 アイシャが本気で嫌だと言えば、母が無理にドレスを着せようとしないことはわかっていた。
 それでも、残念そうに眉を下げる母の顔を見るのが、アイシャは嫌なのだった。


「だからといって、そうしてアイシャがいなくなる方がユノは悲しむ」


 まっとうな正論で返されてしまうと、それ以上は何も言えない。
 アイシャは黙りこくったまま、降伏の気持ちを込めて父の首に腕を回して抱きつく。

 父はそんなアイシャの頭をポンポンと撫で、そのまま歩き始めた。
 母のもとへ連れていかれるのだろう。
 アイシャが足をぶらぶら揺らしていると、かみ殺したような笑い声が聞こえてきた。

 アイシャは文句のひとつでも言ってやろうかと父を見たが、その顔があまりにも愛情に満ちていて、なんだかバカバカしくなってしまった。







 部屋に戻ると、母がすぐに駆け寄ってきた。
 そしてアイシャをぎゅっと抱きしめる。


「どこに行ってたの……」


 泣き出しそうな母の声に、アイシャの小さな胸がチクリと痛んだ。


「ドレスが嫌だったらしい」


 さらりと父が母に言う。
 アイシャはびっくりして「なんで言うの!」と父に抗議したが、素知らぬ顔だ。


「あらあら」


 離れたところから、くすくすと笑う声がする。
 アイシャは母の腕からするりと抜け出して、声の主のところに飛んで行った。


「おばあちゃん!」


 飛びつくアイシャを両手で受け止めた祖母は、目を細めて「こんにちは」とあいさつをした。
 アイシャもあいさつを返すと、大きな手がアイシャの頭をそっと撫でた。


「おじいちゃんもこんにちは!」

「こんにちは。アイシャは今日も元気だな」


 そう言って笑う祖父は、今日も穏やかだ。
 昔は父方の祖父と大喧嘩をしたと聞いたことがあるが、とてもそうは見えない。


「ママはアイシャを探して心配していたぞ?」

「……うん……」

「ママに何か、言い忘れていることはないか?」


 諭すように言われ、アイシャはもじもじしながら母の前に戻る。
 母はじっとアイシャの目を見つめ、娘の言葉を待っているようだ。
 アイシャが絞り出すような声で「ごめんなさい」とつぶやくと、母は仕方なさそうに笑ってアイシャを抱っこしてくれた。


「今度から、嫌なことがあったら隠れずに言葉で教えてね」

「……うん」

「アイシャはドレスが嫌なのね」

「……ごめんなさい」

「どうして謝るの?ドレスを着たくないっていうアイシャの気持ちは、悪いことじゃないのよ。ママも、アイシャの気持ちをわかってあげられなくてごめんね。かわいいものが好きだから、てっきりドレスも好きだと思っていたの」


 母の言葉に、アイシャは納得した。
 アイシャはずっと、母がアイシャにドレスを着せたいのだと思っていた。
 しかし母からすると、アイシャが喜ぶだろうとドレスを用意していたのだ。


「……かわいいのは好き。ドレスも、見てるのは好き。でも着て遊んでたら、邪魔なの」


 そう答えると、母は一瞬ぽかんとしたあと「そっかぁ」と笑った。
 そしてアイシャを抱きしめ「邪魔になると困っちゃうね」と言ってくれた。


「引っかかるし」

「うん」

「汚れたらだめだし」

「うんうん」


 にこにこと話を聞く母の顔を見ながら、アイシャは早く話をしなかったことを後悔した。
 きちんと言葉にしていたら、母を悲しませることもなかったのに。


「アイシャ、おばあちゃんとおじいちゃんがくれる服が好き」

「日本の服?」

「うん。かわいいし、動きやすいもん」


 そう言うと、母は少しうれしそうな顔をした。
 そして「アイシャによく似合っているもんね」と笑ってくれた。


「それに、今回はその服でよかったかもしれないわ」


 母の言葉に、アイシャが首を傾げる。
 どうしてかと訊ねると「これからお出かけだからね」と母が言う。

 そういえば、今日は祖父母が遊びに来るだけでなく、どこかへ出かけると聞かされていた。
 城下町にでも行くのかと思っていたが、母の様子からするとどこか特別なところへ行くらしい。


「どこにいくの?」

「とっても遠いところよ」

「城下町より?」

「もっともっと遠いところ」


 いたずらっぽく、母が笑う。
 アイシャはヒントを求めて父の方を見る。
 すると父は、祖父母の方へ目配せをした。

 アイシャは意味がわからないといった様子で、祖父母に視線を向ける。
 祖父母はにっこりと笑って、アイシャに訊ねた。


「おじいちゃんたちの世界へ遊びに行かないか?」

「もちろん、ママやパパもいっしょにね」
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